第68話 カジュアリティーズ
■北緯16度40分、東経132度45分、フィリピン海
雲一つない晴天、凪いだ海にターボプロップエンジンの轟音が鳴り響く。フィリピン海の洋上、高度数十メートルの超低空を1機の小型旅客機が飛行していた。
――――フィリピンのビラク空港から強奪された機体である。最大乗客数20名、双発ターボプロップの所謂『リージョナルジェット』と呼ばれる(ターボプロップ――プロペラ機ではあるが、分類的にはリージョナルジェットとなる)この機体は、今は一般の乗客は乗せておらず、GLFの構成員が数名のみ乗り組んでいた。
「間もなく予定のポイントだ! やれッ!!」
パイロットの男がヘッドセットのマイクに向かって叫ぶ。その声は機内放送を通して客室で待機していた男達に伝わり、彼等は予め示し合わせた通りに行動を始める。男達は近くの座席と自分の身体をロープで結びつけると、窓の一つをショットガンで吹き飛ばした。途端、客室内に凄まじい暴風が吹き荒れる。
高高度を飛行していれば、この時点で内外の気圧差により男達は座席ごと外に吸い出され、機体は空中分解していただろう。
ほとんど気圧差のない低空を飛行している為、即墜落することは無いが、非常に危険である事には変わりない。機体が大きく揺れ、機内に非常警報が鳴り響いた。
しかし、男達は警報に構うことなく行動する。一人が床に置かれたバッグから金属製の筒――――A・Wを釣るための手製アクティブ・ソノブイを取り出し、窓際の男に手渡す。アクティブ・ソノブイを受け取った男は、更に別の男に支えられながら、吹き飛ばした窓からソノブイを外に放り投げる。
酷く危険で荒っぽいやり方だったが、物資を空中投下可能な航空機など軍用の輸送機くらいしかない。流石のGLFでも、軍施設から輸送機を強奪するような真似は不可能に近い。
命知らずな無謀な作戦だ……だが――――。
「さぁて、首尾よく目的地まで辿り着けたら……この機体ごとカミカゼしてやりますかねぇ」
パイロットの男が口の端を吊り上げ、笑う。
…………男達は、そもそも死を恐れてなどいない。
■ヘリ空母駿河、格納庫
恭司とイヴが格納庫に駆け込むと、一足先に南二尉と宗像三尉がそれぞれ自分の機体に乗り込もうとしている所だった。
八式の腕をよじ登りながら宗像三尉が驚いた様子で口を開く。
「あれ! 恭司さん、イヴちゃん連れてきちゃったんスか!? 恭司さんはともかく、イヴちゃんはまだ疲れが抜けてないでしょ!?」
恭司も3号機の腕に取り付き、イヴに手を差し伸べながら答えた。
「しょうがないだろ! 置いてくとまた泳いで追いかけてくるって言うんだから!」
「そうだぞ! しょうがないんだぞ!」
イヴも掴んだ手を引っ張り上げられつつ、恭司に追随する。そんなやり取りをしている3人に、南二尉の怒声が飛んだ。
「皆、急げッ! 真道三尉、事情は理解した。だが、イヴ君を連れて行くのなら、彼女を全力で守るんだ、いいな!」
「りょ、了解ッ!!」
恭司の答えを聞くと、南二尉はコクピットにするりと身体を滑り込ませてハッチを閉じる。恭司達もそれに続き、八式の操縦席に腰を下ろした。
いつも通りコントロールパネルに掌を押し当て、パイロットデータを照合。起動した八式は牽引車によって飛行甲板に運ばれ、海に飛び込み発艦する。
3機でフォーメーションを組み、擬態戦闘艇が接近しているという5時方向をパッシブソナーで探査すると、確かに通常の機体とは違う反応があった――――しかし。
「キョージ! 海の底に何か居るよ!」
「何だって!?」
イヴが海底に潜む伏兵の存在に気付いた。褐色の少女は美しい声で歌い始め、これまで何度も経験した通り、恭司の五感が研ぎ澄まされる。
すると、海底から流れてくる異音が恭司の耳に届いた。
それはDSMVの駆動音……。静止し海底に張り付いてはいるものの、海流に煽らる度に姿勢を保つため、機体各駆動部のモーターが立てる極僅かな機械音だった。
「023より小隊全機、前方の海底にDSMVを2機確認ッ!」
「こちら021、ソナーでは確認できない。023、攻撃を許可する! 狙えるか!?」
恭司の報告に、南二尉が驚いたように答える。しかし、イヴの『歌の効果』を知っている南二尉は即座に攻撃命令を下した。
「やってみます!」
八式のソナーでも感知できない目標を攻撃するなど通常であれば不可能だ。だが、ネーレイスの巫女のバックアップを受けた今の恭司には、海底で潜伏している相手の位置が『聞こえて』いる。
「2番4番、短魚雷…………発射ッ!!」
恭司がコントロールパネルを叩くと同時に、八式脚部に取り付けられたランチャーから魚雷が吐き出される。
魚雷は吸い込まれるように目標へと向かってゆく。海底のDSMVは雷撃されたことに気付いたらしく、スクリューのキャビテーションノイズが聞こえて来たものの、時すでに遅し……魚雷が直撃。爆音に交じって金属の破断音が響き渡った。
「雷撃成功ッ!」
恭司が叫ぶ。その言葉を証明するように、海底から撃破されたDSMVの耐圧殻がエアバッグを膨らませ浮上していく。
――――その時、無線に割り込んでくる声があった。
『海底の伏兵に気付くとはな。流石と言ったところか』
それはベーリング海で聞いた声、ウォッチャーと名乗った擬態戦闘艇のアビスウォーカーの声だ。あの時と同じく、また一般回線で語りかけて来たのだ。
恭司も無線を一般回線に切り替える。戦闘中に敵と無線で言葉を交わすなど好ましい事では無いが、恭司はどうしてもウォッチャーに言いたい事があった。
「ベーリング海で俺達がやった戦法だ、意趣返しのつもりか? とにかく、お前が指揮をしてるんなら、上でやってるボートの特攻を止めさせろッ!!」
恭司の叫び、返事は直ぐに帰って来た。僅かに驚いたような、そしてこの状況を楽しむような、そんなウォッチャーの声が無線から流れてくる。
『その声は……君か。確かに、ベーリング海での遭遇戦……あの場に居たなら、私が堂々と出てくれば伏兵を警戒するのは当然だな』
ベーリング海での初遭遇時、マディガン大尉は自身に注意を向けさせ、僚機によって擬態戦闘艇を包囲しようとした。一点に注意を向けさせ、その隙に別部隊で隠密接敵を行う……。今回ウォッチャーは、自分をエサにして同じ戦法を仕掛けて来たのだ。
だが、そんな事はもはや些末な事だ。恭司は再び叫ぶ。
「はぐらかすなッ! 早くボート特攻を止めさせろ!! あんな……命を使い潰すようなマネをッ!!」
『君は海上自衛官……日本人だろう? かつて第二次大戦の折、カミカゼや回天といった特攻戦術を実行した民族に、そんな事を言われるとは思わなかったな』
恭司の怒りとは裏腹に、ウォッチャーの声は落ち着き払ったものだ。まるで、海上で行われているボート特攻……その犠牲に一切関心を持っていないような――――。
「いいから、今すぐ――――――」
そんなウォッチャーの声に、恭司は三度叫んで返そうとするが、そこにウォッチャーが割り込んでくる。
『――言われて、本当に止めさせると思うか? 甘いな。我等は神と祖国の兵士……血を流し犠牲を払う覚悟は、とうに出来ているのだよ』
恭司は不意を突かれつつも、今のウォッチャーの言葉に違和感を覚える。
「神? 祖国? 環境テロ屋が信仰や愛国心を語るかよ! お前等一体…………ッ!?」
『前にも言ったはずだ、『問いに必ず答えが返ると思うのは傲慢だ』とな。さあ、問答は終わりだ。君達は、血を流し犠牲を払う覚悟は出来ているかな?』
八式のソナーやセンサーの情報から構築されたCG映像、そこに映し出された頭足類のような擬態戦闘艇の姿は、どこか不敵に笑っているように思えた。




