第67話 人間の戦い
■北緯21度11分、東経133度56分、フィリピン海
駿河からダイバーよろしく海に飛び込んだ第1戦闘艇小隊は即座に編隊を整え、GLFのDSMVが接近する方向へ進み始める。同じように、艦隊旗艦エンタープライズからは第2DSCV小隊……通称『ロックフィッシュ隊』が発艦し、やはり同じ方角へ展開している。
『駿河CICよりDSCV隊へ、水上艦艇の散布式爆雷による攻撃終了。敵部隊は編隊が乱れるも損害無し、依然8機健在』
駿河からの無線が入る。作業用重機であるDSMVで、直上から無数に降り注ぐ散布式爆雷の子爆弾を躱すなど、並大抵の事ではない。この一点だけでも、相手が戦い慣れている事が分かる。
更に先程の雷撃……、敵DSMVは携行式短魚雷発射機で武装している事は明らかだ。
言うまでもないが、携行式短魚雷発射機は本来DSCVで運用する兵装である。それはつまり、DSCVの火器管制システムに連動させての使用を前提としているという事だ。
DSMVでも使用することは可能ではあるが、FCS抜きで使う場合、照準から魚雷発射までの一連の動作は全手動となる。更に、目標を追尾する誘導魚雷は使用できない。
そんな状態では『狙って当てる』のは非常に難しいが、古く性能に劣る銃もベテランが扱えば脅威になるように、搭乗するアビスウォーカーの練度によって命中率をある程度『嵩上げ』することが出来る。
今、相対しているのはほぼ間違いなくその『ベテラン』だ。率直に言って脅威に他ならない。
――――そして、問題はそれだけではない。
「011より駿河CICへ、例の擬態戦闘艇の反応は有るか?」
第1小隊隊長、瀬戸二尉は無線を介して駿河に問う。現状、最も警戒すべき擬態戦闘艇が姿を見せていない。その事が不気味だった。
『こちら駿河CIC、津川だ。今のところ擬態戦闘艇の反応は無い。しかし、周辺に潜伏している可能性は高い。水上艦艇で広域探査を行う、差し当たり、第1小隊はロックフィッシュ隊と共に向かってきているDSMVに対応してくれ』
津川艦長直々の回答。それだけ、戦闘指揮所も警戒しているという事だろう。瀬戸二尉は再度無線に……今度は僚機である012と013に向かって指示を出す。
「011より小隊各機、聞いていたな! 伏兵の探索は水上艦に任せ、我々は接近中の8機を出迎える。相手は全機DSMVだが『場慣れ』した連中だ、それに数も相手の方が優勢、気を抜くなッ! 雷撃用意ッ!!」
「012雷撃用意ッ!」
「013……雷撃用意ッ!」
八式のソナーが捉えている敵DSMVは速度を緩めることなく、真正面から接近している。
瀬戸二尉はコントロールパネルに右手を翳し、素早くパネルを叩く。八式両肩部のランチャーを選択。機体のFCSが、ランチャーに装填されている短魚雷の目標捜索装置に敵機の航行音をインプット、自動誘導の準備を完了する。
続けて、八式のパッシブソナー、FCS、駆動系が連動し、敵機に照準を定めると同時に魚雷発射時の反動に備える。
「全機、撃てッ!!」
瀬戸二尉が叫び、魚雷が発射される。無数の魚雷が、同じ数の尾を曳き、敵機に向かって殺到。
連続する爆発が、海を震わせる。
■旗艦エンタープライズ、戦闘群司令部指揮所
「ロックフィッシュ隊及びニホン隊第1小隊、交戦状態に入りました!」
クルーが叫ぶように報告する。直後、海中で起こった連続する爆発が、まるで地鳴りのようにTFCCの中にまで響いて来た。
その不気味な音を掻き消すように、ジョンソン艦長の命令が飛ぶ。
「全艦、アクティブソナーを広域発射! 急げッ!!」
「アイ・サーッ! 各艦にアクティブソナー着水点割り振り……発射ッ!」
A・W遊撃艦隊のそれぞれの艦艇が、TFCCから指示されたポイントにアクティブソナーを撃ち込む。見事な連携により、艦隊を中心に同心円状に着水したアクティブソナーはそのまま海中に沈み、海中・海底を探査し始める。
反応は――――直ぐに見つかった。
「ソナー感有り! 5時方向の海底から浮上する反応を捉えましたッ! DSMV2機、それと…………ッ!? 居ました! 例の擬態戦闘艇ですッ!!」
ウェルズ司令が自席から身を乗り出すようにして叫ぶ。
「間違いないかッ!?」
「航行音がベーリング海で記録したデータと一致しました。擬態モードではなく、DSCVモードで接近中ですッ!」
再びウェルズ司令が口を開く。
「流石に、何度も同じ手を使う愚は犯さんか……。艦長、水上艦で迎撃を!」
「アイ・サー! 各艦、5時方向より接近中の敵部隊へ雷撃ッ! 準備出来次第――――」
「再度2時方向より接近する反応有りッ! は、早いッ!?」
ジョンソン艦長の攻撃命令は、割り込んで来たクルーの報告で中断される。TFCC内が僅かにざわついた。
「チッ、またか! 今度は何だ!?」
ウェルズ司令が問う。
「ボートです、4隻……6……7隻…………反応多数ッ!」
「ボート? そんなもので何を……。そのボートの映像を出せるか?」
首を捻りつつもジョンソン艦長が指示を出す。直後、艦の外部カメラの最大望遠映像が大型スクリーンに表示された。
映し出されたのは何の変哲も無いゴムボート。民間で釣りなどのレジャーに使われる、船尾に一基のエンジンを備えたタイプだ。表示された映像でも、船尾のエンジンに寄り添うようにして、GLFの構成員と思われる人物が舵を取っている。
しかし、エンジンを改造、或いは取り替えているのか、水上を飛ぶような速さで航行――――いや『走って』いた。
迫るボートの映像を見て、ウェルズ司令が司令官席のひじ掛けを叩き、叫ぶ。
「マズい! 全艦迎撃用意ッ!! あのボートを近づけさせるなッ!!」
■ヘリ空母駿河、戦闘指揮所
戦術データリンクを介してエンタープライズから共有されたボートの映像を見て、津川艦長は顔を顰めた。
「連中、そこまでして……」
どこか悲し気な色を帯びた艦長の呟きに、木崎副長は首を傾げる。
「何だ? あのボート……何か積んでいる?」
GLFのボートは、一抱え程はありそうな木箱を積載していた。
その映像を見ながら、津川艦長は副長の疑問に答える。同時に、各艦艇の迎撃攻撃が開始される。
「ボート爆弾だよ。奴等、爆弾を抱えて特攻してくる気だ。……しかし、ここまで周到に用意しているとはな。海中まで手が回らん…………。仕方ない、南二尉と繋いでくれ」
津川艦長の命令を受け、コマンドデッキクルーの一人が南二尉の通信端末をコールする。通信はすぐに繋がり、津川艦長は自席の受話器を手に取った。
「すまない、南二尉。GLFの攻撃が思ったより激しい……第2小隊、出られるか?」
■ヘリ空母駿河、医務室
第2小隊出撃の命が下り、恭司はベッドから立ち上がった。まだ完全ではないが、疲労はほぼ回復している。
「中村さん、ありがとうございました。行ってきます」
そう言って頭を下げる恭司の肩に、中村医官は手を置いた。
「止はしないけど、完全じゃないんだから絶対に無理しないように。いいわね?」
恭司は無言で頷き、医務室の扉に向かう。しかし、病床を覆い隠すカーテンの向こうから聞こえて来た声が、彼の歩みを止めた。
「待って……。キョージ、待って」
仕切りのカーテンを開け、イヴが姿を現す。イヴは恭司よりも疲弊していた、同じ時間しか休んでいないのだ。未だ疲労がその身に重くのしかかっているはずだ。
それを証明するように、イヴは若干ふらついた足取りで恭司の元に歩み寄る。
「イヴ、まだ寝てなきゃダメだ」
恭司がそう言うと、イヴはブンブンと首を横に振った。
「ヤダ、私も行く!」
そう言って詰め寄るイヴ、恭司は今しがた中村医官にされたのと同じように、イヴの両肩に手を置いて彼女を押しとどめる。
「いや、ダメだ。今回の戦闘はA・Wとの戦いじゃない、人間同士の戦いなんだ。だから、イヴが出る必要は無いんだ」
「それでもッ! 私はキョージと一緒にいる! 私とキョージはイチレンタクショーなんだから!!」
どうしても聞き分けない褐色の少女。恭司は助け舟を求めて中村医官を見る。すると、中村医官は盛大なため息を吐き出した。
「私も止めたいんだけどね……。置いて行っても、前みたいに一人で海に飛び込んじゃうでしょう?」
「うん!」
『当たり前だ』というように胸を張るイヴ。恭司は右手で目頭を押さえて項垂れる。しかし、ここで時間を浪費することは出来ない。
「…………わかった。行くぞ、イヴ!」
「うんッ!!」
恭司はイヴを手招きし、二人で医務室を飛び出した。




