第70話 正義の在り処
擬態戦闘艇の触腕がギリギリと八式を締め上げる。恭司は何とか拘束を振りほどこうと操縦桿を倒し、コントロールパネルを叩くが、各関節駆動部が悲鳴を上げるばかりで動くことが出来ない。
両肩部と両脚部のウェポンベイに装備した短魚雷ランチャーは旋回できるものの、組み付かれた状態で魚雷を使うのは自殺行為だ。
「キョージッ! 前ッ!!」
八式のコントロールに集中していた恭司の耳に、鋭いイヴの叫びが届く。その声に従いメインモニターに目を向けると、擬態戦闘艇が拘束に使っていない触腕を八式の前面に回り込ませる様子が映し出されていた。
背後から八式を抱きかかえるように伸ばされた触腕……その先端から伸縮式の特殊警棒のように、針のようなモノが姿を現した。
その様子を見た恭司の全身が粟立つ。まさかあの『針』で八式を……DSCVを刺す訳ではないだろう。どのような機能を持つモノなのか詳細は分からなかったが、明らかに攻撃の意図を持って『針』をこちらに向けているのだ。喰らえばロクな事にならないのは瞬時に理解できた。
「クソッ!!」
恭司は八式左腕のグラップル・プライヤーを起動。強力な油圧シリンダーが伸び、触腕の拘束をこじ開けながら巨大なハサミが口を開く。
すかさず、恭司はグラップル・プライヤーを肘部のハードポイントを起点に180度回転、プライヤーを真後ろに展開し、八式を拘束している擬態戦闘艇の触腕の1本を無理矢理捩じ切った。
すると、一気に拘束が緩んだ。恭司はすかさずバックパックのウォータージェットを最大出力で起動。偏向ノズルを擬態戦闘艇に向け、吐き出される水流の力を借りて拘束から逃れる。
「よしッ! 自由に動けりゃッ!!」
恭司は八式を急旋回させ、ウォッチャーの擬態戦闘艇と正面から相対する。
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拘束していたタイプ・エイトの攻撃を受け触腕を1本喪失、更にウォータージェットから吐き出される高圧水流をまともに食らい、擬態戦闘艇――ゴーストが激しく揺さぶられる。
「ぐッ! 背後の触腕を狙って切断した!? 器用なマネをッ!」
ウォッチャーことGLFの首魁、ウスマン・ハーディは揺れに耐えながら驚きを言葉にして吐き出した。
生身の時、自分自身の腕ですら、後ろ手での作業は困難だ。それをDSCVで正確にこなして見せたタイプ・エイトのアビスウォーカー……その技量はいか程の物かと瞬時に思考し、やはり瞬時にその考えを否定する。
(確かに、あのアビスウォーカーのスキルは悪くない。危機察知も大したものだ。だが、海底の伏兵を雷撃した事、背後を正確に攻撃した事、腕前だけでは説明できん――――)
接触端子から高出力パルスを流し込み、敵機の制御系を焼く試作兵器『パルス・ロッド』を触腕ごと切り落とされ、それによって狂った機体バランスを調整しつつ、ハーディは思索を巡らせる。
ハーディの脳裏に浮かんだ疑問……それが、香港の隠れ家で目にした報告書の内容に結びつく。
(今の女の声……。5万年前に滅びた先史文明人、海洋性人類……『ネーレイス』だったか? パートナーの五感を強化するらしいが、これがそうか!)
驚嘆しつつ、ハーディはタイプ・エイトが繰り出すグラップル・プライヤーの攻撃をいなす。
(センサーやソナーの類に頼らず、己の五感で周囲の状況を把握しているのか。その結果、こうも動けるとはな)
相対するタイプ・エイトの機動は、『人が動かす機械』のそれとは明らかに違っていた。
センサー類が齎す情報を確認し、それに対処するために機体を動かすのではなく、アビスウォーカー自身の強化された感覚によって状況を認識し、より直感的に機体を動かしているのだ。
その機動は、熟練のアビスウォーカーをすら凌駕している。
「成程、興味深い」
ハーディは口の端を吊り上げ、笑う。
■
『今の声、歌声の主が同乗しているのか。『歌』はライブでなければ効果がない――と、いう事かな』
ウォッチャーの声が無線から流れてくる。擬態戦闘艇が損傷したというのに、その声には焦りの色は全くない。
むしろ、イヴの存在を気取られた事で恭司の方が動揺する。
(くッ! イヴの声を聞かれたか! なら、何が何でもコイツはここで――――ッ!?)
恭司が更に追撃しようとすると、擬態戦闘艇はそれを見越したように八式から距離を取った。
『もう少し相手をしたかったが……潮時だな。最低限の目的は達した、このあたりで失礼する事としよう』
ウォッチャーはそう語り、続けて擬態戦闘艇から『カァンッ!』という一際甲高いアクティブソナー・ピンが打たれる。それが合図だったのか、周囲で戦闘をしていたGLFのDSMV、そして水上の爆弾ボートの生き残りが一斉に撤退を始めた。
「逃げるのか、ウォッチャーッ!!」
恭司が叫ぶ。しかし、返って来たウォッチャーの声には、どこか楽しそうな色が滲む。
『ああ、今は退かせてもらう。だが安心したまえ、『君達』の事は心にとどめておこう』
「――ッ!?」
ウォッチャーの『君達』という含みを持たせた言葉に恭司は歯噛みする。間違いなく、ウォッチャーはイヴの存在に興味を持った。ここでコイツを逃がす訳にはいかない。
――――――だが。
『021より023! 追うなッ! 我々にはやるべき事があるッ!!』
021、南二尉からの無線が入る。今は目の前の敵よりも、A・W-4を……そしてタイタンの防衛を優先しなければならない。
状況が逼迫している、逃げる敵を追撃している時間は無い。
「クソッ!!」
悔し気に吐き捨てる恭司。再度、無線からウォッチャーの声が響いた。
『この歪んだ世界秩序の下で利益を得る側の君達からすれば、我々はテロリストなのだろう……。しかし、歪んだ秩序によって虐げられる人々を救うため、間違った手段を用いてでも行動する我々と、世の惨状から目を反らし、『お行儀よく』今の秩序を維持しようとする君達と……そのどちらに正義がある? 『我にこそ』と思うのならば、再びまみえる事になるだろう。その時を楽しみにしているよ、ニホンのアビスウォーカー!』
その言葉と同時に、擬態戦闘艇はベーリング海でも使用したソナーを無効化する機雷をばら撒き、その黒煙に紛れて姿を消した。




