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アビスウォーカーズ  作者: 大野 タカシ
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第60話 A・W-4/TYPE『Placodermi』

■A・W遊撃艦隊旗艦、空母エンタープライズ、戦闘群司令部指揮所(TFCC)


「ロシア海軍サハリンⅢ守備艦隊……全滅です」


 司令部要員の一人が絞り出すような声で報告する。TFCCの壁面大型スクリーンには、ロシア連邦サハリン州沖の海図と複数の光点、そして×印が表示されていた。


 それぞれ、光点は健在な艦艇を示し、その数は4。×印は撃破された艦艇を示し、その数は6だ。


 軍事行動において、部隊の3割が損耗すれば組織的戦闘を遂行することが不可能となる為『全滅』と判定される。事実、残った4つの光点――――残存艦艇は撤退を開始、散開しながらオホーツク海を北上しつつある。


 偵察衛星『イントルーダー』が捉えた映像と、マッケンジー補佐官が語った『あらゆる手段で』(もたら)されたロシア海軍内の情報を統合処理して大型スクリーンに表示された戦闘の推移を見て、TFCC内の全員が言葉を失った。


 サハリンⅢの守備にあたったロシア海軍艦艇10隻は、戦闘開始から1時間も経たずに6隻を失い全滅した。

 イヴの――ネーレイスの巫女の歌による行動阻害を受けず、十全にそのチカラを発揮したA・Wの脅威はこれ程のものか……と、皆の背筋に冷たい物が伝った。巨大エイ、巨大ヤドカリと連続して勝利してきた彼等の間には『どんな化け物が相手でも打倒できる』という楽観が醸成(じょうせい)されていたのだが、今しがた目にした戦闘は――記号によって簡略表示された物であっても――その楽観を叩き潰すのに十分な衝撃があった。


「…………どうやら、サハリンⅢは無事なようだな。ロシア海軍の艦艇を喰って満足したか?」


 ウェルズ司令が呟く。メタンハイドレート採掘施設……サハリンⅢへの被害は確認されていない。ロシアとは対立状態であるとはいえ、無辜(むこ)のロシア国民が寒さと飢えに苦しまずに済めばそれに越したことは無い。

 そういった若干の安堵と、同時に『次は自分達がA・W-4の腹に収まる事になるかもしれない』という最悪の未来予測が、ウェルズ司令の中で渦巻いていた。


 しかし、そんな神妙な空気をよそに、事態は刻一刻と推移する。クルーの一人が慌てた様子で声を張り上げた。


「A・W-4、反応ロスト! 中深層まで潜航した模様、偵察衛星(イントルーダー)で魚影を確認できません!!」


「何ッ!? ここでヤツを見失ったら元の木阿弥だぞ! ロシア内部の情報提供者は何か掴んでいないか!?」


 ジョンソン艦長が語気を強める。彼の言葉の通り、ここに来てA・W-4を見失う事は避けたかった。最悪の場合、オホーツク海から日本海を経由し東シナ海に移動されれば、再び大洋を舞台に鬼ごっこをする羽目になる。そうなれば、更なる被害は避けられない。

 こうなった以上、頼ることが出来るのは、マッケンジー補佐官が『あらゆる手段』と評したロシア内部の協力者なのだが…………『今のところ、何も……』とコマンドデッキクルーは首を横に振った。


「ワッカナイ沖に海上自衛隊が展開しているが……早急に再補足しないとマズいな」


 ウェルズ司令が呟いた直後、通信担当のクルーが声を張り上げた。


「太平洋艦隊司令部より緊急入電ッ! 繋ぎますッ!!」


 そうして壁面の大型スクリーンに映し出されたのは、TFCC内の全員が思いもよらない人物だった。


「久方ぶりだな、ウェルズ司令」


 見るからに仕立ての良いスーツに身を包んだその人物は、リオール・テイラー社のケロン支部長、アンドレイ・ルーカスだった。

 意外な人物の登場にウェルズ司令達が驚いている様子を見て、ルーカスは『ふん』と鼻で笑うと口を開く。


「今は一刻を争う。アメリカ海軍太平洋司令部を通している暇はないのでね、直接繋がせてもらった」


「ま、待って下さいミスター・ルーカス! リオール社ケロン支部長の貴方が何故!?」


 突然スクリーンに現れ説明もなく話し始めるルーカスに、ジョンソン艦長が疑問をぶつけた。その疑問はTFCC内の全員共通のものだ。ルーカスは深く嘆息するとその疑問に答える。


「今の私はリオールの極東支部マネージャーだよ。GLFのケロン襲撃、その際のDSMV強奪の責任を取ってね……左遷という訳だ」


 マッケンジー補佐官訪問時に襲撃してきたGLFのDSMV6機のうち、2機はリオール社の施設から強奪されたものだった。本来ならばこの程度の事件が支部長の進退に関わってくることは無いのだが、狙われたのが米国政府の要人だ。リオール社としてはトカゲの尻尾を切り、ワシントンDCに『責任は取りました』という姿勢(ポーズ)を見せる必要があったのだろう。


「そして、先日エドワードから『この仕事』を頼まれてね。彼には負い目があるし、私はロシア政府内にも友人が多いからな。さて、無駄話はここまでだ。ロシア海軍が最後に観測したA・Wの進路のデータを送る。役立ててくれたまえ」


 彼はエドワード……マッケンジー補佐官直々の要請でロシア側の情報を提供してくれていたのだ。しかも、最新のロシア海軍が確認したA・Wのデータを送ってくれるという……。ウェルズ司令が戸惑いを含んだ声をあげた。


「貴方は我々軍人を嫌っていると思っていましたが……よくこの『仕事』を引き受けましたね」


 画面の中のルーカスは再び鼻を鳴らす。


「ああ、嫌っているとも。だがそれは君達だけではない、GLFも、今回のA・Wなどと言う化け物も、私達の仕事を邪魔する者は等しく嫌いだ。今の世界は資源不況と沿岸、内陸の経済格差に起因する情勢不安で経済が停滞している。流れない水は腐る……こんな状況下でこそ我々企業は生産し、利益を上げ、経済を循環させねばならんのだからな」


「危険を(おか)してでも……ですか?」


 ウェルズ司令の更なる問いかけ。ルーカスは迷うことなく『そうだ』と首を縦に振った。


「リスクを冒してでも、我々は利益を上げねばならない。それは現場の作業員も私も同じだ。この情報提供が露見すれば、私はロシア当局に拘束されるかもしれん…………。まあ、そういう事だ。失敗は許さんからな」


 それだけ言い残すとルーカスは通信を切る。同時に、クルーの一人が送信されて来たデータを確認し、スクリーンに表示した。

 オホーツク海が拡大表示された海図、ロシア太平洋艦隊とA・W-4が交戦したサハリンⅢ近海から、一本の矢印が南南東に向かって伸びている。どうやらA・W-4は転進し、再び千島列島を越え、太平洋に戻るつもりのようだ。


 ウェルズ司令はそのデータを見つつ、大げさに肩を(すく)める。


「いけ好かない男だと思っていたが、守銭奴は守銭奴なりに世の中の事を考えていたという訳か……。あの男への評価を少しばかり改める必要があるな」


 その言葉に、傍らのジョンソン艦長が答えた。


「同感です。しかし、まずはA・W-4を討伐せねばなりません。予測進路上に艦隊を移動、再展開します」


 ウェルズ司令は大きく頷いて艦隊の移動を承認した。



■北緯43度47分、東経153度15分、太平洋上


 遊撃艦隊はA・W-4の予測進路上に移動を完了し、UAVや無人探査艇を広範囲に展開して敵を待ち受ける。旗艦エンタープライズの飛行甲板(フライトデッキ)ではガーフィッシュ隊のハンマーヘッドが待機しており、同様に駿河の飛行甲板では第2戦闘艇小隊の八式が発艦命令を待っている。


 今回の敵……A・W-4は複数の大型船を沈め、そしてロシア海軍太平洋艦隊を全滅させた相手だ。いつにも増して息が詰まるような緊張の中、真っ先にA・Wを感知したのはUAVでも無人偵察艇でもなく、恭司と共に八式に乗り込んだイヴだった。


「来るよ! あっちからッ!!」


 八式の後部座席で、イヴは左側を指さす。方角は北、艦隊の真正面だ。その声に応えた訳ではないだろうが、彼方の水平線が突如として泡立ち、巨大な水柱と共にA・W-4が海上に飛び上がった。

 上空のUAVが捉えたその映像は、戦術データリンクで即座に全艦へと共有される。



■ヘリ空母駿河、戦闘指揮所(CIC)


 UAVから送られて来たA・W-4の映像を見て、CICのクルー達は息を呑んだ。未だ距離があり、超望遠映像ではあるものの、それでもA・W-4の巨体と威容は十分以上の脅威を伴って伝わって来る。

 そして何より、その姿は異様の一言に尽きた。いや――今まで戦ってきたA・Wは全て巨大で異様な姿だったのだが、それでも実在する生物の姿を模していた。


 ――――だが、A・W-4の姿は現存確認されている生物のものとは大きく違っていた。


 大まかに言えば、その姿は『魚』ではある。シーラカンスに似た古代魚……しかし、頭部に大きな特徴があった。

 頭部全体を覆う硬質な外骨格。そして、額の部分から伸びるツノがA・W-4のどう猛さを物語っている。


 その姿はまるで――――――。


「甲冑魚? いえ……板皮(ばんぴ)類!?」


 駿河CICの中で、ローザは驚きの声をあげた。

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