表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アビスウォーカーズ  作者: 大野 タカシ
58/120

第57話 策動

■『自治都市』香港


 世界秩序(ワールド・オーダー)の転換点となったスプラトリー海戦の後、敗北を喫した中国国内は多大な混乱に見舞われた。

 元々、人民解放軍は中国の『国軍』ではなく、共産党の党軍――云わば私兵組織である。その為、他国の軍組織よりも国家への帰属意識が薄く、各地域の方面軍ごとに派閥……軍閥を形成し、北京中央政府の意に反し、命令違反や独断専行を繰り返してきた経緯があった。

 つまりは、シビリアンコントロールが十全に機能していなかった訳だが、そんな状態でスプラトリー海戦に敗北し、中国海軍、及び南部軍閥が壊滅状態に陥った結果、各軍閥間の均衡が崩れ、中国は一気に内戦状態に突入した。


 北京中央政府は保身に走り、地方の共産党支部にまで手を回している余力は無かった。特に、軍閥が壊滅した南部地方は一時的に『統治システムの空白』が生まれたのだが、そんな中で新たな、そして独自の体制を築き上げたのが香港だった。


 香港は長年にわたりイギリスの統治下にあり、その後平和裏に中国へ返還されたのは周知の事実である。しかし、自由主義経済と民主主義の下で育った香港の住民が、共産主義の空気に馴染めるはずはない。それは、21世紀初頭に度々発生した香港住民による大規模な反体制デモが裏付けている。

 ……ともかく、そうした『下地』のあった香港は中国が内戦状態に突入すると、都市行政を牛耳っていた共産党幹部を排除、暫定政権を樹立し『都市国家』として独立を宣言した。


 それが、『自治都市』香港である。


 北京共産党政府が認めた『一国二制度』により独立した司法組織が存在した香港は独自の治安維持活動が可能であったため、比較的混乱の度合いは小さく、こうした『電撃的独立』が可能だったのだ。

 …………しかしながら、資源不足は勿論の事、行政サービスを担う人的リソースの不足、そして他の地域から押し寄せる『流民』の増加により、日を追うごとに香港の治安は悪化しつつある。


 ――――――そんな秩序と混乱がせめぎ合うこの街は、『彼等』のような手合いが身を潜めるにはうって付けの場所だ。



■香港葵青区(きせいく)、港湾倉庫街


 香港に18ある行政区画の一つ、葵青区。世界有数の港湾施設が存在し、かつては海運の拠点として栄えたこの地区も、資源不況と戦後の混乱により往時の面影はもはや無い。


 すでに荷主もなく、放棄された無数のコンテナには錆が浮かび、錆の匂いと潮の匂いが混じり合い、退廃した空気を醸し出している。

 乱雑に積み上げられた廃コンテナの迷路を抜けると、今度はいくつもの大きな倉庫群が姿を現す。それらの倉庫は流民や犯罪者の溜まり場となっており、真っ当な人間であれば好き好んで近付くことは無い。

 しかし、そんな倉庫街の片隅に、流民や犯罪者とは違う雰囲気を漂わせる集団が居た。


 外部に光が漏れないよう、窓という窓を念入りにテーピングして塞いだ倉庫の中、忙しそうに立ち働く20人程の人影がある。無駄話をせず、規律正しく動く様子から、彼等が明らかに流民や犯罪者ではない事が分かる。

 彼等は、倉庫の中央に横たえられた1機のDSCVを整備していた。――――いや、それをDSCVと呼ぶのは適切ではないかもしれない……彼等が整備しているのは、腕が無く、まるで生物のような8本の脚を備えたタコのような機体なのだ。


 ――――そう、ベーリング海にてA・W遊撃艦隊と接触した『擬態戦闘艇』である。


 倉庫内に横たわる擬態戦闘艇は、何本かの脚が軟質性の装甲カバーを外され、内部構造が剥き出しになっていた。露出している内部構造は、さながら生物の筋肉組織を思わせる。ただ一つ違うのは筋繊維がタンパク質ではなく、鈍色の金属で作られている事だ。通電することで形状を変える一種の形状記憶合金を針金状に形成し、それらを編み上げて造られた人工筋肉駆動機である。

 よく見れば、その人工筋肉組織は相当な個所で断裂し、損傷していた。作業員達はその破断個所を確認し、修理を行っている。


 その様子を、一歩引いた所から見守る人物が居た。


 浅黒い肌、良く鍛えられた引き締まった肉体と、見るモノを刺すような鋭い目つきは、この男が只者ではない事を(うかが)わせる。男が髭を撫でるような仕草で口元に手を当てた時、タブレット端末を手にした別の男が彼に近付いた。


「ハーディ隊長、ニホンからの報告です。A・Wの出現を受け、遊撃艦隊はヨコスカを出港しました。目標との接触は失敗です」


 そう言いながら、手にしたタブレット端末を差し出す報告者。『ハーディ隊長』と呼ばれた男――ベーリング海にて恭司達に『ウォッチャー』と名乗った、現GLF代表――ウスマン・ハーディはそれを受け取り、素早く画面に目を通した。


「ウェイクマンを追い落としたばかりでGLFを掌握しきれていないからな……。仕方ないか」


 特に落胆した様子も見せず、ハーディは淡々と感想を口にする。すると、報告者の男が言葉を続けた。


「しかし、別部隊がサブ目標への接触に成功しました。報告書の6ページから詳細を記載しています」


 その言葉を聞いたハーディは再度タブレット端末に視線を落とす。そして、口の端を吊り上げて笑った。


「ほう……早速、情報も仕入れているのか。イヴ・マッケンジー、この娘が『歌声』の主か。……海底遺跡、先史文明人、終末兵器(A・W)……まるで映画だな」


「この内容……『信じられない』というのが正直なところです」


 報告者の男が眉間に皺を寄せる。しかし、ハーディは軽く首を横に振った。


「いや、この情報が真実であるか否かは関係ない。重要なのは、アメリカが……環太平洋条約機構がこの話に基づいて動いている事実だ。我々はこの状況を最大限利用すればいい」


「利用……ですか?」


 疑問を口にする報告者。ハーディはタブレット端末の画面を『コツコツ』と指先で叩きつつ、愉快そうに口を開いた。


「このA・W-4の特徴、『大型船舶をエサとして認識している可能性』とやら。上手くすれば『使える』かもしれん…………用意して欲しい物をリストアップしておく、手配を頼む。後は――――」


 そう言いながら、ハーディは眼前で整備が進む擬態戦闘艇に視線を移した。


「『ゴースト』の整備を早く終わらせないとな」


 『ゴースト』とは、この擬態戦闘艇の愛称だ。正式な名称はこの場の誰も知らない。ハーディ達のパトロンが、実地試験を目的に送って来た試作機なのだ。

 そして、航行音を欺瞞(ぎまん)することで高い隠密性を誇るこのゴーストだが、『試作機』らしく運用上の問題が存在した。それは、擬態の為の変形機構と人工筋肉駆動機を組み込んだ事による機体構造の複雑化……つまりは整備性が劣悪であるという事だった。


「確かに機体性能は優秀だが、戦闘を行う度にこれではな……」


 彼等がベーリング海での一件からA・W遊撃艦隊に手出しをしなかったのは、『手出ししなかった』のではなく、ゴーストの整備のために『手出しできなかった』のだ。

 報告者の男が口を開く。


「ゴーストの補修部品は明日中に届くそうです。しかし……ネイハの連中、本気でこんなものを量産する気でしょうか?」


 『ネイハ』とは中国浙江省寧波(ねいは)市……中国海軍東海艦隊の司令部が存在した都市である。

 ハーディは『フン』と鼻で笑う。


「壊滅した海軍戦力を立て直そうとする執念は見上げたものだがな、どこもかしこも資源不足の今、こんなものを量産するのは不可能だ。それに、我々の目標はアメリカと条約機構だけではない。中国にも、ロシアにも『報い』を受けさせる。真に自らの足で立ち、独立を勝ち取り、世界から持つ者の(おご)りを一掃する」


 ハーディは報告者の男に向き直り敬礼する。


「我等、神と祖国のために」


「我等、神と祖国のために!」


 報告者の男も、同じ符丁を口にしながら敬礼で応えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ