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アビスウォーカーズ  作者: 大野 タカシ
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第56話 海を分かつライン

■神奈川県横須賀市


 高速道路を乗り継ぎ到着した海自横須賀基地は、深夜だというのにまるでそこだけが昼間であるかのように煌々と灯りが溢れていた。運転手の清水と恭司、イヴはそれぞれ身分証を示し、基地の正門を抜ける……すると、慌ただしく走り回る基地職員や車両の姿が目に入った。日本近海にA・Wが出現し、警戒態勢が発令されているのだろう。


 清水は近くの駐車場に車を停めると、二人に降車するよう(うなが)した。


 恭司はイヴと共に車を降りると、未だ運転席に座る清水へ歩み寄る。清水も車の窓を開けて恭司へと視線を寄越した。


「清水さん、ありがとうございます」


 恭司が礼を言うと、清水は軽く笑って答える。


「いえ、仕事ですから。そうだ、中央道でちょっかいをかけて来たGLFですが、無事に身柄を拘束しました。三尉のご家族も引き続き我々が警護しますので、その点はご心配なく」


 恭司は再度『ありがとうございます』と答えながら敬礼する。そうしてイヴを伴い、駿河が停泊している桟橋に向かい速足で去って行った。

 その後ろ姿を見送りつつ、清水は一人呟く。


「…………A・Wなんていう化け物と戦わなくちゃならないっていうのに、二人とも気負ったところが無かったな。無事に戻ってきて欲しいものだ」


 情報本部の職員として、清水は観察眼……より正確に言えば『人を見る目』に関しては自信があった。その目に映った恭司とイヴは先の言葉の通り、覚悟をした様子も緊張した様子も見受けられなかった。

 短い時間であっても、家族と過ごしたことでリラックス出来たのだろう。良い傾向だと清水は思う。


「さて、自分の仕事場に戻るとしますか」


 清水は車のエンジンを始動し、横須賀基地を後にした。



■ヘリ空母駿河


 桟橋の物資運搬用クレーンががなり立てる轟音を聞きながら、恭司とイヴは駿河に乗り込むためのタラップを駆け上がる。入口に立つ歩哨に敬礼を送りながら駿河の中に入ると、彼等を待ち受けていたように南二尉が顔を見せた。


「真道三尉、戻ったか!」


「第二戦闘艇小隊、真道、ただいま戻りました!」


 南二尉と恭司はお互いに敬礼する。その(かたわ)らで、イヴも敬礼をマネしながら口を開いた。


「タイチョー、ただいまー!」


 溌溂(はつらつ)としたイヴの様子を見て、南二尉は満足そうに頷く。


「どうやら、心身共にリフレッシュ出来たようだな」


 『えへへ』と笑うイヴ。一瞬、和やかな空気が流れた……が、今は悠長にしている場合ではない。恭司は南二尉に状況を問う。


「隊長、現状はどうなっていますか? A・Wは?」


 すると、南二尉は一転して渋面を浮かべた。


「……実は、まずい事になっている。北海道沖で貨物船を沈めたA・Wはそのまま北上。千島列島を越えオホーツク海に入り……つい数分前、ロシア領海に侵入した」


「ええッ!? それじゃあ、我々は……?」


 正に急転直下といった状況に恭司が驚きの声をあげる。南二尉は腕組みをしつつ、ため息と共に言葉を吐き出した。


「遊撃艦隊は即応体制を維持しつつ待機……だそうだ。全く、厄介なことになった」


 今まで恭司達A・W遊撃艦隊がハワイ沖、メキシコ沖、ベーリング海と海を股にかけ活動出来たのは、これらの海域と航路が公海上、そして環太平洋条約機構加盟国の領海内であったからだ。

 しかし、ロシアは条約機構に加盟しておらず、むしろ資源不足によりかつての東西冷戦構造が再燃しつつある近年では、環太平洋条約機構との対立が深まりつつあった。


 今まで強大な化け物(A・W)テロリスト(GLF)相手に勝利を収めて来た遊撃艦隊だったが、ここに来て全く別の障害が立ち塞がり、足止めを余儀なくされる。


 その『障害』とは、海を分かつライン――――――国境である。



■A・W遊撃艦隊旗艦、空母エンタープライズ、戦闘群司令部指揮所(TFCC)


 薄暗いTFCCの中、遊撃艦隊を率いるウェルズ司令は壁面の大型スクリーンに向き合っていた。スクリーンに映っているのは、遠くアメリカ本土、ワシントンDCに居るマッケンジー大統領補佐官。彼等は今、衛星ネットワークを介して現状の確認と今後の行動指針を協議中だ。

 画面の中の老紳士が口を開く。


「肝心のA・Wがロシア領海に居るのでは手出しが出来ん。私はこれから、君達がロシア領海内で作戦行動が出来るよう、外交ルートを通してロシア政府に働きかけるが…………」


 言い淀むマッケンジー補佐官。


「近年、ロシアは環太平洋条約機構との対立姿勢を深めています。やはり、協力を取り付けるのは難しいですか?」


 そこが自分の定位置だというように、ウェルズ司令の傍らに立つジョンソン艦長が問う。マッケンジー補佐官は肩を(すく)めた。


「ああ、こればかりはな。そもそもロシア海軍との共同戦線など前代未聞である上、A・Wの脅威はアレを直に目にしなければ実感出来ん。私も、ケロンであの化け物共をこの目にするまで、報告書の内容を疑っていた」


 『それに』と老紳士は言葉を続ける。


「条約機構理事会は、混乱を最小限にとどめる為、君達の活躍を大いに喧伝(けんでん)したからな…………」


「ロシア政府がA・Wの脅威を過小評価している可能性がある訳ですか。自国領海内で被害が出れば、ロシア海軍をぶつける……と」


 ウェルズ司令が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、口を開いた。画面の中の老紳士は『そうだ』と首を縦に振る。


 マッケンジー補佐官が語った通り、環太平洋条約機構理事会はA・W遊撃艦隊の活躍を大いに喧伝していた。メキシコ沖で、そしてベーリング海で、遊撃艦隊がA・Wを撃破する度に、その戦果を大々的に宣伝したのだ。

 それは明らかにプロパガンダの類であったが、無用な混乱を避けるために必要な事であった。特に、世界経済の生命線……海上輸送を司る、各国各地域の海運アライアンス――――国を(また)ぐ航空・海運といったビジネスは、地域差に関わらず均一な質のサービスを提供しなければならない。海運アライアンスとは、その『均一なサービスの提供』を目的として結成された、その名の通り海運会社の同盟(アライアンス)である――――が、A・Wを恐れ事業を縮小したり、船賃を値上げし、世界経済に悪影響を及ぼさないようにする為に必要な措置だった(アライアンスと言えば聞こえは良いが、結局のところ同業同士の『カルテル』である)。


 その良かれと思った行為が、ここに来て悪材料となっている。全くもって笑えない話だった。


 マッケンジー補佐官は一つ咳ばらいをすると、ウェルズ司令、ジョンソン艦長を真っ直ぐに見た。


「とにかく、今後の行動はロシアとの交渉次第だ。君達は準備が出来次第出港し、千島列島付近で待機せよ。詳細は追って知らせる」


 そう言い残すと、マッケンジー補佐官は通信を終了した。大型スクリーンの映像が消え、TFCC内が一段と薄暗くなった。


「A・Wは驚異的なスピードで、際限なく成長する。あまり時間を取られたく無いんだがな……」


 ウェルズ司令のボヤキに、ジョンソン艦長が答えた。


「しかし、こればかりは我々にはどうしようもありません。政治のステージの話です。マッケンジー補佐官がどうにか突破口をこじ開けるのを期待しましょう」


 生真面目な相方の言葉に、ウェルズ司令は『そうだな』と答え、深くため息を吐き出した。

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