第55話 いってらっしゃい
「A・Wが見つかった!? 何処でですか?」
横須賀の南二尉からの知らせ、恭司は携帯越しに詳細を問う。
『北海道沖の太平洋上だ……ああ、近くにテレビかラジオはあるか? 速報をやってる!』
南二尉の言葉を聞き、恭司は近くに有ったリモコンでテレビの電源をつける。すぐに緊急ニュースを伝える映像と音声が画面に表示された。
『番組の途中ですが臨時ニュースをお伝えします。30分ほど前、北海道沖の太平洋上で大型貨物船、ハーマン・メルヴィル号が沈没しました』
画面の中で、スーツに黒縁眼鏡姿のキャスターがニュースを読み上げている。すると画面が切り替わり北海道を中心とする地図が表示され、北海道の東……太平洋上のあるポイントにバツ印が表示された。
『近海を警備中だった海上保安庁第一管区の巡視船が現場に急行し、ハーマン・メルヴィル号を襲った巨大生物……AncientWildsを確認しました。現在、日本近海の太平洋上を航行中の船舶には、日本政府より避難警報が発令されています。沿岸部にお住まいの皆様も、不用意に海岸に近付かないように注意してください。繰り返します…………』
「恭司、こりゃぁ……!?」
ニュース速報を見た父が恭司を見る。恭司は無言で頷くと携帯に――その向こうの南二尉に答えた。
「事態は把握しました、すぐに戻ります…………が、もう終電がありません。車での移動になるので時間がかかります!」
恭司は居間の壁掛け時計を見る。時刻は22時を回っていた、中央東線は既に本日の営業運行を終了している為、中央自動車道を使って東京方面……八王子へ出る必要がある。
『構わん、こっちも補給物資の積み込みとチェック中だ! すぐに出港出来るわけじゃないからな。だが、事態は逼迫している、可及的速やかに駿河に戻れ、以上だ!』
南二尉はそう言うと通話を切る。すると、恭司の通話を聞きつけたのか、母と希、そしてイヴが居間に現れた。皆、テレビで流され続けるA・Wの速報を見、その視線を恭司に集中させる。
恭司は皆を見回すと口を開いた。
「A・Wが見つかった、これからすぐに横須賀へ戻る。イヴ、荷物をまとめて準備してくれ」
イヴは『わかった!』と答えると希と共に居間を出てゆく。それを見届けると、恭介が立ち上がる。
「よし、じゃあ車を出すぞ!」
「あなた、ダメですよ! お酒飲んだでしょう。私が運転するわよ」
車のカギを手に玄関へ向かおうとする恭介を秋子が止める。父は『おっと、いけねぇ』と後頭部を掻きながら手にした車のカギを秋子に渡した。すると、恭司の携帯がメールの着信を告げた。慌てて画面を見ると、護衛部隊からの簡潔極まる文面が目に入った。
『車を用意した。家の前に白のセダンが待機中、準備出来次第乗車せよ』
恭司がそのメールを見た事が分かったようなタイミングで、家の外から短い車のクラクションが聞こえて来た。秋子が首を傾げる。
「こんな時にお客様かしら?」
「いや、自衛隊で車を用意してくれた。俺も荷物をまとめるよ」
恭司はそれだけ言い残すと、急いで自室へ向かった。
■
メールの通り、恭司達が家の外に出ると道端に白のセダンが1台停まっていた。運転席の窓ガラスが開き、運転手が『急げ』と手招きする。
恭司がイヴと共に家族を振り返り口を開いた。
「じゃあ、慌ただしくて悪いけど……行くよ」
その言葉を聞き、恭介と秋子は大きく頷いた。
「ああ、行ってこい! また、必ず二人で帰って来るんだぞ!」
「いってらっしゃい、気をつけてね」
希は大げさなくらいに右手を振りながら叫ぶ。
「アニキ! イヴさんの事ちゃんと捕まえとけよー! 逃げられたら承知しないからなッ!!」
そんな『家族』の言葉に、イヴは目尻に涙を浮かべながら答えた。
「おとうさん、おかあさん、希ちゃん……。行って来るね!」
そうして、恭司とイヴは連れ立って車に乗り込み、二人を乗せた白のセダンは僅かなモーター音を響かせながら暗闇の中に走り去っていった。
それを見送った恭介が誰にともなく呟く。
「恭司のヤツ、いつの間にか一人前の顔するようになったなぁ……」
先程、居間で横須賀からの知らせを受けた時、彼は恭司の表情が一瞬で引き締まる様を目の当たりにした。それは、一人前の自衛官である証左であり、自らのやるべきことを自覚した一人前の大人である証だ。
「やれやれ、オレも歳を取る訳だ」
そんな事をぼやく恭介を、傍らの秋子が肘で小突いた。
「何言ってるんです、あの子たちが帰って来るまでこの家を守らなきゃならないんですよ。まだまだ耄碌する訳にはいきません」
「……そうだな、母ちゃんの言う通りだ」
そう言いながら恭介は頭を掻く。そんなやり取りをしている父母に、希が玄関から声をかけた。
「お父さん、お母さん! 風邪ひくから早く中に入ろうよ!」
いち早く家の中に姿を消した希を追うように、恭介と秋子も家に入り玄関を閉める。
――――こうして慌ただしい長兄の里帰りは終わり、真道家の夜は更けてゆく。
■
中央自動車道に乗り八王子方面に向かう車の中、後部座席に座る恭司とイヴに運転手の男が声をかけた。
「どうも、真道三尉、イヴ・マッケンジーさん。情報本部の清水です。これから中央自動車道に乗り、八王子方面に向かいます。道すがら、これまでに判明している情報を説明します、良く聞いて下さい」
清水と名乗った運転手は二人の返事を待たず、状況の説明を始める。
「北海道沖の海上で、輸入食料を満載していた貨物船ハーマン・メルヴィル号がA・Wに襲われ沈没しました。ここまでは?」
「はい、ニュース速報で知りました」
恭司が答える。清水と名乗った運転手は前を真っ直ぐに見たまま言葉を続けた。
「現場海域に急行した海上保安庁の巡視船が、海上に突き出た巨大な魚の背ビレを確認しています。駿河のローザ・アニング博士は、以前オーストラリア近海で別の貨物船を沈めた巨大魚と同一の個体である可能性が高いと推測しています」
既にローザからの報告が情報本部にまで回っているようだ。この辺りの情報の連携は流石と言わざるを得ない。
「問題は……まあ問題だらけなんですが、この巨大魚……A・W-4がオーストラリア近海と今回の件で、短期間に2隻の大型貨物船を沈めている点です。アニング博士は、A・W-4が大型貨物船を『エサ』として認識した可能性を報告しています。海上に浮かぶ大きな船を襲えば、大量の食料を得られる――――って事ですね」
つまりA・W-4は今後、大型貨物船……いや、大型の船舶を優先して狙って来るという事だ。常軌を逸した化け物による通商破壊――――悪夢でしかない。
「A・W-4が大型船舶を沈め続ければ、各国各地域の海運アライアンスも対応を迫られるでしょう。ヤツは早急に叩く必要があります…………が」
そう言葉を切ると、清水は素早くバックミラーに視線を走らせる。
「二人とも、絶対に振り返らないでください。尾行されてますね……恐らくGLFでしょう。デパートの騒ぎの時にも動きが無かったので今回は大人しくしているのかと思いましたが、最後の最後で仕掛けてきましたね」
思わず後ろを振り返ろうとするイヴを押さえつけながら、恭司は『どうするんです?』と問う。すると清水は余裕の笑みを浮かべ、左の耳を押さえる。後ろからでは良く分からなかったが、どうやら無線機を身に着けているようだ。
「ご安心を、こんな状況も想定の内です。こちら1号車、2号車から4号車へ、お客様だ。横浜ナンバーの黒のワンボックス、対応B」
そう言うやいなや、清水は車のスピードを上げ背後にいる(らしい)黒のワンボックスカーを引き離す。それと同時に、前を走っていた3台の車が速度を落とし、恭司達の車と黒のワンボックスの間に割り込んだ。そして、見事な連携でワンボックスカーを取り囲み、身動きできなくしてしまう。
その様子を確認すると、清水は恭司達に声をかけた。
「八王子で公共交通機関に乗り換える予定でしたが、このまま高速を乗り継いで横須賀へ向かいます」
夜の高速道路を、恭司達を乗せた車が駆け抜けてゆく。




