第54話 休暇の終わり
『あなたと出会えた喜びを、あなたと生きる幸せを――――』
店頭の大型テレビが流すヒットソングを、イヴは食い入るように見つめる。僅かに頭が上下しているのはリズムを取っている為だろう。『愛する人と一緒に艱難辛苦を乗り越えていこう』という情感あふれる歌詞を、ゆったりとしたメロディに合わせ歌い上げるバラードは、終わりに向けてだんだんと盛り上がりを見せる。
画面の中のアーティスト――――Akariも徐々に声量を上げ、最高潮に達した所でふと歌が終わりを迎える。暫くの余韻、その後、画面が暗転し楽曲のダウンロード版やCD版の販売情報や各種グッズの紹介等、販促情報が流れ始めた。店舗用の広告映像なのだろう。
「やっぱAkariは良いねぇ。なんかよく知らんけど文化の極みだよ」
恭司の傍らで雑な感想をのたまいつつ、希がウンウンと頷いている。すると、イヴがくるりと振り返り、『すぅ』と大きく息を吸う。そして今聞いた歌をアカペラで歌い始めた。
「あなたと同じ未来を見つめ、二人一緒に歩いてゆこう」
隣で息を呑む気配を感じ視線を巡らせると、希が目を口を真ん丸にして驚いている。イヴの歌はネーレイスの巫女の『チカラ』を使わずとも万人を魅了するのだ、無理も無い。
「例え道は険しくて、夜明けは遥か遠くとも――――」
今しがた聴いたばかりの歌を完璧に歌い上げ、イヴは恭司と希に振り返る。褐色の少女が『どや?』といった風に笑みを浮かべると、希が感極まってイヴに抱き着いた。
「スゲェ! イヴさんパネェ!!」
希がそう叫ぶと、恭司の背後から『大量の』拍手と歓声が沸き起こった。恭司が驚いて振り返ると、いつの間に集まったのか黒山の人だかりができていた。買い物客は勿論、店員さんの姿も交じっている。
サンディエゴ基地の時と同じだ。『絶世』と言っても差し支えない美貌と、プロの歌手も裸足で逃げ出す歌唱力……注目されないはずがない。
――――ここに来て、恭司の頬に冷汗が伝った。ただでさえ、GLFに狙われているかもしれないという状況下で、こうも目立ってどうするというのか?
恭司はイヴと希の手を『ぐわし』と掴む、そして――――。
「お騒がせしました――――――ッ!!」
……と叫びながら、人垣をかき分けてデパートを後にした。
■真道家、居間
夕食後の真道家で、イヴの独唱会が開かれていた。夕食の席で希がデパートでの出来事を熱く語り、『それならば』という事で父と母がイヴの歌を聴きたがったのだ。
「――――いつか必ず、光の下にたどり着けるから」
イヴが覚えたばかりのAkariの新曲を歌い終える。すると、歌い始めからずっと口をポカンと開けていた恭介と秋子が感嘆の声と共にパチパチと拍手を送った。
晩酌が進みほろ酔い気分といった塩梅の恭介(今日も飲むぞと力強く宣言し、秋子から晩酌する権利を以下略)と秋子が揃って口を開く。
「こりゃぁ凄い! 美人で歌も上手いとか、息子の嫁は日本一……いや、三国一だな! 父ちゃん鼻高々だよ!」
「本当ねぇ。歌が上手だなんて益々人魚姫だわ」
伴奏無しのアカペラで、覚えたての曲を完璧に歌いきって見せる……。イヴのこの才能は『ネーレイスの巫女』として後天的に付与されたモノなのだろう。しかし、心の底から楽しそうに歌うイヴの姿を見ていると、それ以上にイヴは只々歌う事が好きなのだろうと恭司は思う。
恭司がそんな事を考えていると、恭介の言葉に反応したイヴがコタツの上に身を乗り出し、叫んだ。
「父ちゃん…………。お父さん!」
イヴにとって『父』は特別な存在だ。夢で見たネーレイスの賢者の姿が恭司の脳裏を過る。イヴの言葉を聞き、恭介は大きく頷いた。
「おうともよ。あれだ、『I am your father』ってやつだ」
「やめろッ! それ言われた方が『Nooooooooo!!』って絶叫する奴だろ!!」
恭司が思わずツッコミを入れる。そこに秋子が言葉を重ねた。
「それじゃあ、私は『I am your mother』ってところね」
「俺今やめろって言ったよね!? なんでノッて来た!? ていうか、夫婦揃って暗黒面に堕ちてんのかよ!! ある意味ハッピーエンドじゃねぇか、あの映画エピソード3で終るわッ!!」
騒ぐ恭司の隣に希がスススと近寄り、彼の肩に手を置く。そしてニヤニヤとした笑みを浮かべながら恭司に囁いた。
「ウチの両親ていつもこんな感じじゃん、あきらめな♪」
「…………皆してしつこく丁寧に俺の外堀埋めてくるけどさ、やってて楽しいのか?」
げんなりした恭司の問いに、希はサムズアップで答えた。
「楽しい! 覚悟しとけよ~、アニキの外堀にコンクリ流し込んで更地にしてやるからなぁ~?」
希の言葉から『必ずアニキとイヴをくっつける』という強固な意志の力を感じ、恭司は力なく肩を落とした。
■
一頻り騒いだ後、秋子は片付けの為に台所へ、希は『色んな曲をイヴさんに覚えてもらう』と言ってイヴと共に自室へと引っ込んだ。
父と子の二人だけとなった居間で、恭司は改めて恭介に問いかけた。
「イヴに『お父さんだ』なんて……本気で言ってるのか?」
恭介は『ハハハ』と笑いながら答える。
「こんな事で冗談は言わねぇさ」
イヴの出自と彼女が置かれた状況を聞いて尚、あの少女を家族として迎え入れようとする父の判断は、恭司からすれば『軽率』だと思えた。そんな我が子の心中を察したのか、恭介は静かに語り始める。
「俺や母ちゃんが若い頃もな、やれデフレだやれ失われた何年だと『不況だ不況だ』つって騒がれてたんだ。けど、今に比べりゃ余裕はあったから、昔はそこそこ好き勝手やれてたんだ」
前世紀末から長期に渡って続いた日本経済のデフレ局面は遂に解消される事無く、現在の資源不況に突入した。そんな『歴史』として習った内容を、恭司は朧げに思い出す。
「そんでまあ、今の世間の有様が若い頃好き勝手した罰だって言うならしょうがねぇとも思えるんだが、それをお前らの世代に押し付けちまってるのが情けなくってなぁ……」
恭介はグラスに残ったビールを煽る。
「そんな訳でな、お前や希には俺達が出来る範囲で自由にさせてやりたいって、前々から母ちゃんと話してたのさ」
そう言って、父は微かに笑った。
恭司にしてみれば物心ついた時には資源不況の真っただ中で、ある物を何とかやりくりしてやってきた。学生時代の友人たちを始め、周囲の人たち全員が同じ境遇だったため、特別自分だけが苦労したとは思っていなかった。だから、父がそんな思いを抱えていたことを知り、恭司は少しばかり驚く。そして同時に納得できたこともあった。
イヴが恭介に割とすんなり懐いたのは、彼が我が子を過酷な状況に追いやってしまった事に忸怩たる思いを抱え、その上で我が子の幸せを願うという、ネーレイスの賢者との共通点を敏感に感じ取ったからなのだろう。
恭介が鋭い視線を恭司に向ける。
「だから、お前の好きなようにやれ。イヴさんの力になってやれ。GLFだのなんだの、厄介事を抱えてるようだが家の事は心配するな。自衛隊の人が守ってくれるって言ってたからな」
「…………分かった」
恭司は心の中で父に感謝しつつ、ぽつりと呟いた。父親に面と向かって真面目な話をされるとどうにも照れ臭く、落ち着かなかった。だが、悪い気はしない。
「俺も母ちゃんも希も、イヴさんの事は気に入ってるんだ。全部終わらせて、二人で無事に帰って来いよ? 童話の人魚姫は最後は『あぶく』になって消えちまうが……そんな事にならないようにな」
「ああ、分かっ――――――ッ!?」
恭司が返事をしようとすると、ポケットの携帯が着信音を奏で始める。取り出して画面を見ると、相手は護衛部隊ではなく横須賀の南二尉だ。何かあったのかと、嫌な予感に恭司の背中が粟立つ。
「はい真道です! 隊長、何かありましたか!?」
『三尉、急いで駿河に戻れ! A・W-4が見つかったッ!!』
――――こうして、短い休暇は唐突に終わりを告げた。




