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アビスウォーカーズ  作者: 大野 タカシ
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第50話 True colors

■真道家、居間


 居間のコタツに真道家の家族四人、そしてイヴが腰を下ろしている。帰宅早々騒ぎ立てた恭司の妹……真道(のぞみ)は、学校指定の制服からラフな部屋着に着替え、恭司とイヴの対面に座っている。

 眉根を寄せて難しい表情を浮かべていた彼女は、コタツの天板に額をぶつけそうになるまで頭を下げた。


「すいませんでしたーッ!」


 頭を下げた拍子に、彼女の短めのポニーテールが『ぴょこん』と揺れた。希は頭を上げ『ううう……』と唸りながら口を開く。


「まさか朴念仁のアニキが彼女を連れて帰って来るとは思わなくてぇ……」


「今度は朴念仁と来たか」


 恭司は半眼になりながら(うめ)く。希が一頻(ひとしき)り騒いだ後、父・恭介と母・秋子……そして何よりイヴ自身の説明で彼女は自身の間違いを認め、先程の謝罪はその流れからのものだったのだが……恭司への態度はそれほど変わっていない。

 『兄としての威厳的なものが足りないのだろうか』と、恭司は頭を痛める。だがまあ、今は自分の事よりイヴと希の事だと気を取り直した。


「まあいいや。ほら希、イヴに自己紹介しろって」


 恭司がそう言うと希は『はーい』と返事をし、イヴに顔を向けた。


「真道恭司の妹やってます、真道希です。よろしくね、イヴさん!」


「はい! こちらこそよろしくお願いしますです!」


 イヴはニコニコ顔で答える。その笑顔を見た希が『おお……』と感嘆の声を漏らした。


「むぅ、なんてゆーか……イヴさん凄くキレイじゃない? 髪もメッチャ長いのに全然乱れが無いし。モデル? モデルさんなの?」


「モデルとかじゃないぞ、ごく普通の……一般人だぞ。ていうか、妹である事を職業みたいに言うなよ」


 恭司がツッコミを入れると、希は後頭部をポリポリと掻きつつ『いやぁ』と照れた。


「だって私ただの女子高生だし? アニキみたいなインパクトのある経歴なんて無いしさー」


「自己紹介にインパクトなんていらないだろ。全く、相変わらずだな……まあいいや。イヴ、これが俺の家族全員だ、仲良くしてくれると助かる」


 恭司がそう言うと、イヴは『はーい!』と元気よく答える。それにつられたのか、恭介、秋子、希の3人も笑顔になる。

 ファーストコンタクトの感触は上々……。帰省期間中、イヴは真道家の面々と上手くやっていけそうだと恭司は安堵した。




 母が『腕によりをかける』と言っていた通り、何かの記念日かというような――両親に言わせれば息子が嫁を連れてきた記念日なのだろうが――豪勢な夕食(勿論、嶋田さんから頂いたサラダも食卓に上った)を済ませた居間では、恭介が晩酌を楽しみ(今日は飲むぞと力強く宣言し、秋子から晩酌する権利を勝ち取ったという一幕があったのだが割愛する)、希とイヴは何処からか引っ張り出してきた真道家のアルバムを見て『キャッキャウフフ』と楽しんでいる。同じ釜の飯をなんとやら……すっかり仲良くなったようだ。


「ねえイヴさん、これ見て! この写真チョー傑作なんだよ!」


「なになにー?」


 二人で顔を寄せ合い、何かの写真を覗き込む。


「アニキ御年4歳のおねしょ写真!」


「やめんかッ!!」


 飲んでいたお茶を噴き出しながら恭司が叫ぶ。すると希は眉を(しか)めて不服そうに恭司を見た。


「なによー。アルバム鑑賞って言ったらおねしょ写真は鉄板ネタでしょーが!」


「鉄板だろうが何だろうがとにかくヤメロ! 恥ずかしいだろうがッ!!」


「アニキの恥ずかしい写真だから楽しいのよ!」


「悪魔かお前はッ!」


 言い合いを始める恭司と希だが、仲良くケンカする兄妹(きょうだい)をイヴも恭介もケラケラと笑いながら眺めている。少々騒がしいものの、ごく一般的な家族団らんの光景が繰り広げられていた。そこへ、秋子が顔を出す。


「はいはい、お楽しみの所悪いけどお風呂沸いたわよ! 誰からでもいいからチャッチャと入った入った」


 すると、希がすっくと立ちあがりイヴに手を差し伸べた。


「一番風呂は私がもらったッ! イヴさん一緒に行こう! うちのお風呂はねー、ちょっと凄いんだよ! 髪やらなにやら洗うの手伝ってあげるよーゲヘヘヘ」


 セリフの最後に色々とダダ洩れになっている妹に不安を覚える恭司だったが、それよりも重要な懸案事項があった。彼はイヴを手招きして呼び寄せる。『なぁに?』と小首を傾げながら近寄って来たイヴに恭司は素早く耳打ちした。


「イヴ、くれぐれもネーレイスとかA・Wとかの事は内緒な、喋っちゃダメだぞ」


「わかった!」


 イヴは力強く頷き、希に誘われるまま廊下へと消えていった。今のこの状況は、恭司にとって非常に複雑な(イヴを元気づけるために、津川艦長を始め多数の人間が動いているのだ)ものであるが、特に厳守すべき項目として『イヴの正体を知られてはならない』という物があった。

 至極当然の話だ。今現在、地球上で栄えているホモ・サピエンスとは異なる、5万年前に滅びた先史文明人ネーレイスの生き残り……それだけでも歴史が書き換わる大事だが、更にイヴは『今、そこにある危機』――A・Wに対抗する最重要ファクターでもあるのだ。彼女の正体は重要な国防機密であり、その正体が露見すれば、それこそGLFを始め、様々な組織がイヴを手に入れようと動くだろう。


 正直な所、第3者が側にいる時には極力イヴに付き添っていたいところではあるが、流石に風呂にまでついて行く訳にはいかない。


(いや、イヴはちゃんと言いつけは守る。大丈夫だ……大丈夫)


 日本語でのコミュニケーションがスムーズに出来るようになって以降、イヴは恭司や中村医官の言いつけを守って良い子にしていた。その事を思い出し、恭司は大丈夫だと自身に言い聞かせた。だが――――――。


「ッキャアアアァァァァ――――――!!?」


 突如、お風呂の方から希の悲鳴が聞こえて来た。

 希が生まれてこのかた、ずっと兄妹をやっているのだ。恭司は希の悲鳴を何度か聞いた事があった。ゴキ●リや毛虫に驚いた時の悲鳴ではない。本気の(・・・)悲鳴だ。


(ッ!? まさかGLFかッ!?)


 家の周囲は護衛部隊が固めている、その警備網をテロリストが抜けてくる可能性は極小だ。そう、0パーセントでは無い。

 恭司は飛び上がるようにして立ち上がり、一目散に風呂場へと走る。久しぶりの帰省だが、家の構造を忘れたりはしない。恭司は脱衣所の扉を開け、浴室へと踏み入った。

 恭司の祖父は風呂好きで、この家を建てた際に風呂場をかなり広く作った。その為、浴槽も2~3人でゆったり入れるほどの広さがある。そんな風呂場の中で彼の目に飛び込んで来たのは――――。


「あ、キョージ! キョージも一緒に入る?」


 と……歪に伸び、水かきが付いた手をブンブンと振るすっぽんぽんのイヴと、イヴの姿に驚き浴槽の隅に避難している、これまたすっぽんぽんの希の姿だった。

 あまりの出来事に恭司が茫然としていると、『なんだなんだ』と言いながら恭介と秋子が姿を現した。二人とも、イヴの姿を目にした途端、驚いて凍ったように動きを止める。

 この状況下で真っ先に平静を取り戻したのは希だった。


「ちょッ! 親父とアニキは出てけバカ――――ッ!!」


 希が投げたシャンプーのボトルが恭司の顔面にクリーンヒット、彼はたたらを踏んで後退し、脱衣所で尻餅をついた。


「何だ? 今の……」


「イヴちゃんちょっと変だったわよねぇ……」


父と母がお互いに顔を見合わせ、そして同時に尻餅をつく恭司へと視線を向けた。両親の視線を受けながら、彼はポケットから携帯を取り出し、登録してある番号……護衛部隊の責任者を呼び出す。


「すいません……イヴの正体がばれました…………」


 恭司は喉から絞り出すように、通話の相手に報告した。


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