第51話 家族の肖像
「はい、はい……ええ…………」
風呂場にてイヴの正体がバレた後、真道家の固定電話がけたたましい着信音を奏で始めた。電話に出た父・恭介が恭司に視線を寄越したことで、相手が防衛省関係だろうと恭司は直感する。タイミング的にも間違いない。
恭介が電話の応対をしている間に、恭司、イヴ、希、秋子の4人は居間に集まりコタツで暖をとっていた。……もちろんイヴと希は寝間着を着ている。希のパジャマはともかく、問題はイヴの服だったのだが、秋子がイヴの姿に驚きながらも『まずは服を着ないと風邪ひいちゃうわねぇ』と言うと、イヴの長く伸びた手足の指や耳、背ビレが問題にならないような服を探し……結果、恭司のTシャツを持って来てイヴに着せた(イヴの体格ではブカブカであるため長く伸びた指でも袖が通り、背ビレも丸ごとすっぽり入った)。下はやはり恭司のハーフパンツを引っ張り出してきてイヴに履かせた。
さらにその上から半纏を羽織ったイヴは、恭司の隣でしゅんと項垂れている。正体をばらしてしまった事、そして希に悲鳴をあげられたことがショックであるらしい。
イヴから大雑把に聞いた話では、真道家の大きな風呂場を見てテンションを上げたイヴは浴槽に飛び込み、思わず水中形態に変身してしまったのだそうだ。確かに『ネーレイスである事は口外無用』としか注意していなかったが、まさかそんなギャグマンガみたいな事で……と、恭司は頭を抱えた。
『はぁ』とため息をつきつつ対面――希の様子を見ると、彼女は俯きながらもイヴをちらちらと窺っている。その様子は怯えているように見えた。無理も無い、仲良くなったばかりの女の子が眼前で異形の姿に変貌したのだ、当然の反応だろう。
恭司は希を責める気は毛頭なかった、無論イヴもだ。悪いのは肝心な情報を伏せたまま外部の人間に協力を求めた防衛省の方針と、それに唯々諾々と従った恭司自身だ。
恭司がそんな事を考えていると、廊下から『チン』と電話を切る音が聞こえ、間もなく恭介が居間に現れた。彼は眉間に深い皺を刻み、うんうん唸りながら腰を下ろす。母、秋子が口を開いた。
「電話、何ですって?」
「ううん、防衛省の偉い……ナントカいう人からだ。イヴさんの事を説明してくれてな、『ご協力をお願いします』っつってたんだが…………正直さっぱりだ。後は恭司に聞いてくれって言ってたが?」
恭介はそう答えると恭司に顔を向けた。その場の全員の視線が恭司に集まる。それと同時に恭司の携帯がメールの着信を告げた。ポケットから取り出して確認すると『家族に限り状況の説明を許可』という簡潔な文面が目に入った。どうやら情報を開示した上で協力を求める方針に切り替えたらしい。こうも早く方針転換するという事は、最初からイヴの正体が露見するシナリオも考慮していたのだろう。
恭司は携帯を仕舞うと、イヴとの出会いからこれまでの事を説明し始めた。ハワイ沖の海底遺跡で冷凍睡眠装置に入ったイヴを見つけた事。同時にA・Wが耐久卵から羽化した事。イヴは古代先史文明人であり、海に適応した海洋性人類『ネーレイス』である事。A・Wはネーレイスによって造られた生物兵器であり、イヴは暴走状態のA・Wを倒す使命を帯びている事…………。
説明は長くなったが、恭介も秋子も、そして希も静かに聞いている。そして、恭司の説明が終わった後も、その沈黙は続いた。その場の誰一人、口を開こうとしない。
驚きや批判の声が上がるだろうと思っていた恭司は拍子抜けした。恐る恐る家族の反応を窺う。
「あの、説明は以上だけど…………どう?」
恭介が腕組みしつつ何とも言えない表情を浮かべた。
「『どう?』って言われてもなぁ……、突拍子も無さ過ぎてどうにもこうにも……。えーっと、イヴさんは氷漬けで見つかったマンモスみてぇなもんって事だろう?」
「マンモスと同じ扱いってのはイヴに失礼だと思うけど……大雑把に言えばそんな感じで良いと思う。ああイヴ、いつまでもその恰好してないで、元に戻って」
水中に適した異形の姿と、今の人類に酷似した姿……。どちらがネーレイスの本来の姿なのかは分からなかったが、恭司はイヴに元に戻るよう促す。傍らに座る褐色の少女は『コクリ』と無言で頷く。すると、大きく尖った耳や歪に伸びた水かき付きの指が、年経た石膏像のように色を失いボロボロと崩れ落ちる。その後には恭司達とそう変わらない形の耳や指が再び姿を現した。
その様子を見た秋子が頬に手を当て感心したように口を開いた。
「まあ、さっきの話はお伽話みたいだと思ったけど、本当に人魚姫みたいねぇ」
「母さん、そんな呑気な……。っていうか、それほど驚いてないみたいだけど?」
恭司が母の言動に呆れながらも疑問を口にする。
「ずっと護衛艦に乗ってたはずのキョウちゃんが、一般の……それもアメリカで知り合ったっていう子を連れて帰ってくるのは不自然だとは思ってたのよ。何か訳アリだろうってね。流石に、それがこんな事だとは思わなかったけど……」
秋子は最初から恭司とイヴの関係を疑問に思っていたようだ。恭司を生み、以降ずっと母親をやっているだけの事はある。母を欺こうなどと浅はかだったな、と恭司は思った。
ばつが悪くなった恭司は後頭部をポリポリと掻きつつ、希に視線を向けた。彼女は俯いたままプルプルと肩を震わせていたが、突然飛び上がるように立ち上がり、コタツをぐるりと迂回してイヴに飛びついた。
「驚いて悲鳴をあげちゃってごめんなさーいッ! っていうかイヴさんすごーいッ!! 美少女で変身出来てアメリカ人てどんだけよッ!!」
「わひゃぁ!?」
飛びついた勢いのままイヴを押し倒す希。恭司は驚きながらも己の妹をイヴから引き剥がそうとする。
「こら希、やめんかッ! お前怖がってたんじゃないのかよ!? それからアメリカ人は関係ないだろッ!!」
「そりゃ最初は驚いたけどさー、すっごいじゃん! 超古代文明の生き残り! しかも変身ヒロイン!! 未知との遭遇って奴よ! ステキやん!!」
希は相当興奮しているのか、言動が支離滅裂になっている。さらに、抱き着かれているイヴはくすぐられているのか『あひゃひゃひゃ!』と、美少女にあるまじき奇声を発していた。一瞬にして場がカオスに陥る。
「希、その辺にしとけ。で……だ、恭司お前ぇ、イヴさんの事をどう思ってるんだ?」
恭介が希を宥めつつ、恭司に顔を向けた。その視線は真っ直ぐに恭司を射抜く。
「いやその……力になってやりたい……とは、思ってるよ」
久しく無かった凄みを含んだ父の視線にしどろもどろになりながら、恭司はそう答える。それを聞いた恭介は『はぁ』と、大きなため息を一つ吐き出した。
「甲斐性なしの息子にしちゃぁ上出来か……。なあ母ちゃん、どうするよ?」
「あら、ここで私に振るんですか? お父さんがいつも言ってるようにしてあげれば良いでしょう?」
「いや、話を聞く限りGLFだか何だか、家族全員に危険があるっぽいんでな。俺の一存じゃ決められねぇよ。希は…………あの様子じゃ聞くまでもねぇか」
なにやら父母の間で言葉を交わし、通じ合っている。話の内容が分からず恭司が首を傾げていると、恭介はイヴにべったりの希を見て首を縦に振る。そして、おもむろに立ち上がり居間の隅にある戸棚に歩み寄ると、中を漁り古ぼけたデジカメを取り出した。真道家のアルバムに収められた数々の写真、それらを撮影してきたカメラだ。
「よし、全員並べ! イヴさんも! 『家族写真』を撮るぞ!!」
そう宣言すると、恭介は皆を居間の壁沿いに並べ、カメラのシャッターをタイマーセットしコタツの上に置いた。何が始まるのか、皆の顔をキョロキョロ見回すイヴに、希がカメラの方を向くように伝える。
――――そして、『パシャリ』とシャッターの切れる音が居間に響いた。
恭介がカメラを希に渡す。
「今の写真、お前の部屋のパソコンで印刷してきてくれ。写真用の紙は何枚か残ってたよな? 3枚頼む」
「まかせろぃ!」
希がカメラを受け取り、ガッツポーズを決めながら居間を出て数分。カメラと印刷した写真を手に、希が戻って来た。彼女は写真を恭介に手渡す。
「おー! 良く写ってる! イヴさん、どうだい?」
そう言いながら、恭介は写真をイヴの眼前に差し出す。すると、見る見るうちにイヴの顔が赤らむ。目は大きく見開かれ、驚きと感動が入り混じった表情を浮かべた。
「すごい……。これ、さっきの私達……」
イヴが感極まった様子で呟く。それを聞いて満足そうに頷いた恭介は、床に置きっぱなしになっていた真道家のアルバムを手繰り寄せるとページをめくり、最新のページにその写真の一枚を収めた。
「これで、イヴさんはうちの『家族』だ。ああ勿論、イヴさんが嫌じゃなければね」
恭介の言葉を聞き、イヴが千切れそうな勢いで首を横に振る。そんな彼女に、恭介は残る写真の一枚を手渡した。
「一枚はイヴさんが持っててな。最後の一枚は恭司、お前のだ」
そう言って恭介は最後の写真を恭司に手渡す。それを受け取りながら傍らのイヴを見ると、褐色の少女は渡された写真を見ながら『すごいすごい!』とはしゃいでいる。
そして、その頬を涙が伝っていた。
恭司が夢で見たイヴの記憶――。ネーレイスの技術力は非常に高く、遠方の映像を画面に映し出す術を彼等は持っていた。カメラと同じようなモノも恐らくはあっただろう……しかし、家族や仲間と一緒にフレームに納まるのはイヴにとって初めての経験だったのかもしれない。
或いは、再び『家族』を得ることが出来た望外の喜びのせいだろうか。
涙を流しながら喜ぶイヴの姿を見て、恭司はそんな事を思った。




