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アビスウォーカーズ  作者: 大野 タカシ
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第49話 だんらん

 ゆるくウェーブした髪をアップで纏め、エプロンを身に着けた恭司の母――真道秋子(あきこ)は、恭司の(かたわ)らに立つイヴの姿を見て驚きに目を丸くした。


「ちょっとキョウちゃん、そちらの方が『お客様』?」


 駿河が横須賀に帰港する直前、恭司は帰省すると母に連絡していたのだが、情報本部(DIH)への行動予定の提出に追われいたため(何より家族への説明が面倒だったため)、『友人を連れて行く』と濁しに濁しまくった説明しかしていなかった。

 まさか息子が女連れで帰省してくるとは思ってもみなかった母が驚くのも無理はない。


「あ、ああ……。こちら、イヴ・マッケンジーさんって言って――――」


 恭司がイヴを紹介しようとすると、当のイヴは突然右手をビシリと挙げて、元気いっぱいに口を開いた。


「はい! キョージのガールフレンドですッ!」


 唐突なイヴの行動と発言に、恭司はあんぐりと口を開き、秋子は口元に手を当てて驚きを(あらわ)にした。


「あら大変! 甲斐性なしのウチの子が彼女を連れてくるなんて……お父さん! お父さん大変よッ!」


「ちょまッ! イヴ! 何でそんなこと言った!? 言えッ!!」


 騒ぎ出す母を尻目に、恭司はイヴを問い詰める。すると、イヴは『良い事をした』といった風の笑顔を浮かべながら答えた。


「キョージのお父さんお母さんに会ったら『恭司のガールフレンドですって自己紹介するんスよ』ってシンタローが言ってた」


「あンの野郎――――ッ!!」


 お調子者の同僚の顔を思い浮かべながら、恭司は頭を抱えて叫ぶ。そんな時、庭の片隅に(たたず)む古ぼけた納屋から人影が現れた……。姿を見せたのは小太りで作業着姿の中年男性――言わずもがな、恭司の父、真道恭介(きょうすけ)である。

 恭介の作業着は泥で汚れており、手にはめている軍手には油が(にじ)んでいた。納屋の中で農業用具の手入れをしていたのだろう。


 彼は『おう恭司、帰ったか!』と言いながら歩み寄ると、イヴの姿を見つけ、秋子と同じように目を丸くする。


「えーっとぉ……。えらい別嬪(べっぴん)さんだが……こちらのお嬢さんは? まさかお()ぇ、どっかから(さら)って来たんじゃないだろうな?」


 恭司に視線を向けとんでもない事を口にする父親に、恭司は叫び返す。


「違うわッ! 初手から人攫い認定はやめろぉッ! こちらはイヴ・マッケンジーさんと言ってですね――――」


「キョウちゃんのガールフレンドですって!」


 秋子が恭司のセリフを遮る。恭介は薄くなり始めた頭髪を撫でつけながら感心しきりといった様子で口を開いた。


「本当か!? へぇ……甲斐性なしのお前がねぇ。随分と頑張ったじゃねぇか! えーっと、イヴさんでしたか。息子がお世話になってます、恭司の父です。遠慮せずゆっくりしてって下さい」


 恭介はイヴに頭を下げた。イヴは満面の笑みを浮かべながら『よろしくお願いしまーす!』と元気に答えている。そんな様子を横目に見ながら恭司が眉間に皺を寄せていると、秋子が恭司に声をかけた。


「難しい顔してどうしたの?」


「夫婦揃って俺への評価が『甲斐性なし』で一致してるのが腹たつわッ!!」


 恭司の叫びが冬の空に吸い込まれていった。



■真道家、居間


 寒い中で立ち話も――――と、いうことで場所を居間に移し、恭司とイヴ、そして部屋着に着替えた恭介はこたつでぬくもりながら話に花を咲かせていた。

 秋子は『今日の晩ごはんは腕によりをかけなくっちゃ!』と言って台所に姿を消した。


 古い型の大型テレビがBGM代わりのニュース番組を流している。彼等が足を突っ込んでいるこたつも、部屋を暖めている電気ストーブも、同様に古い物だ。

 資源の枯渇が表面化し『資源不況』が深刻化して以降、それまでの大量生産・大量消費型社会はその様相を一変させた。家電を始め身の回りにある物は長く大切に使う事が主流となった。『壊れても修理して使う』事が当たり前となり、今ではどこの家庭でも古く、年季の入った道具を使っている。

 そんな消費者ニーズに合わせ、各企業もコストと信頼性を重視した製品をラインナップするようになった。それは景気の後退を後押しし、自らの首を絞める事でもあるのだが、各種資源の供給量が減っている現状ではどうしようもない(一方、『街の修理屋さん』のような業種はかつてない程に繁盛しているのだが……)。

 そういった身の回りにあるちょっとした物からも、未来への不安……『時代の閉塞感』が漂うのだ。


 ――――だが、座して滅びを受け入れるほど人類は達観していない。古ぼけたテレビに映るキャスターが次の原稿を読み始める。


『次のニュースです。環太平洋条約機構理事会は、タイタン計画の進捗状況を発表しました。これは緑の解放戦線、通称GLFによるハワイ沖深海鉱床襲撃、そしてA・Wと呼称される古代生物による騒動以降で初めての情報公開となります。シアトルの理事会本部と中継で繋がっています、宮嶋さん?』


 映像が切り替わり、マイクを手に立つレポーターの姿が映し出された。アメリカは深夜の時間帯だ。彼の背後では大きなビルと、掲揚された環太平洋条約機構加盟各国の国旗がライトアップされていた。


『はい、ワシントン州シアトルの理事会本部ビル前です。こちらの現地時間で18時に発表された軌道エレベーター建設計画『タイタン計画』の進捗は大方の予想の通り、GLFとその後の古代生物……A・Wのケロン襲撃を受け、大きく遅延しました。米領グアム沖に建造中のタイタンは、宇宙側と地球側双方のプラットフォームの建造をほぼ完了し、それらをケーブルで繋ぐ最終段階に入っていますが、ここに来て計画は大きくブレーキをかけられ――――』


 レポーターは喋り続けている。その声はそのままに映像は再び切り替わり、軌道エレベーター『タイタン』のコンピューターグラフィックス画像が映される。今まで何度も何度も目にしたそれは、環太平洋条約機構が威信をかけて建造を進める未来への(きざはし)だ。

 現在進められている海洋開発も既存の牌の奪い合いに過ぎず、その海洋資源もいずれ尽きる時がやってくる。その『先』を見越して、次なるフロンティア――――宇宙への道を用意するのは当然の帰結である。


 そんなニュースを流すテレビから視線を離し、恭介はこたつの向かいに座る恭司へ目を向けた。


「お前が俺らの為に頑張ってくれてるのはありがたいんだが……死んじまったら元も子もねぇ。ダメだと思ったらいつでも帰ってきて良いんだからな? 頼むから無茶はすんなよ?」


 父の目は真っ直ぐに恭司を見据える。それだけで、今の言葉が心からのものだと理解できた。


「あ、ああ……わかってるよ」


 GLFどころかA・W討伐の最前列に立ち、無茶のしっぱなしである恭司は事情を説明できない事を後ろめたく思いながら言葉を濁した。


「まあ、せっかくの一家団欒だ、湿っぽい話はこの辺にしとこう。ところで……イヴさんはどこの国の人? うちの息子とはどこで知り合ったんだい?」


 恭介はそう言ってイヴに水を向ける。褐色の少女は嬉しそうに口を開いた。


「キョージとはネーレイスの施設で――――」


「ちょッ!? ストップ!! い、イヴはアメリカ人で、サンディエゴに寄った時に知り合ったんだ!!」


 事前に打ち合わせていた作り話(カバー・ストーリー)をスッポリと忘れ、正直に機密事項を口にするイヴ。そんな彼女の言葉を慌てて遮り、恭司は無理矢理話の軌道を修正する。


「んん? いきなりどうした?」


 息子の奇行に恭介は怪訝な表情を浮かべる。その直後、ガラガラと玄関(引き戸なのだ)が開く音が聞こえて来る、次いで『ただいまー』という溌溂(はつらつ)とした女の子の声が家の中に響いた。

 玄関にある恭司の靴を見たのだろう『お、アニキ帰ってきてるんだ』と言いながら、声の主はトトトと廊下を足早に進み、居間の障子戸を一気に引き開けた。


「ただいま――――――――ッ!!?」


 姿を現した制服姿の女の子――恭司の妹である真道(のぞみ)は、自身の兄とその隣に座る褐色の少女を見て、障子戸を開いた姿勢のまま凍り付いたように動きを止めた。そしてフルフルと全身を震わせ始める。

 その様子を見て、恭司の脳裏を嫌な予感が(よぎ)る。果たしてその予感は的中し、妹はあらん限りの声で叫んだ。


「この甲斐性なしの馬鹿アニキッ! その子どっから攫って来た――――――――ッ!!」


「言うと思ったわチクショウめッ!!」


 叫び返した恭司の目尻には、ちょっとだけ涙が滲んでいた。

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