第48話 Home sweet home
■日本国、山梨県上野原市
横須賀から電車を乗り継ぎ3時間弱、恭司とイヴは中央線の西上野原駅で電車を降りた。神奈川県と山梨県の県境にあり、南北を山に挟まれた緑多いこの土地が恭司の故郷だ。
駅の周囲に建物が集中し、その周囲には田畑が広がる……適度に栄え、そして寂れつつある故郷の街並みを目にし、恭司の胸中に『帰って来た』という安堵感が広がった。『ふぅ』と白い息を吐く恭司の傍らで、イヴはしきりに周囲を見回しながら『うわー!』だの『すごーい!』だのとはしゃいでいる。
横須賀で電車に乗った時からずっとこの調子だ。
まず電車に驚き、乗車してからはどんどん流れてゆく車窓の景色を見てはしゃいだ。平日の昼間で空いているとはいえ、車内には他の乗客もいた。恭司は何度もイヴに静かにするよう注意したのだが、お行儀良くなるのはその時だけで、数分もすれば座席に正座し、窓におでこをくっつけてはしゃぎ始めるのだった。
しかし、乗り合わせた乗客たちは始めこそ怪訝な視線を向けて来たものの、イヴが『外人さんの女の子』だと分かると、それぞれに携帯をいじったり本を読むなど、何事も無かったように振舞ってくれた。
――――まあ、若い男の何割かはイヴを見た後、彼女に構う恭司に敵意交じりの視線を向けて来た。初めは緑の解放戦線の構成員かと思ったが、そのうち『イヴに見惚れた後、恭司に嫉妬している』と気付き(近くにいるはずの護衛要員に動きが無かった)、無性に居たたまれない気持ちになったりした。
とにかく、そんなこんなで二人は無事に恭司の故郷に辿り着いたのだ。
「ねぇ、キョージの家はドコ?」
陸上に立ち並ぶ建物に興味津々といった感じのイヴが、辺りをキョロキョロ見回しながら恭司に問いかける。
「町外れの畑の方だよ、少し歩くぞ」
そう答えながら恭司は歩き始め、その後をイヴがついてゆく。肌を刺すような冷たい風が通り抜け、恭司は思わず身を縮こまらせた。かたやイヴは、そんな木枯らしをものともせず、鼻歌を歌いながら上機嫌で歩を進める。
ローザの研究によれば、ネーレイスは温暖・寒冷問わず『海』に適応していたのだという。勿論これはイヴへの聞き取り調査や身体検査・血液検査などで判明したものだ。つまり、『南国の出身』と言われれば誰もが納得するような容姿とは裏腹に、イヴは寒さにも容易に適応出来る。
それを少し羨ましく思いながら、恭司は駅前から続く商店街を通り抜ける。不景気の影響か、人通りはまばら。平日の昼間という事もあるだろうが、それを考慮しても人影が無さ過ぎる。それに――――――。
「あら、真道さんトコの!?」
歩きながら周囲に目を配っていた恭司を呼び止める声が響いた。声の出所を見やると、ある商店の店先から割烹着姿の中年女性が手を振っている。通りに出ている看板には『弁当しまだ』の文字。恭司が学生時代によくお弁当や総菜を買っていた店だ。
「ああ、嶋田さん。ご無沙汰してます」
挨拶しつつ恭司が歩み寄ると、恰幅の良い嶋田さんは満面の笑みを浮かべて彼を迎え入れた。
「やっぱり恭司くんじゃないの! 1年……いや2年ぶり? おっきくなったねぇ!」
「いや、もうとっくの昔にハタチ過ぎてますから、もう背なんて伸びませんよ」
恭司がそう答えると、嶋田さんは『あらやだ』と笑う。すると、恭司の背後からイヴが『にゅっ』と首を出した。
「キョージ、この人だぁれ? 知り合い?」
恭司の背中にしがみつき、そんな事を問う褐色の少女を見て、嶋田さんは驚いた表情を浮かべる。
「まあまあまあ!? 随分と可愛らしい子じゃないの! なに? 恭司君の彼女?」
「いや、そーいうのでは無くてですね!」
恭司が反論しようとするが、嶋田さんの眼はキラッキラと輝き、『噂話が大好きなおばちゃんオーラ』を全方位に振りまき始めている。こうなってはもう手が付けられない。
「そうそう、おばちゃんねー、恭司くんの知り合いでシマダって言うの。日本語上手ねー。お嬢ちゃんお名前は?」
恭司そっちのけでイヴに声をかける嶋田さん。名前を聞かれたイヴは素直に答える。
「はい! イヴ・マッケンジーです!」
「あら、良いお返事。イヴちゃんは恭司くんのガールフレンドなの?」
「はい!」
「おいこらイヴ! 今条件反射で返事しただろッ!?」
「あらあら、若いって良いわねぇ」
「ちょッ! 嶋田さん!?」
『こいつ5万歳ですよ』と心の中で突っ込みつつ、恭司は凄い勢いであらぬ方向へ転がってゆく話に頭を抱えた。
「いやー、恭司くんがこんな可愛い彼女を連れて戻って来るとはねぇ……。ウチの旦那にも見せてやりたかったわ」
嶋田さんの何気ない一言に、恭司はドキリとする。先程から店内と、その奥の調理場からは人の気配は感じられなかった。このお店は嶋田さんが夫婦二人で経営している店だ。なのに、先程からご主人の姿が見えない。
「あの、ご主人は……?」
恭司が恐る恐る聞くと、嶋田さんは彼の考えを察したのか『あはは』と大声で笑い始めた。
「あらやだ! ウチの人ならピンピンしてるわよ! このお店だけじゃ厳しくってね、日中は国道の工事現場で働いてるのよ」
嶋田さんの言葉に恭司は胸を撫で下ろす。久しぶりの帰郷で……いや、状況に関わらず、知り合いの訃報を聞くのは嫌なものだ。
「やっぱり、景気は年々厳しくなってきててねぇ。この商店街も寂しくなっちゃったでしょ?」
嶋田さんの言葉を聞き、恭司は再度商店街の通りを見渡す。以前里帰りした時よりも、シャッターを降ろしている商店が増えている。彼が学生だった頃も廃業している店は目立っていたが、今では開いている商店を数えた方が早い有様だ。
「ウチも常連さんや周りの人に支えてもらってやっとってトコ。そうそう、真道さんにもお世話になっててね、ちょっと待って頂戴ね!」
そう言い残すと、嶋田さんは店内の食品ケースから、量り売りの総菜をタッパーに詰め始める。少しの後、嶋田さんはそのタッパーをもって再度店先に出てくる。
「これね、真道さんから頂いたジャガイモのポテトサラダ。持ってって!」
「いや、そんな……」
国産の野菜は値上がりが激しいと聞く。恭司が戸惑っていると、嶋田さんは『いいからいいから』と知り合いのおばちゃん特有の押しの強さで恭司の手にタッパーを無理矢理持たせた。
「『形の悪いくず野菜だけど味は変わらん』って言って、真道さんからもらった野菜で作ってるんだから、遠慮なんてしないの!」
「その……ありがとうございます、頂きます。ああ、かわりと言っちゃなんですけど……どうぞ」
恭司は肩から提げたダッフルバッグを開き、平たい箱を取り出して嶋田さんに手渡す。観光地でよく見るナッツ入りのチョコレート……家族やご近所さん向けにお土産として持ってきたものだ。
「まあまあ! こういうの久しぶりねぇ。ありがたく頂くわ。ご両親によろしくね」
そうして嶋田さんと別れ、商店街を抜ける。さらに10分程歩くと急に視界が開け、一面の田んぼや畑が現れる。田んぼには藁が干され、一部の畑には冬野菜が実っている。これらも間も無く収穫されるだろう。
そんな風景の中、ぽつぽつと民家が見える。その中の一つが恭司の家だ。
「ほら、あの家だ。見えるか?」
そう言って、恭司は青い屋根の家を指さす。イヴは『おー!』と感嘆の声を漏らした。
二人は恭司の家を目指し道を進む。恭司は心なしか歩幅が大きくなり、イヴはスキップしながら……。そして、家の庭に足を踏み入れる。すると、足音で来客に気付いたのか、玄関が開き、一人の女性が姿を現した。
その女性は恭司の姿を見ると、にこりと笑って口を開いた。
「おかえり、キョウちゃん」
「ただいま、母さん」
恭司は母、真道秋子にそう答えた。




