第42話 露見
■A・W遊撃艦隊旗艦、空母エンタープライズ、戦闘群司令部指揮所
「擬態していただとッ!?」
TFCC内にウェルズ司令の驚きの声が響く。TFCCの大型モニターには、リレーアンカーと、DSCV隊に追随し現在上空を旋回している無人機を中継して送られて来た映像がリアルタイムで映し出されていた。ガーフィッシュ1のハンマーヘッドは、クジラの姿から一瞬にして変形した球形の頭部と複数の触腕を持つ謎のDSCVの姿を捉えている。
室内のクルー達がざわつく。傍らに立つジョンソン艦長も驚愕の表情を見せている。
「水中航行音を既存の生物に似せようとする研究は我が国でも行われています、ですが……」
ジョンソン艦長は自身の知識と記憶を掘り返す。
潜水艦やDSCVは『気付かれずに相手の喉元に刃を突き付ける』為の兵器だ、その開発においては勿論『静粛性』が重要なファクターになる。その為、船体表面に吸音材を貼ったり、スクリューの形状を工夫するなど、過去から現在に至るまで様々な創意工夫が行われて来た。
しかし、そもそもの問題として水の中を巨大な金属塊が移動すれば、それだけで海流が乱れ騒音が発生する。先述の創意工夫はこの騒音を可能な限り最小化するものに過ぎない。水中航行音を無音には出来ないのだ。
――――で、あれば。その音を他の音に欺瞞してしまえば良い。
それは、行き詰まった騒音問題を解決するための一つのアプローチ。機体構造を海洋生物に似せ、スクリューやウォータージェットではなく『ヒレ』で推進力を得る研究が行われた……有体に言えば『魚ロボット』の研究である。
「……ですが、その研究は無人運用を前提とした、小型の偵察機や自爆特攻兵器を開発するためのものです。こんなサイズの……ましてや有人機など、聞いた事もありません。ヤツは一体……」
当然の事ではある。潜水艦やDSCVの航行音を欺瞞しようにも、それらに匹敵するサイズの海洋生物はクジラやジンベエザメくらいしか存在しない。更に、それだけのサイズのものをスクリュー等の機械的な推進力ではなく、ヒレや胴体の『うねり』によって進ませるのは不可能ではないまでも、実用レベルに達するには技術的ハードルが非常に高く、また開発・運用のコストも莫大になる。その為、ジョンソン艦長の言葉の通り、アメリカではこれら『擬態戦闘艇』を使用用途を絞った小型の無人機として研究していた。
「相手の正体を問うのは後回しだ。追加の無人機を出せ! 対潜装備、至急だッ!」
ウェルズ司令の号令。間もなく、エンタープライズのフライトデッキからUAVが発艦した。
ブーメランをそのまま大きくしたような所謂『全翼機』と呼ばれるUAVは、その胴体下面にソノブイや対潜魚雷を格納したコンテナを搭載しながらも、無人機ならではの運動性能、加速性能を見せつけ、飛行機雲を曳きながらDSCV隊のもとへ向かってゆく。
■同海域、深度50メートル
『何が監視者だ、この覗き見野郎! テメェは何処の回しモンだって聞いてんだよッ!!』
恭司の耳に、無線を通してマディガン大尉の怒声が聞こえて来た。この正体不明の敵が一般回線で語りかけてきたことに倣い、マディガン大尉も無線を一般回線に切り替えている。
八式は完全に拘束され、動くことも出来ない。恭司は無線の声に耳を傾けながら、反撃のチャンスを窺う。
『答える義務はないと言ったはずだ……が、もう想像はついているのだろう? 君達が良く知っている組織だよ』
その声から、恐らくは壮年男性と思われる正体不明機のアビスウォーカーは、あくまで余裕の態度を崩さない。
『……緑の解放戦線かよ。その機体、クソッタレテロ屋にゃ過ぎた装備だな。何処からかっぱらってきやがった?』
『流石にそこまで答えるつもりはない。問えば必ず答えが返ると思うのは傲慢というものだ。ところで……全機動かないでもらおうか』
GLFの男がそう言うのと同時に、謎のDSCVが八式を拘束しているもの以外の触腕を左右に向けた。関節も装甲の継ぎ目も無いマニピュレータ(或いは脚か)……その動きはタコやイカといった頭足類の触腕そのものだ。とても機械とは思えない。
触腕が向けられた先には、包囲しようと散開しつつあったガーフィッシュ2と022が居る。2機とも渋々動きを止めた。
『殊更に粗野な言動でこちらの注意を引き、その間に僚機が包囲する……。成程、AncientWildsなどという化け物退治に駆り出されるだけはある、練度が高い』
GLFの男は『心底から』といった風に語る。しかし、テロリストから称賛されても、皮肉を言われているようにしか思えない。マディガン大尉は聞こえよがしに舌打ちした。意図を見抜かれた彼の口調は普段のものに戻る。
『チッ……お褒めにあずかり光栄だ。だがな、テロリストには容赦しねぇぞ。即時武装を解除して投降しろ、さもなくば雷撃する!』
マディガン大尉のハンマーヘッドが両肩部のランチャーをGLFのDSCVに向けた。すると、相手も捕えている八式を盾のように突き出した。
『仲間の命は惜しくはない……と? 『海で災いに遭った者は必ず助ける』……それが船乗りの心意気ではなかったかな?』
人質を取っているとはいえ、多勢から狙いをつけられたこの状況に至っても尚、GLFの男は余裕の姿勢を崩さない。
……いや、その声はこの状況を楽しんでいるようにも聞こえた。
このままでは埒が明かないと判断した恭司は、後部座席のイヴを見る。褐色の少女は疲労でぐったりとしていたが、恭司の視線に気づくと『なに?』と弱々しく口を開いた。
「今から俺達を捕まえてるヤツと話をする。イヴがここにいると知られたくないから、絶対に声を出さないでくれよ」
イヴは両の手で自分の口を塞ぐと、大きく頷いた。そんな彼女の様子を確認すると、恭司は無線のチャンネルをマリーンVHFに合わせる。
「『テロには絶対に屈しない』ってのは、テロリストのお前が一番良く分かってるはずだ。俺達はやると言ったらやるぞ」
恭司の声を聞き、GLFの男は僅かばかりの興味を拘束中の八式に向けた。
『虚勢を張るのはやめた方が良い、映画や小説に出てくるヒーローの真似事はな。誰しも死にたくはない、命は惜しいものだ』
その言葉を聞き、恭司は思わず叫んだ。
「それが分かってるなら、なんでテロなんてやる!? お前たちの『活動』で、一体どれだけの死人が出たと思ってるッ!!」
恭司は相手をなじるように、きつく問いただす。本来であれば相手の神経を逆なでするような行為は愚策だ。しかし、恭司自身自覚していなかったが、イヴの歌による疲労で頭が回らなくなり始めていた。
『我々の生存のために、それが必要だと判断したからだ。船乗りであれば『カルネアデスの板』の故事は知っているだろう?』
カルネアデスの板……古代ギリシャの哲学者が考案した法と倫理の問いかけである。
難破した船の乗員が小さな板切れにつかまって何とか永らえた。しかし、もう一人の乗員が同じ板につかまろうとした。板は二人でつかまれば沈んでしまう。最初に板につかまっていた乗員は、後から来た乗員を蹴り飛ばして見殺しにしてしまう。助かった乗員は罪に問われるべきか否か……というものだ。
船乗りでなくとも『緊急避難』と言えば思い当たるだろう。
「……ふざけるな! どう考えてもやってる事が過剰なんだよッ!」
緊急避難も正当防衛と同じで、『やり過ぎれば』罪に問われる。
『それだけ、事態は深刻なのだよ。なりふり構っていられない程度にはね』
「……な、にを……言って…………」
さも当然という風に答えるGLFの男。大して恭司は疲労が重くのしかかり、上手く言葉が出ない。『このままではマズい』と恭司が焦り始めた時、意外にもGLFの男はあっさりと身を引いた。
『さて、君達の実力のほどは見せてもらった、名残惜しいがそろそろ帰還するとしよう。増援部隊も近付いているようだしね』
その言葉を聞いたマディガン大尉が唸る。
『逃げられると思ってるのか?』
『思っているとも。流石に、この『荷物』を抱えたまま……というのは無理だろうがね!』
そう言い捨てると、正体不明のDSCVは拘束していた八式をガーフィッシュ1に投げつけた。同時に、頭と触腕のジョイント部分から全方向に機雷のようなものを発射する。
『クッ! 全機回避ッ!!』
マディガン大尉の命令虚しく、機雷はDSCV隊を巻き込み炸裂。目くらましだろうか、広範囲に黒い墨のようなものを撒き散らした。
『なッ? ソナーが効かないッス!!』
宗像三尉の叫びの通り、撒き散らされた墨は視界を奪うだけでなく、ソナー波をも遮断してしまった。
『本物の機雷が紛れているかもしれん、全機下手に動くなッ! おいッ! 023、無事か!?』
恭司の耳に、遠くからマディガン大尉の声が響く。疲労のピークに達し薄れてゆく意識の中、恭司はなんとか声を絞り出した。
「す、すみませ……もう、限界で…………回収を……願…………」
そうして、彼の意識はプツリと途切れた。




