第43話 夢
■A・W遊撃艦隊、ヘリ空母駿河、戦闘指揮所
「DSCV隊の収容完了しました。詳細は確認中ですが、こちらの被害は023の八式が左腕をパージして失っている他、戦闘に参加した全てのアビスウォーカーと、水測員1名が軽い耳鳴りを訴えています」
A・W-3との戦闘、そしてGLFのDSCVとの遭遇戦が終了した駿河CICの中で、木崎副長が被害報告を行っている。
「023、真道三尉とイヴ君は共に意識を失っており、医務室に搬送されました。中村医官の所見では疲労によるものだろう……とのことです」
報告を聞いていた津川艦長は軽く頷くと口を開く。
「マディガン大尉とガーフィッシュ隊には感謝せねばならんな」
GLFのDSCVが逃走した直後、意識を失った真道三尉とイヴの八式をガーフィッシュ隊が駿河まで運んでくれていた。
「A・W-3、そして正体不明のDSCVとの連戦を切り抜けたわりには損害は軽微です」
木崎副長が報告を締めくくる。それを聞いた津川艦長は険しい表情で答える。
「確かにな。常軌を逸した化け物相手に、前回も今回も不確定要素が多い中、何とか勝利を拾えている。だが、幸運は何度も続かん。特に、今回はアルゴーの乱入が無かったら危なかった。しかし、そのアルゴーは……」
そう言いながら艦長は大型ディスプレイを見やる。そこには無人探査機によって調査中のアルゴーの亡骸が映し出されていた。
「それにA・Wとの戦いは、イヴ君の『ネーレイスの巫女』としての力に拠って立つところが大きい。しかし、問題は――――」
「あの、『ウォッチャー』と名乗ったGLFのアビスウォーカーですね。まさか戦闘区域で、ああも直接的な接触をしてくるとは思っても見ませんでした。いや、向こうも正体が露見したのは想定外だったようですが……」
木崎副長が口を開く。老船乗りは『うむ』と頷いた。
「戦術データリンクを介するやり取りは暗号化されているが……しかし、イヴ君の歌は聞かれてしまったはずだ。A・Wとの戦いの場に流れる美しい歌声……連中の興味を引いたのは間違いないだろう。歌が聞こえ始めた直後にA・Wの動きが鈍ったところも確認しているだろうしな」
「彼女が狙われる可能性がある……という事ですか?」
津川艦長は『ふぅ』と一つため息をつく。
「洋上に居ればそうそう手出しはしてこないだろう。しかし、船というのは一種の密室だ。それで守られはするだろうが、この先ずっと引き籠って生活など出来ん。補給や整備でどこかの港に寄港する時には、今まで以上に警戒が必要になるだろう……。勝ちはしたが、問題も山積だな」
「『見えない敵』というのは、A・Wとはまた別の意味で厄介ですね……」
木崎副長はこれからの事を思い、目頭を押さえた。
■
目の前に見知らぬ光景が広がっている。巨大な立方体の空間を電気でも炎でもない……強いて言えば生物発光のような柔らかな光が照らしていた。
そして、眼前に一人の人間が佇んでいる。浅黒い肌の男性……その顔には深い皺が刻まれ、一目で老齢と分かる。その肌とは対照的に真っ白な髪と長い髭を蓄えた老人は、その恰好――――ウェットスーツのようなインナーと、ゆったりとしたローブのような服装から、古代の哲人を思わせた。
老人を一言で言い表すならば、『賢者』……だろうか。
その賢者の周りを、円を描くようにして無数の人影が取り囲んでいた。自分もその中の一人の様だ。
そこまで周囲の状況を把握した恭司は、ここで自分の身体が動かせない事に気付く。いや、正確に言えば『自分の意思では身体を動かせない』のだ。事実、恭司の視界は彼の意思に関係なく周囲を見回し始め、右隣に立つ人物……円を構成する人影の一人を注視した。
(……ッ!?)
恭司は声すら出せない中、驚く。隣に立つ人物はイヴだった。いや……彼が記憶している彼女とは少し違っている。記憶の中のイヴよりも背が高く、顔つきも大人びているのだ。更に驚くべきことに、彼女だけではなく視界に入る人影は全員イヴの姿をしていた。やはり全員が、それぞれ背丈や体つきが若干違っているものの、間違いなく全員がイヴだった。まるで、イヴの成長記録が現実に抜け出してきたような――――。
恭司がそんな事を考えていると、隣に立つイヴが彼に視線を向けた。吸い込まれそうな黒い瞳、そこに映る自分の姿を見て恭司は再び驚愕する。
大人びたイヴの瞳に映る自身の姿もまたイヴだった。そこで恭司は『これは夢だ』と気付く。どのような理屈によるものかは分からないが、イヴの記憶を夢に見ているのだ。
おかしな話ではあるが、夢だと気づき冷静になれたおかげで、恭司はここがイヴを助けた『海底遺跡』だと思い至る。記憶の中にある暗く機能を停止した様子とは違い、眼前に広がる室内には光が満ち、明らかに機能している。
つまりこれは、5万年前の……イヴが長い眠りにつく以前の記憶なのだ。
それまで静かだった室内に、唐突に『キィン』という管楽器のような音が響く。何かの警報だろうか……。それを聞いた賢者は自身の正面に手を翳す、すると何もない空間に光で編まれた幾何学模様が浮かび上がった。まるでSF映画で見るホログラフのようだ。
何かの文章なのだろう、その幾何学模様に視線を走らせた賢者は目を閉じ、力なく息を吐き出した。その後、周囲を取り囲む『イヴ達』を見回して口を開いた。
「最終防衛線が突破された。防衛線を張っていた娘たちは全滅したそうだ」
それを聞いたイヴ達の反応は様々だった、うつむく者、両の手で顔を覆う者、隣同士で肩を寄せ合う者――――皆悲痛な表情を浮かべ、悲しんでいる。
「既に都市中央は喰われ、孤立した街区もその殆どが失陥した。そして、この研究街区の防衛線が突破された今、私に出来るのはお前たちを時の揺りかごに託すことだけだ」
賢者の言葉には力が……生気が感じられない。しかし、静謐な空間に、その声は良く響いた。
「奴らは我等を喰らわんと間もなくここに到達するだろう。その前にお前たちを眠りにつかせ、この区画を深淵に沈める。気配を殺し、存在を欺瞞し、未来に望みを繋げる」
賢者は滔々と語る。
「都市国家の全てを……我等の文明の一切を喰い尽くした後、『エサ』を失った奴らはその身を耐久卵へと変じ、お前たちと同じように長い眠りにつく。そしていつの日か、世界に生命が溢れたころに再び目覚め、同じことを繰り返す。そのように創られている……私が、そう設計した。奴らは滅ぼさねばならない。制御を失った奴らはもはや、栄えた者を滅ぼすだけの『文明の初期化装置』に成り果ててしまった」
かぶりを振る賢者。彼の言葉には、後悔の念がありありと滲んでいた。
「我等ネーレイスは多くのものを捨て去り、それ以上のものを得て繁栄を極めた。信仰を捨て、血を流す覚悟を捨て、不都合を直視する眼を捨て去った……その結果が、これだ」
室内は静かだ、不気味なほどに。
「己の手で戦う事をやめた我等は命の形を歪め、アルゴーとお前達『巫女』を作り出し、代理戦争の駒とした。誰も傷つくことなく都市国家間の問題を解決する手段を得たと喜んだ…………お前たちに流血を強いている事実から目を背けてな」
賢者は周囲を取り囲むイヴ達の顔を一人一人見やる。
「己が傷つく事はない……痛みを忘れた者は他者の痛みも理解できなくなる。必然、より効率的に敵を殺傷できるようにアルゴーは改良され、進化していった。その到達点が、間もなくここにやって来る。私の最高傑作であり、我等の過ちであり、ネーレイスの時代を終わらせる……絶望の先触れが」
その時、『ゴウン』という轟音と共に、恭司の……いや、イヴの視界が揺れた。




