第32話 彼等の懸念
■アメリカ合衆国ルイジアナ州、ニューオーリンズ
A・W-2……巨大エイが討伐されてから3日後、メキシコ湾に面するアメリカ南部の都市、ニューオーリンズの市内を一台のトラックが走っていた。どこかの食品会社のロゴが派手にペイントされている以外は、何の変哲も無いトラックだ。
近代においてフランスやスペインの植民地だったこの街は、今でも当時の街並みや文化が残り、全米有数の観光都市だった。しかし、最近では『資源不況』の影響を受け観光客が激減、常に賑わっていた通りも店も、往時の面影はない。
トラックはそんな街並みを走り抜け、中・高層建築が立ち並ぶビジネス街へと入ってゆく。
ニューオーリンズはミシシッピ川の河口に位置し、更にメキシコ湾に面する事から『貿易の街』としての一面も持つ。そのため最盛期には多くの貿易会社がひしめき合っていたのだが……やはり多くの会社が撤退、或いは廃業し、現在生き残っているのはリオール社を始めとした大企業だけだ。
トラックは細い路地裏に入り、静かに停車した。ビルの間の影となった空間、人通りは無い。帽子を目深にかぶった運転手がトラックを降り、荷台の扉を開け放つ。すると、中から全身黒ずくめの一団が現れた。
黒の目出し帽にゴーグルとヘルメット、黒の戦闘服に身を包み、サブマシンガンやショットガンで武装した20名の一団は、隊長と思われる人物の手信号により無言で隊列を整える。
一糸乱れぬ行動から高い練度を感じさせる彼等の正体はすぐに知れた。彼等の戦闘服の背に『FBI SWAT』と黄色の大きな字が記されている。
彼等は一言も発する事無く、速やかに眼前の7階建てビルに向かう。正面からではなく、荷物搬入用の裏口からビル内部に侵入。警備員が驚いて制止しようとするが、隊長がFBIの身分証を示しその場に止まるよう指示すると、困惑した表情を浮かべながらもそれに従った。そんな警備員の横を通り抜け、部隊はエレベーターを使用せず階段を登っていく。
SWAT部隊は4階の踊り場で10名ごとの二手に分かれる。一部はその場にとどまり、もう一方の隊はそのまま階段で屋上を目指す。
各階のフロア案内には空欄が多く、入居している企業は少ない。その中で4階の案内欄には『ニューオーリンズ・エクスプレス・トレード』という名の企業名が刻まれていた。登記上は中堅の雑貨を扱う貿易会社であったが、SWAT部隊の目標はまさしくこの会社だった。
隊長が腕時計を見つつ、右手を掲げる。ニューオーリンズ・エクスプレス・トレード――N・E・Tの扉に取り付いた隊員が、ドアノブに強行突入用の小型炸薬を取り付けた。
数秒後、隊長が右手を振ると、小型炸薬が爆発しドアノブを吹き飛ばす。直後、隊員の一人がドアを蹴破り、手にしていた閃光手榴弾を室内に投げ込んだ。『バンッ!』という鼓膜を直接殴りつけるような破裂音と真っ白な閃光、室内から複数名の悲鳴が聞こえるのを確認すると、部隊は一気に室内になだれ込んだ。
隊員達は流れるような手際で次々と室内にいた人物を制圧・拘束してゆく。しかし、いち早く閃光手榴弾の影響から立ち直った一人の男が、この場を逃れようと窓に向かって走り出した。『止まれッ!』という制止を無視し、男は窓を開け放つ。地上までは12~3メートル程、更に真下は植え込みになっている。少しの負傷を覚悟すれば飛び降りられる高さだ。
男は窓枠に足をかけるが、その時目の前に一本のロープが垂れ下がった。そのロープは御仏が慈悲によって垂らした蜘蛛の糸ではなく、罪人を逃さぬ天の網だ。
ロープを伝って降りてきたSWAT隊員が、脱出しようとした男の眉間にピストルの銃口を突き付けた。屋上に向かった部隊がラぺリング降下してきたのだ。
観念し、両手をあげた男にSWATの隊長が近付き、告げる。
「緑の解放戦線代表、サイモン・ウェイクマン。第一級殺人罪及び共謀罪、その他28の罪状により逮捕する!」
その後、黙秘権や弁護士の立ち合いを求める権利等……ミランダ・ルールの説明を受け手錠をかけられても、GLFの代表は不敵な笑みを浮かべていた。
■アメリカ合衆国カリフォルニア州、サンディエゴ海軍基地
巨大エイ討伐後、A・W遊撃艦隊はメキシコを離れサンディエゴ海軍基地に帰港していた。補給と、そしてA・W-2――巨大エイとの戦闘で露呈した問題点の解決のためである。
その問題点とは、インジェクション・パイルの威力不足と継戦能力の無さだ。
対A・W特殊酵素、『オムニトキシン』自体は十二分に効果を発揮した。しかし、それを注入するためのインジェクション・パイルがA・W-2の外皮を貫通できなかった事は、艦隊の乗務員や装備開発関係者を驚かせた。
無理も無い話ではある。海底の岩盤掘削用装備が、規格外とは言え『生物』に通用しないなどとは、だれ一人夢にも思わなかったのだ。だが結果として、この事実がA・Wの脅威を再認識させるきっかけとなった。
巨大エイとの戦闘データは米太平洋艦隊司令部を通じて即座に主要な海軍兵器工廠に伝えられ、露呈した問題点を元にインジェクション・パイルの改修作業が行われている。
更に、残り4体のA・Wの消息が掴めない事もあり、A・W遊撃艦隊はつかの間の余暇を過ごしていた。
■ヘリ空母駿河、戦闘指揮所
サンディエゴ海軍基地に帰港中、半舷休息が発令された駿河艦内、そのCIC室内に複数の人影がある。最低限残されたコマンドデッキクルー数名と津川艦長、木崎副長、そしてローザだ。
彼等が目を向ける大型ディスプレイは画面が分割され、エンタープライズのウェルズ司令、ジョンソン艦長と、そしてマッケンジー大統領補佐官の姿が映し出されていた。現在、マッケンジー補佐官の呼び出しに応じ、ワシントンとエンタープライズ、そして駿河を秘匿回線で結んだミーティングが行われていた。
ウェルズ司令が口を開く。
「昨日のニュースを見ました。緑の解放戦線の本部を押さえたそうですね。これで奴らの動きも下火になると良いのですが……」
昨日、GLF代表サイモン・ウェイクマン逮捕の報は、アメリカ国内だけではなく世界規模で速報された。テロ組織首魁の逮捕は喜ばしい事であるはずだが、マッケンジー補佐官の眉間には深い皺が刻まれている。
「だと良いのだがね……。現在、FBIと国家安全保障局がGLF本部施設から押収した情報の分析を行っているのだが……連中、指揮系統が独特なようでね、各支部が独自の権限を持ち、本部無しでも活動できるようになっているらしい。いや、この言い方は正確ではないな……。全てが本部であり、全てが支部として機能するんだそうだ」
補佐官の言葉を聞いた木崎副長が追随する。
「それは、企業が災害被災時のために用意している事業継続計画をさらに推し進めたもの……という事ですか?」
「そのような物だろう。これだけでも厄介な話だが、更に問題があってな。GLFが有する資金や物資の所在が一部解明できた。連中、DSCVすら含む相当数の兵器を保有している。いくつかは押さえたが……」
『いくつかは押さえた』という事は、『いくつかには逃げられた』という事だ。津川艦長が口を開く。
「その件は陸の方々にお任せするほかありません。しかし、DSCVですか……。噂は聞いていますが、国家規模の『後ろ盾』があるのはほぼ間違いないようですね」
「ああ、私も同意見だ。GLFの秘密資金や物資の追跡は引き続きFBIやNSA、中央情報局にあたらせる。話は変わるが……アニング博士、良くA・W-2の情報を短い時間で纏めてくれた。インジェクション・パイルの改修は順調だと報告を受けている。間もなくサンディエゴに現物が届くだろう」
マッケンジー補佐官は眉間の皺を緩め、朗らかな口調でローザに話しかけた。しかし、当のローザは厳しい表情のままだ。
「ありがとうございます。以前お話しした通り、A・W討伐が完了するまで私に出来る限りの協力は致します……。ですが、全てが終わった際は、くれぐれも『約束』を守っていただくようお願いします」
ローザの言葉を聞き、画面の中の老紳士は深く頷いた。
「A・W細胞の軍事利用を禁じる、オムニトキシンとその製法を完全廃棄する……だったな。心配は無用だ、私とて『新たな大量破壊兵器の開発に関わった人物』などと、後世に名を遺すのは御免だからね」
そう答えると、マッケンジー補佐官は『ゴホン』と一つ咳払いし、話を締めくくった。
「さて、GLFに関する情報は後程送信する。次のA・Wが発見されるまで、英気を養っておいてくれ。以上だ」
大型ディスプレイの表示が消え、駿河CICに静寂が戻る。そんな中、津川艦長がローザに声をかけた。
「『我は死なり、世界の破壊者なり』……。貴女もご存知でしょうが、オッペンハイマーは原子爆弾の開発を生涯悔いたそうです。私は、同じ轍を踏む可能性がありながら、尚協力を決断してくれた貴方を尊敬します。何か困ったことがあったら、いつでも相談してください」
そう穏やかに語る老船乗りに、ローザは無言で頭を下げた。




