第31話 笑う門には
■ヘリ空母駿河、戦闘指揮所
「攻撃成功、目標沈黙! 目標は海底に着底の模様ッ!!」
クルーの一人が歓喜を含んだ声で報告する。CIC内の空気が一気に弛緩し、コマンドデッキクルーのほぼ全員が『ふぅ』と深く息をついた。
しかしその中で一人、ローザは緊張の面持ちを崩さない。
「いえ、オムニトキシンの実戦運用は初めてです。A・W-2の死亡を目視で確認できませんか?」
そう言いながら、彼女は津川艦長を見る。艦長は『うむ』と頷くと落ち着いた声音で命令を下した。
「無人偵察艇を再度海底湖に向かわせろ。DSCV隊は即時帰還、万一の場合に備え、第1戦闘艇小隊を対A・W装備で待機させておけ」
その声に応え、クルー達が再度慌ただしく動き始めた。そんな中、木崎副長が津川艦長に話しかける。
「流石に、これで終わったと思いたいですね」
「同感だ……。そうだ、周囲に不審な反応はないか?」
津川艦長はソナー担当のクルーに声をかける。そのクルーはソナー画像を確認し『ん?』と怪訝そうな声をあげた。
「どうした?」
「いえ、失礼しました。北西方向約30海里に20メートルクラスの反応がありますが……クジラのようです。当艦隊から離れていきます」
その報告内容に胸を撫で下ろしながら、老船乗りは再度命令を下す。
「第2小隊の収容、急げ」
CICの大型ディスプレイには、第2小隊の八式が駿河の近くまで浮上してきた旨の警告が表示されていた。
■第2戦闘艇小隊3番機、八式コクピット内
駿河の飛行甲板に固定されたクレーン、そこから伸びるワイヤロープに吊り上げられた宗像機の様子をディスプレイで見ながら、恭司は『ふぅ』と深く息を吐き出した。イヴの歌を聴き、感覚が異常なまでに研ぎ澄まされた反動によって、恭司は酷い倦怠感に包まれていた。
(しかし、イヴの歌を聴いた後のコレは……しんどいな。収容してもらったら、とにかく寝てしまいたい)
そんな事を思いながら、海面から頭だけを出した八式のサブカメラが捉える022を見る。宗像機は慎重にクレーンで運ばれ、駿河の飛行甲板の陰に消えた。次は恭司の番だ。
深海戦闘艇という兵器は、そのカテゴリー自体がスプラトリー海戦時に登場した新しいものだ。そのため、それ以前に建造された艦にはDSCV専用の設備が無い。駿河もそうだ。結果、苦肉の策として発艦時はDSCVが直接海に飛び込む形で行い、艦への収容は飛行甲板にクレーンを出しそれで吊り上げるという、お世辞にも効率的とは言えない方法で行われていた。
最新のDSCV運用を視野に入れた艦艇であれば、艦尾や船底から直接DSCVの発艦・収容が行えるようになっているのだが……そんな船は世界的に見ても未だ少数だ。
疲労はピークに達しつつあるが、どうにか気を引き締めつつ、降りてきたワイヤロープのフックを八式のマニピュレータで掴む。そして八式フレーム上部のスリングにひっかけた。器用な真似をしているように見えるが、フックを掴みさえすれば、後は機体のオペレーティングシステムが自動でやってくれる。
「機体引き上げ、用意良し!」
恭司はヘッドセットのマイクに向かって準備が出来た旨を知らせる。するとフライトデッキクルーから『了解、引上げ開始!』と即座に返事が来る。『ガクン』と僅かな振動の後、恭司とイヴが乗り組む八式は徐々に海中から引き上げられていく。
『発艦時と着艦時が一番危ないんだ』とは同期のヘリパイロットの言葉だが、この収容作業においては、DSCVはクレーンで吊られているため注意のしようがない。無事に収容作業が完了することを祈るくらいしかやることが無かった。
『ふう』と恭司が大きく息をつくと、後部座席のイヴが恭司の右手側から『にゅっ』と顔を出した。驚いた恭司は背後を振り返る、するとイヴは身体を固定するハーネスを外し、座席から立ち上がって恭司の席に後ろからしがみついているのが目に入った。
「こら、まだハーネスを外しちゃダメだ。危ないぞ」
後はもう飛行甲板に降ろされるだけだ、特に危ない事は無いのだが、アビスウォーカーの教習課程では『収容作業が完了するまで安全ベルトは外すべからず』と教えられた。それを思い出しながら恭司は注意するが、イヴは満面の笑みを浮かべると恭司の首にしがみつき、心底嬉しそうに口を開いた。
「キョージ、おつかれさまー! やっぱりキョージは強い人だね!!」
「皆が居たから戦えたんだよ、俺一人が強い訳じゃない」
恭司は苦笑いを浮かべながら答えた。その言葉に嘘偽りはない、第2小隊の仲間達、マディガン大尉達ガーフィッシュ隊、そして艦隊の皆が居てくれたからA・W-2と戦えたし、倒すことが出来たのだ。
しかし、イヴはフルフルと首を横に振った。
「ううん、キョージが居たから皆戦えたんだよ」
イヴの答えは『卵が先か、鶏が先か?』という答えのない堂々巡りの論法に思える……しかし、褐色の少女の瞳は真っ直ぐに恭司の瞳を捉え、確固たる確信のもとに恭司を評価しているように思われた。
恭司の胸中にふと疑問が浮かんだ。なぜ彼女はこうまで自分に信頼を寄せてくれるのだろうか……。彼はその疑問を口にする。
「買い被りだろう。俺はそんなに大した人間じゃないぞ」
「ううん、キョージは絶望に負けない強い人。絶望を相手にしても笑って見せてくれた」
やはりイヴは首を横に振り、恭司の言葉を否定した。
「絶望……って、あの化け物共の事だろう? そりゃあイヴの歌を聴いてハイに……えーと、昂ぶってたからだろ。やっぱり俺が強い訳じゃないよ」
恭司は溜息を吐きつつ答える。しかし、イヴは三度首を横に振った。
「ちがうよ! 一番さいしょの時! あの時わたしは歌ってなかった。けど、キョージは私を見て笑ってくれた」
イヴはとうとう語気を強めた。頬を膨らませて『むぅ』とふくれている。しかし、そんなイヴを見ながら、恭司は彼女と初めて会った時のことを思い出していた。
確かに、あの『海底遺跡』からイヴを救い出し、A・W-1……化け物クラゲに襲われた時。機内で目を覚ました彼女に向かって『心配するな』と笑って見せた。正体不明の化け物に襲われるという極限状況下ではあったが、男の意地……海上自衛官としての意地から、腕の中の少女を不安がらせまいと、無理矢理に笑って見せたのだ。
イヴは言葉を続ける。
「キョージは絶望に負けず、私のために笑って見せてくれた……。おとーさんが言ってた、『絶望を倒すために、笑いなさい』って」
「お父さんが? どういう事だ?」
『絶望を倒すために笑いなさい』という言葉の意味を計りかね、恭司は尋ねる。
「おとーさんに『絶望を倒しなさい』って言われた時に、どうすればいいのって聞いたの。そうしたら『笑いなさい、笑っていれば絶望は逃げていくから』って」
イヴの答えに、恭司は言葉を失う。
『笑っていれば、絶望は逃げていく』とは、あまりに観念的な答えだ。イヴが口にする『おとーさん』……恐らくは、彼女達ネーレイスの巫女を造り出した科学者と思われるその人物は、自分の娘たちにそんな答えしか残せなかったのだろうか……。
一瞬そんな考えが浮かび、『いや』と恭司は自身の考えを否定する。
命を弄んだうえ、追い詰められていたのだろうが、自身が造った娘たちに過酷な使命を背負わせたその『おとーさん』は、心の片隅で娘たちの幸せを願ったのではないだろうか?
『笑っていれば、絶望は逃げていく』という言葉は、『絶望を払い、幸せになってほしい』という願いを込めたものではないか……そんな考えが恭司の脳裏を過った。
何せ、彼に顔を寄せて笑うイヴの笑顔は――――屈託なく、花が咲いたような、そんな笑顔なのだから。
「笑う門には……って事なのかねぇ」
そう呟く恭司。突然、イヴは恭司の両の頬をつまみ上げる。
「だーかーら、キョージも笑って、ほら!」
コロコロと笑いながらイヴは恭司の頬を『むにー』と引っ張る。
「あいすんあ、イウーッ(何すんだ、イヴ)!!」
そんな言葉にならない恭司の叫びが八式のコクピット内に響いた。




