第30話 蚊針の意地
A・W-2……巨大エイの身体に突き立てられた『針』から、大出力コンプレッサーによってオムニトキシンが噴射される。イヴの歌で動きが鈍った巨大エイに接近し、オムニトキシンを注入するという訓練通りの流れが決まり、恭司達第2戦闘艇小隊の間にホッとした空気が流れた。
『やった……のか?』
南二尉の声が無線から聞こえてくる。しかし次の瞬間、マディガン大尉の叫びがその期待を押し流した。
『いや、ダメだッ! パイルが完全に刺さりきってないッ!! ガーフィッシュ隊、全機離脱ッ!!』
ハンマーヘッドが一斉にA・W-2から離れる。直後、巨大エイは叫び声をあげながら狂ったように暴れ始めた。
『第2小隊、ガーフィッシュ隊を援護するッ! 対潜魚雷撃てッ!!』
南二尉の命令を受け、恭司は八式両肩部のランチャーから短魚雷を撃つ。他の2機もほぼ同時に魚雷を発射、計6発の魚雷が巨大エイに殺到、爆音が連続する。
『パイルが刺さらないって、アイツそんなに固いんスか!?』
宗像三尉が信じられないと言った風に叫ぶと、マディガン大尉がそれを否定した。
『いや、逆だ! ヤツの外皮……まるでゴムだ、弾力性があり過ぎてろくに刺さらん。オムニトキシンは殆ど海中に漏れ出ちまった、僅かにしか注入できてないッ!!』
ガーフィッシュ隊の3機は巨大エイから距離を取り、再度編隊を組む。インジェクション・パイルの使用は一度きりだ、必然と恭司達第2戦闘艇小隊が再アタックする事になる――――が、徒に攻撃してもガーフィッシュ隊の二の舞になるのは明らかだ。
「キョージ! アイツ、すごく痛がってる、それに……すごく怒ってる、憎んでる……私達を」
「ああ、だろうな! けど、どうすりゃいいッ!?」
イヴが狂乱状態になっている巨大エイの感情を代弁する。ネーレイスの巫女は歌でアルゴーを制御するのだという。A・Wの怒りや憎しみを感じ取れるのは、その能力故なのか……。
そんな疑問が脳裏に浮かぶが、恭司はすぐに余計な思考を振り払った。とにかく今は、眼前で暴れ回る巨大エイを仕留めなければならない。
しかし、インジェクション・パイルが通用しない状態で次に打つべき手を、彼は導き出せずにいた。
■ヘリ空母駿河、戦闘指揮所
「ガーフィッシュ隊、インジェクション・パイルによる攻撃! 目標の外皮に阻まれ、オムニトキシンの注入は少量! 目標死亡に至らずッ!!」
「何だとッ!?」
リレーアンカーを介して戦闘の推移を見守っていた駿河CIC内に、クルーの悲鳴にも似た叫びが響く。『所詮は付け焼刃だったのか』と、室内の全員に驚きと焦りが伝播した。
浮足立ったクルー達を落ち着かせるように、津川艦長が口を開く。
「しかし、A・W-2は苦しんでいるようだな。オムニトキシン自体は効いている、問題はどうやってヤツの皮下にパイルを突き立てるか……だ」
現場の八式が捉え、CICのモニターに映る巨大エイは苦しみ、駄々をこねる子供の様に暴れ回っている。オムニトキシン自体は効いているのは明らかだ。
「手はあります!」
ローザはそう言うと、手元のヘッドセットを身に着け無線通信のボタンを押した。
■深度800メートル
『DSCV隊、聞こえる!?』
「ッ!? ローザッ!」
唐突に無線から聞こえてきた声に恭司は驚く。しかし、声の主である白衣の研究者はA・W討伐作戦にオブザーバー参加している事を思い出す。
『外皮が貫けないなら、パイルが刺さりそうな所を狙うしかないわ』
「『刺さりそうな所』って、まさか口の中に飛び込めなんて言わないよなッ!?」
ケロン近海で巨大エイと戦った時、恭司は巨大エイの口にグラップル・プライヤーを突っ込み、空いたまま固定された口内に魚雷を撃ちこんだ。しかし、あの時よりさらに巨大に成長した今のA・W-2に同じ手は通じない。眼前で悶え暴れる巨大エイの口は、DSCVを2~3機まとめて飲み込めそうなほどに大きいのだ。そして一度飲まれたら、ずらりと並ぶ歯で機体ごと噛み砕かれてしまうだろう。
『そんな事言わないわよ、よく聞いて! アイツが一般的なエイの身体構造を模倣しているなら、狙える部位が3つあるわ』
恭司は一言一句聞き逃すまいと耳をそばだてる。ローザは海洋生物の専門家だ。そのアドバイスはありがたい、特に今のような状況下では。
『まず身体の上面、目の後ろに噴水孔っていう呼吸用の穴がある。次に身体の下面、口の前に鼻の穴、口の後ろにエラがある! これらが左右対で計6か所、どれも直接体内に繋がる部分よ、試してみる価値はある!』
注意してみて見ると、確かに暴れる巨大エイの身体には、ローザが言った通りの穴がある。
「確かに、それらしい部位がある……。イヴ! もう少し歌えるか?」
「うんッ!」
恭司が後部座席のイヴを振り返ると、彼女は頬を伝う大粒の汗を拭いながら大きく頷いた。インジェクション・パイルの攻撃残数、そしてイヴの体力的にも、次の攻撃で止めを刺さなければならないだろう。恭司は無線に向かって叫んだ。
「隊長ッ!」
『よし! 第2小隊、散開して各部位に同時攻撃をかける! 022と023は目標上部の噴水孔を左右から、俺は下部のエラを狙う! 攻撃開始ッ!!』
『022了解ッ!』
「023了解ッ!!」
第2小隊の八式が散開しつつ、巨大エイに急接近する。巨大エイは余程オムニトキシンが効いているのか、未だ滅茶苦茶に暴れていた。だが、敵の接近を察知すると、その巨体で恭司の八式を弾き飛ばそうと突進してきた。
やはり、A・Wにとってネーレイスの巫女の歌は目障り……いや、耳障りであるらしい。
『ガーフィッシュ隊、援護するッ!』
無線からマディガン大尉の声、それと同時に巨大エイに魚雷が直撃、その突進を阻害した。
「イヴッ!!」
すかさず恭司はイヴに指示を出し、それに応えて褐色の少女が再び歌い始める。すると、巨大エイの動きが鈍った。
恭司達はその隙を逃さず巨大エイに取り付く。
「念には念を、だ!!」
恭司は取り付いた巨大エイ右側の噴水孔に、八式左腕のグラップル・プライヤーを閉じたまま深く突き刺し、噴水孔内でグラップル・プライヤーのハサミを出力に任せて開く。すると、釣り針の『かえし』のように簡単には抜けなくなる。これで、再度暴れられても食いついていられる。
さらに、グラップル・プライヤーを刺しこんだ隙間にインジェクション・パイルを無理矢理突き立てた。
『全機攻撃! オムニトキシン、インジェクションッ!!』
無線から響く南二尉の命令、恭司と宗像三尉はコンソールパネルを叩き、パイルを打ち込む。
『ガンッ!!』という炸薬の爆発音、『ザクリ』という何かを引き裂く不協和音、そして八式の機体を伝わり感じる衝撃が、巨大エイの肉を裂き、パイルが深く相手の体内に突き立ったことを確信させた。
そして、パイルの中を通り、ガロン単位のオムニトキシンが巨大エイの中に注入されてゆく。
オムニトキシンの注入直後はガタガタと激しく痙攣していた巨大エイは、突然ピタリと動きを止め、全身をピンと張った後に徐々に力を失い弛緩してゆく。第2小隊の3機はパイルを引き抜き、巨大エイから離れる。
毒が回り、泳ぐ力すら失った巨大エイ……A・W-2は『オォォォン……』と弱々しい鳴き声を最後に、硫化水素の湖に沈んでいった。




