第25話 蜂の一刺し
■A・W遊撃艦隊、ヘリ空母駿河、ブリーフィングルーム
若年の海洋生物学者……ローザ・アニング博士はドア近くの壁にある照明スイッチを操作する。すると室内照明の半分が消える。彼女は薄暗くなった室内を危なげなく歩き、駿河の乗組員達と向かい合った教壇のような席に着くと、自身の小脇にかかえていたノートPCを起動し、机から伸びるケーブルに接続する。
すると、室内の最奥にあるプロジェクターが起動し、スクリーンを兼ねた白壁にローザのPC画面が映し出された。恐らく誰かにプロジェクターの使用方法を聞いたのだろう、一連の動作には迷いが無かった。
「早速ですが、まず再確認の意味も込めて掃討目標であるA・Wの特性を説明します」
ローザはそう言うとノートPCを操作する。プロジェクターの画面が切り替わり、化け物クラゲと巨大エイの画像が表示された。
「シンドー三尉が海底の構造物から救助した人物……イヴの証言から、これらは古代の生物兵器だと考えられます。荒唐無稽な話に思えますが、これは現在再発掘中である海底の巨大首長竜の化石……その地層の年代測定結果や、次に説明するA・Wの身体構造……特に身体を形作る細胞の特性がこの説を裏付けています」
再び投影される画像が切り替わる。今度はローザが自身の実験室で培養したA・W細胞のサンプル画像だ。大きさも姿もばらばらな、まるで統一性の無い肉塊の画像に、瀬戸二尉が顔を顰めた。
「これらは全て、A・W-1から採取した細胞を培養したものです。ご覧の通りその成長パターンには一貫性が見られません。あらゆる特性に分化し得るこの細胞は『万能細胞』と言って差し支えありませんが……それだけではありません」
ローザは一旦言葉を切り、ノートPCを操作する。表示された画像は何かのグラフだ。数学などで見慣れた曲線グラフだが、その線は右肩上がりに伸び続け、最後はグラフのメモリを振り切っている。
「これはA・W細胞の成長係数をグラフ化したものです。ご覧の通り、1グラムにも満たなかったサンプルが僅かな栄養剤の投与で爆発的に成長しました、しかも、非常に短時間で……。これは、自然界での生存競争を生き抜くために進化の過程で獲得した特性とは到底思えません。さらに……」
プロジェクターの画像が最初の画像に切り替わる。再び表示されたクラゲの化け物と巨大エイの画像を一瞥し、ローザは言葉を続ける。
「A・W-1及びA・W-2共に短魚雷の直撃に耐える外皮を持ち、A・W-1はその触腕でタイプ・エイトのフレームを歪ませ、A・W-2に至っては、テロリストが操作していたDSMVを『噛み砕いて』います」
その時の状況を間近で『聞いて』いた恭司は、当時の恐怖がぶり返しそうになるが、それを必死で抑えた。あの時聞いたテロリストの断末魔は、一生耳から離れないだろう。
「この過剰ともいえる戦闘能力は、A・Wが戦闘目的のために意図的に『創られた』事を証明するものです」
「イヴ君の種族……『ネーレイス』という先史文明人によって、ですか……」
南二尉が口を開く。
イヴへの事情聴取により、5万年以前に高度な技術を誇ったネーレイスによる海洋文明が存在したという事が徐々に分かりつつあった。イヴの『現在の言語』の習得が未だ完全でない事もあり、聴取は遅々としたものであったが、それでも得られる情報の全てが驚愕に値するものだ。イヴから得られる情報と併せ、彼女が眠っていた『海底遺跡』の再発掘が進めば、歴史や考古学の常識は根底から覆されるだろう。
「ええ。ネーレイスは海中に都市国家のようなコミュニティを形成し、『アルゴー』と呼ばれる生物兵器を使用して都市国家間で戦争をしていたようです」
ローザはそこまで答えると、軽く首を横に振った。
「ネーレイスに関しては別途研究を進めますが、今、我々が目を向けねばならないのは、創造主であるネーレイスの命令を受け付けない『異端のアルゴー』……A・Wへの対策です」
プロジェクターの画像が切り替わる。対A・W特殊酵素『オムニトキシン』が収められたコンテナの画像が映し出された。
「A・W-1の細胞サンプルを元に、この特殊酵素を作成しました。短期間で作成したため、まだ改良の余地がある……ハッキリ言ってしまえば試作品ではありますが、その効果は確認済みです」
培養槽内の肉塊がロボットアームによって注射を打たれ、瞬く間にグズグズと崩れ散る様が映された。
それを見た瀬戸二尉が口を開いた。
「注射か……。さっき搬入された物資の中に、DSCV用の妙な装備があったが……」
彼が口にした『妙な装備』を、恭司達も目にしていた。DSMV用の岩盤掘削用ドリルのような近接兵装……恭司達は、何故自分達アビスウォーカーが招集されたのかをここに来て理解する。
「はい、先程『オムニトキシンには改良の余地がある』と言いましたが、この薬品は非常に強力な毒性を持ちますが、大気中や海中に散布された場合、その毒性は急速に失われてしまいます」
「海中散布では効果は見込めない……か」
南二尉の呟きに、ローザは無言で首肯する。
「更に、A・W-2はDSMVを捕食しました。当然のことですが、DSMVは金属の塊であり、バッテリー溶液等、有害な物質を満載しています。恐らくは、非常に強力な消化器官を備えているはずです。つまり、オムニトキシンを経口摂取させる方法も……効果は期待できないでしょう。現状、オムニトキシンはA・Wの皮下に直接注入する必要があります」
そこまで聞いた宗像三尉が嫌そうに呟く。
「薬は飲むより注射に限る……ってわけっスか」
そんな宗像三尉を横目に、南二尉が『ふぅ』と深く息をついた。
「あの『妙な装備』にオムニトキシンを満載し、怪獣相手に白兵戦を挑むのか……。まさに、蜂の一刺しだな」
ローザは申し訳なさそうに口を開いた。
「無茶を言っているのは承知しています。そして……シンドー三尉、貴方とイヴには対A・W戦闘の先頭に立ってもらうことになる」
それは恭司も分かっていた。A・Wにオムニトキシンを打つために、イヴの『歌』によって隙を作る必要がある。
恐怖はある、しかしイヴは自分を選んだ。そして自分は家族のために戦うことを選んだ。
恭司は無言で頷いた。




