第24話 致命の毒
「おお~~ッ!」
駿河の医務室、窓の強化ガラスにべったりと頬を押し付けながら、イヴが歓声を上げる。窓から見えるのはアメリカ、カリフォルニアの大地だ。A・W遊撃艦隊は太平洋を横断し米国の領海に入っていた、間もなく目的地であるサンディエゴ海軍基地に到着するだろう。
「お~~~ッ!?」
再びイヴが歓声を上げる。昨夜、陸の影が見えて以来、彼女はずっとこの調子だ。
『ネーレイス』とは海に適応した先史文明人だという。で、あれば見慣れない『地上世界』を目の当たりにし、テンションが上がるのは仕方のない事なのだろう。イヴの様子を見た中村医官が苦笑する。
「ほら、そんなに窓にひっついてちゃ、ほっぺたに跡が残っちゃうわよ」
「は~い」
存外素直に返事をするイヴ。褐色の少女は行儀よく椅子に座り、読みかけの本を開く。しかし、数分もすれば再び窓の外を気にし始め、再度窓に張り付くというサイクルが出来上がっていた。
「すみません中村一尉」
イヴの様子を見ていた恭司が頭を下げる。先刻から恭司もイヴに注意はしているのだが、一向に状況は改善されていない。
中村医官は再度苦笑しながら答える。
「しょうがないわよ、子供を旅行に連れて行くときって大体こんなものだし、イヴちゃんなら尚更。それにしても……こうしてると本当に人間の女の子にしか見えないわね」
そう言いながら中村医官はイヴの頭を撫でた。イヴは気持ちよさそうに目を細め『むふー』と満足そうに成すがままにされている。
中村医官はイヴの頭から手を離すと、表情を引き締めて恭司に向き直った。
「真道三尉、この子は貴方を選んだ。けれど、何も一人で戦う必要は無いわ。艦長が言っていた通り、私達は一蓮托生。何かあったら遠慮なく周りを頼りなさい、勿論私を含めてね」
そこまで言うと、中村医官は軽く笑う。
「まあ、この話はもう南二尉が散々しているでしょうけど」
「いえ、まあ……確かに、似たようなことを何度も聞かされています」
恭司が頭を掻きながら答えると、医務室の扉がノックされた。噂をすれば影、『どうぞ』という中村医官の返事と共に入って来たのは南二尉だ。彼は中村医官に軽く会釈すると恭司に話しかけた。
「失礼します。真道三尉、間もなくサンディエゴ基地に到着する、物資の搬入作業を手伝うぞ」
「了解しました!」
椅子をガタリと鳴らし立ち上がる恭司、するとイヴが不満そうに頬を膨らませた。
「行っちゃうの?」
恭司は『グッ』と呻いた。その正体はどうあれ、イヴは『絶世の』と言っても良い程の容姿だ、そんな彼女が頬を膨らませて拗ねる様は朴念仁の恭司にはいささか刺激が強いものだ。
タジタジの恭司を見かねて、南二尉がイヴに話しかける。
「イヴちゃんすまない。お仕事なんだ、少しだけ彼を借りるよ」
すると、イヴは少しだけしかめっ面を緩めた。
「むぅ……。早く帰ってきてね」
「お……おう」
何とか声を絞り出す恭司。そんな二人の様子を見た南二尉は呆れ交じりに笑う。
「もう尻に敷かれてるのか、先が思いやられるな……」
「なッ……!?!?」
南二尉の何げない言葉に、恭司は絶句して固まった。
■護衛艦駿河、飛行甲板
サンディエゴ基地に入港したA・W遊撃艦隊は急ピッチで物資の補給作業を進めていた。駿河でも手が空いている者は総出で物資の搬入・仕分け作業を行っている。その中に第2戦闘艇小隊の姿もあった。
「こら宗像ッ! もっと腰を入れんか! 全力を出せ、全力をッ!!」
「ぐぬぬぬ……ッ、全力でやってるっス! ていうか隊長! これを二人で運ぶのは流石にきついっスよ!!」
南二尉と宗像三尉は大きな木箱を二人がかりで運んでいる。箱の焼き印を見るに、中身はDSCVの整備機材らしい。本来なら牽引車やカートを使って運ぶようなシロモノだが、なにせ総出の作業である。牽引車もカートも数が足りていない。よたよたと木箱を運ぶ二人を横目に見つつ、恭司も腕が抜けそうな重さの弾薬箱を両手に持ち、足を引きずるように歩を進める。
すると、周囲で作業をしている乗組員達から『おお』というざわめきが湧き上がった。
恭司達第2戦闘艇小隊の3人も、周りの人々の視線の先を追う。すると、港に備え付けられた巨大なクレーンが、厳重に封印の施されたコンテナを駿河の飛行甲板に下ろす様が目に入った。
そのコンテナには過剰なまでに警告文のシールが貼られ、内容物が毒物であることを表すぶっちがいの骨と頭蓋骨……スカル・アンド・ボーンズのマークがペイントされていた。
「ありゃ何ですかね? 随分と仰々しいっスけど……」
「ああ、アレがそうか。対A・W用特殊酵素……確かオムニなんとか言う……」
宗像三尉の疑問に南二尉が答えようとするが、薬品名が出てこない。その時、横合いから凛とした女性の声が割り込んだ。
「『オムニトキシン』よ。劇毒物だから扱いは厳重にお願いします。それから、この作業が終わったらアレの運用法について説明します。ブリーフィングルームに集合してください」
声のした方を見やると、そこにはいつの間にかローザ・アニング博士が立っていた。彼女は海風であおられる自身の金髪を鬱陶しそうに撫でつけると、オムニトキシンが入れられたコンテナを見上げた。
■ヘリ空母駿河、ブリーフィングルーム
物資の搬入作業を終え、疲れ切った身体の節々をボキボキと鳴らしながら、恭司達第2戦闘艇小隊はブリーフィングルームに集合した。室内には既に、第1と第3戦闘艇小隊の面々が揃っている。彼等も物資搬入作業に駆り出され、皆疲れた様子でパイプ椅子に深く背を預けていた。
第1戦闘艇小隊の隊長、瀬戸二尉が恭司達に気付き声をかけた。
「よう第2の! これで呼ばれた面子は揃ったな」
今室内にいるのは第1から第3戦闘艇小隊のアビスウォーカー9名と、オムニトキシンを取り扱う担当なのだろう格納庫要員数名のみ。空母内の狭いブリーフィングルームではあるが、空席が目立った。
室内の様子に南二尉が首を傾げる。
「集まったのはこれだけか? 砲雷科の連中は居ないのか?」
「ああ、呼ばれてるのはこれで全部だ。どうやら、あのブツはDSCVで扱うようだな」
瀬戸二尉がそう答えた時、ブリーフィングルーム内にローザが入って来る。彼女は室内の面々を見回し、呼び寄せた人員が全員そろっている事を確認すると、おもむろに口を開いた。
「疲れているところ、集まってもらって感謝します。これよりオムニトキシンの特性や取り扱い上の注意点、そしてこの劇毒物を運用するための特殊装備について説明します」
恭司達第2小隊もすぐさま手近な椅子に座る。疲れてはいたが、いつもの『癖』なのか、条件反射的に背筋が伸びる。
室内に緊張感が漂い始めた。




