第23話 苦難の航海へ
■ケロン直掩艦隊旗艦、空母エンタープライズ、戦闘群司令部指揮所
世界を震撼させた巨大生物の発表から数日、海底のさらに底から目覚めた終末兵器(表向きには古代生物……AncientWildと発表されているが)を追うべく、ケロン直掩艦隊は後任に当たる米海軍第10空母打撃群に引き継ぎ作業を行っていた。
艦内に慌ただしい空気が流れる中、TFCC内ではウェルズ司令とジョンソン艦長がホワイトハウスとのホットラインを使用していた。大型スクリーンに映るのはマッケンジー大統領補佐官だ。
「引き継ぎ作業は順調に進んでおります。本日中には、当艦隊はA・W遊撃の任に就くことが可能です」
ウェルズ司令の報告に、画面の中のマッケンジー補佐官は満足そうに大きく頷いた。
『ご苦労。急かして悪いが、君達は作業完了次第カリフォルニアに向かってもらいたい』
「カリフォルニア……、サンディエゴ基地ですか?」
ジョンソン艦長が口を開く。カリフォルニア州サンディエゴには、米海軍太平洋艦隊の母港であるサンディエゴ海軍基地が存在する。
白髪白髭の老紳士は首肯した。
『そうだ。君達も報告書に目を通しているだろうが、アニング博士が開発した対A・W用特殊酵素……オムニトキシンと、それをDSCVで運用するためのオプション装備をサンディエゴで受け取ってもらいたい。オムニトキシンの量産とオプション兵装の開発は現在急ピッチで進めている所だが、君達が寄港するまでには間に合わせよう』
巨大エイの襲撃があった日、ローザはA・Wを構成する万能細胞に有効な毒薬の開発に成功していた。その報はすぐさまマッケンジー補佐官に伝わり、彼の指示によりその開発データとサンプルはサンディエゴ基地に空輸され、速やかに量産体制が整えられていた。
「万能細胞を殺す毒、オムニトキシンですか……。この短期間でA・Wへの有効打を開発するとは、彼女の才能には目をみはるものがありますね。民間に置いておくのはもったいない人材です」
ジョンソン艦長は心底からそう言葉を漏らす。マッケンジー補佐官もそれに同意した。
『全くな。だが、彼女自身は軍や政府関連の研究機関に移る気はないそうだ』
「引き抜こうとした……ということですか?」
ウェルズ司令が問う。
『ああ。結果、きっぱり断られたよ。『この件に関しては協力するが、私はもともと今の強硬な海洋資源開発には反対だ』とな』
マッケンジー補佐官はそのセリフを言われた時の事を思い出し、くつくつと笑いをかみ殺した。対するウェルズ司令とジョンソン艦長は目を丸くする。政府要人直々のヘッドハントを袖にした若年研究者の肝の太さに驚きを禁じ得ない。
「なんと、まあ……。それは、残念ではありますが……。その、大丈夫なのですか? そのような人物を迎え入れて」
ジョンソン艦長が口にする懸念は、アニング博士の『背後関係』に関するものだ。現在の米政府の方針に反する意思を持っているのなら、緑の解放戦線を始めとする環境テロリストに加担する可能性がある。少なくとも、その事を疑ってかかる必要があった。
「先日の補佐官を狙った襲撃……最初に現れた4機のDSMVはハワイ本島の港湾施設から盗み出された物でしたが、増援として現れた2機はリオール社の施設から強奪されたものだと報告を受けています」
あの日、恭司が相手をした2機のDSMVだ。
「リオール社はケロンに人員を送っている事もあり、その施設には軍事関連施設に準じるセキュリティが敷かれています。社員はもとより、出入りの業者も身元調査が行われ、何重ものチェックをパスしなければならない。それでもテロリストは『そこ』に浸透してくる、テロリストの最も恐るべきところはその浸透能力です。もし彼女が不安要因になり得るのであれば……」
ジョンソン艦長は更に問題を口にする。だが、画面の中の老紳士はヒラヒラと手を振って彼の言葉を否定した。
『いや、その心配はない。既に彼女の『ウラ』はCIAが洗っていてね……いや、正確に言えば彼女自身から申告があったのさ。いやあれは傑作だった、『協力するにあたり対等な立場で仕事をしたい。だから事前に言っておくが、私は過去にGLFから参加を打診されたことがある。勿論断ったが』と言ってのけてな。ラングレーの連中が慌てて裏取りしたわけさ』
そこでマッケンジー補佐官は一旦言葉を切り、ウェルズ司令とジョンソン艦長の驚く様子を見て満足そうに笑った。
『実に豪胆で才覚に富む人物だ。彼女の海洋生物学の知識は大いに役立つだろう。仲良くやってくれたまえ』
老紳士がそう言うと、画面が暗転し通信が終了する。それを見届けると、ウェルズ司令が深くため息を吐いた。
「やれやれ、型破りと言うか何と言うか……アニング女史には驚かされるな」
「確かに。しかし、CIAの『お墨付き』が出たのなら信用できるでしょう。良好な人間関係を醸成していかねばなりません」
ウェルズ司令は『そうだな』と一言答えると、傍らに立つジョンソン艦長に命じる。
「ケロン防衛任務の引継ぎ完了次第、サンディエゴ基地に向かう! 航路、気象情報を確認!」
「アイ・サーッ!」
ジョンソン艦長は見事な敬礼でそれに答えた。
――――同日夕刻、ケロン直掩艦隊改めA・W遊撃艦隊は米国カリフォルニア州を目指してケロンを発った。快晴の空、凪いだ海、西の水平線に沈みゆく夕陽を背に威風堂々と進む艦隊だが……その乗組員たちは、この航海が苦難に満ちたものになるだろうと予感していた。




