第26話 そして、今に至る
21世紀初頭、主要産油国における産油量の減少と、ほぼ同時期に表面化した鉄鉱石等の主要資源の採掘量減少は、世界に大きな混乱を齎した。
世界各地で資源をめぐる紛争が起こり、その炎は野火のように瞬く間に広がっていったが、各国の利権が複雑に絡まる資源問題を前に国連は機能せず、その権能は地に墜ちた。
そんな中、かねてより強引な拡張政策を採っていた中国がスプラトリー諸島の領有を宣言、本格的に人民解放軍を進駐させ、さらにフィリピンと台湾に対し軍事的な圧力をかけ始める。
これに対しTPP-11及びアメリカが反発、中国に対しスプラトリー諸島からの即時退却を求めるも、中国はこれを拒否。中国海軍艦艇の威嚇攻撃が口火となり、スプラトリー海戦の戦端が開かれた。
この戦いにおいて、アメリカ海軍を始めTPP-11及びASEAN加盟国の連合軍は真っ先に中国国内の核ミサイル基地を攻撃。核戦力を封じ込めると、中国海軍を壊滅に追い込み、更に同国の主要軍港を破壊……。中国を陸に閉じ込める事に成功する。
この時の『戦勝国』が海洋資源の活用を目的として結成したのが環太平洋開発条約機構――或いはただ単に『環太平洋条約機構』と呼ばれる多国間同盟である。
大西洋における同様の条約機構と併せ、この『海洋国家同盟による新たな経済圏』の創出は、現在の世界における新たな世界秩序として機能している。
そして『世界秩序の変化』以外に、スプラトリー海戦にはもう一つ大きな技術的転換点が存在する。
それは、世界初の深海戦闘艇の実戦投入である。
陸上の資源産出量減少を受けて以降、日本の重工業メーカー……中本重工が開発・販売していた深海作業用有人ロボット――深海多用途作業艇をアメリカが軍事転用。そうして完成したDSCVがこの戦いにおいて、世界で始めて使用されたのだ。
■A・W遊撃艦隊、ヘリ空母駿河、医務室
「DSCVはスプラトリー海戦において多大な戦果を挙げ、以降、環太平洋条約機構加盟各国海軍の主要装備として広まった。これと併せて、元となったDSMVの性能も高く評価され、海洋資源採掘の場で主力重機として使用されるようになった……ってわけ」
ここまで説明すると、ローザは『ふぅ』と一息ついた。駿河の医務室の中、ローザとイヴと恭司の3人が椅子を寄せて輪になって座っていた。行われているのは歴史の講義だ。
永らく人口睡眠装置で眠っていたイヴには、自身が生きていた5万年前……先史文明時代と現代の間にある『歴史の知識』が無い。その為、今の人類と世界がどの様に形作られたのかを分かってもらえば、コミュニケーションも今よりスムーズに出来るようになるだろうと、津川艦長の提案でこの席が設けられたのだ。
講師役のローザはイヴと……ついでに一緒に講義を聞いていた恭司の顔を交互に見ると『分からない所はあった?』と聞く。すると、イヴは勢いよく挙手すると元気いっぱいに答えた。
「全部分かりません!」
「あー、でしょうね……。自分で講義しておいて何だけど、紀元前からの歴史を数時間でやるとか、無茶もいいところよ」
本来であれば小・中学校の9年間をかけて行うカリキュラムだ、簡略化し大筋の流れだけを一足飛びにやればこうなるのは無理も無い。
ローザは自身のミディアムヘアーをガシガシと掻きむしると、再度……今度は先程よりも深く『ふぅ』と息を吐いた。
「これはある程度、腰を据えてやらないとダメね……」
どうやら白衣姿の若き研究者は、とことんやる覚悟を決めたようだ。そこへ、おずおずと恭司が声をかける。
「あの、俺も分からないところが……」
「はぁ!? 貴方は分かってなきゃダメでしょう!? 私は歴史は専門外だから、今やった内容は学校で習うごくごく普通の世界史よ? そんな有様でよく防大でられたわね!?」
ローザは目を丸くして驚く。対する恭司は肩を縮こまらせて恐縮するばかりだ。
「いやぁ……。ミラクルというか、メイクドラマというか……」
「……ミラクルもメイクドラマも、この後の戦いのために取って置いてちょうだい」
そう答えながら、ローザは目頭を押さえた。
■ヘリ空母駿河、戦闘指揮所
『ツガワ一佐、早速我々が記録したデータが役に立ったようです』
薄暗いCICの中、スクリーンに映るウェルズ司令はそう切り出した。彼が居るのも薄暗い空間で、恐らくはエンタープライズの戦闘群司令部指揮所なのだろう……と、津川艦長は頭の片隅でそんなことを思った。
「データ……。先日の巨大エイの水中航行音ですか?」
『そうです。これをご覧ください』
ウェルズ司令がそう言うと同時に、スクリーンの画像が切り替わる。表示されたのはX・Y・Z軸で表された3次元的なグラフだった。同時に表示されているコンパスの表示を見るに、北から南へ大きな反応が移動している様子が読み取れた。
木崎副長が『むぅ』と唸る。
「これは……ソーサスのデータですか?」
『そうです』と、ウェルズ司令の声がCIC内に響く。
ソーサスとは音響監視システム……Sound Surveillance Systemの略称であり、海底に敷設された音響センサーによる監視網の事だ。かつて東西冷戦華やかなりし頃、アメリカはソビエトの戦略原潜を捕捉するために太平洋、大西洋に複数のソーサスを設置した。
その後、冷戦の終結と共にソーサスは徐々に軍事目的から学術目的に利用されるようになった。だが海洋資源の開発が活発に行われるようになった近年では、再び軍事目的に使用され、その規模も拡大していた。
『これは太平洋側……我が国とメキシコの境界海域に敷設されているソーサスが捉えたものです。A・W-2は北から南へ、つまりメキシコ方面へ移動しています』
「メキシコとの国境線。すぐ近くに潜んでいたわけですか……」
木崎副長が苦々し気に呟く。
カリフォルニア州はメキシコと国境を接する州であり、現在A・W遊撃艦隊が停泊しているサンディエゴはカリフォルニア州南部の街だ。メキシコは目と鼻の先だった。
『慌ただしくなりますが、DSCV隊の『特殊装備』運用訓練実施後、すぐにメキシコに向かう事になります。既に、ワシントンがメキシコ政府に働きかけています』
「了解しました。DSCVの訓練と並行して、出港準備を進めます」
再度画像が切り替わり、ウェルズ司令の顔が映し出される。津川艦長はその顔を真っ直ぐに見返し、海軍式の脇を締めた敬礼で応えた。




