息つく暇もない心躍る日々
「おいしかったー」
「ふー、満足」
先ほど、ウサギのウェイトレスにチップを支払ったところ、泣き崩れて命乞いを始めるちょっとしたハプニングはあったものの、おおむね満足な二人だった。
「……すいません、焼酎追加で」
「あ、私もビール追加で。あと枝豆もください」
エヴァは焼酎を、ターニャはビールを追加注文する。
ターニャもエヴァも、自分達のせいで客が逃げ出し、この店が大損害を受けていることは知っている。それは、あまり気分のいいものではない。
そこで、気分よくのんびりと食事を続けるためにも、彼女達はブルドックの店長に白紙の小切手を渡して、好きな金額を書くように伝えた。
ところが店長は恐縮しきりで、なかなか小切手を受け取ろうとしない。
だが、彼女達がまた食べに来ると伝えると、覚悟を決めたのか、店長は震える手で白紙の小切手を受け取った。
「ねえ、エヴァ。アルカディア連邦軍は、今どうなっているのかな」
「どうしたんだ、突然」
酒を片手に枝豆をつまみ、二人は雑談に興じる。
「いや、指揮権限を持たないお飾りではあったけど、上級大将だった私達も含めて、数多くの古参が辞めちゃって。今の連邦軍は、宇宙植物と戦争していた頃と比べれば、百分の一にまで所属人員が減っているじゃない? それなりに思い入れもあるし、今どうなっているのかなって、ふと思ったの」
「……それって連邦軍が、まったくの別物になってしまったのかって意味?」
「うん」
ターニャの質問に対し、エヴァは持論で応えるのだった。
「きっと本質的には、なにも変わってない」
「……なにも変わっていない?」
「連邦軍の人員が百分の一になっても、軍事力そのものが、百分の一になったわけじゃない。今は平時なのに、軍事力は現在も天井知らずで増強されている。この宇宙のほとんどの文明で、軍隊の無人化が進んでいるけど、軍の役割とか、存在意義とか、本質的な部分はこれっぽっちも変わっていない」
エヴァは焼酎をちびちびと飲みつつ、店内を巡回する清掃ロボットを眺める。
「昔は進みすぎた技術が、労働者から仕事を奪い尽すなんて言われていたけど。結局は、全員が管理職へと繰り上がっただけだった。今の世は、全種族の全生命体が、多数のロボットを部下に持つ、総中間管理職の時代。結果的に、各個人に割り振られる仕事量は変化しなかった」
「……このレストランみたいに?」
「そういうこと。本質的なところは、なにも変わらない」
ターニャとエヴァが立ち寄ったスペースダイナーには、常駐するスタッフが二名しかいない。店長一名、ウェイトレス一名である。
わずか二名のみで、一つの店舗を無理なく、継続的に運営しているのだ。
「どれだけ技術が進んでも、本質的な部分は変わらないってことか」
「あくまでも、これは私の持論だけどな」
「ううん、ありがとう。ちょっとすっきりした」
「それはよかった」
エヴァは心機一転、微笑しながらターニャに話題を振った。
「あ、そう言えば。シルフィールとナタリアが、じつは飲み仲間だって知ってた?」
「うそ、あの二人が!?」
「シルバーフォレストで一緒に飲んでるらしい。この前、首都で別行動しただろ? その時、偶然出会ったゴードに聞いた」
「へえー、今度誘ってもらおう。……そう言えば、ゴードは元気だった?」
ターニャの問いかけに、エヴァは苦笑しながら答える。
「うん、凄く元気だった。また若返っていたよ。今は首都で、昔ながらの鍛冶屋をやっているってさ。繁盛してるって」
「それは、本業を再開したってことなのかな?」
「本業?」
「エヴァ、知らなかったの? ゴードはもともと鍛冶職人で、旧王都時代から武器や防具を冒険者相手に売っていたんだって。腕前も一流で、冒険者パーティ・エルフリードが愛用していた武器や防具はほとんど、ゴードの作品だったらしいよ」
「そうだったのか。……だったらどうして、外骨格の整備を始めたんだ?」
「マシュー元帥に、発明品の試作開発を頼まれていくうちに、そっち系にも強くなっていったそうよ」
「……やっぱり凄い人なんだ、ゴードって」
「本当に、凄い人。伊達や酔狂で、マシュー元帥に親方って呼ばれてはいないって証拠だね」
ターニャはビール、エヴァは焼酎を飲み続けているが、その顔色に変化はない。
まるで水でも飲んでいるかのようである。
だがこれは別段、二人が酒に強いわけではない。
彼女達の装備する外骨格ノーブル・ロットが、体内にナノマシンを送り込み、血中のアルコールを分解しているのだ。
「なあ、ターニャ。三元帥は今も軍に残っているんだよな? バルク元帥は、教練機関の局長として現在も教鞭を振るっているそうだけど。マシュー元帥とサラ元帥って、今どうしているんだ?」
「詳しくは知らないけど、積極的に兵器の開発を進めてる」
「この平和な時代に?」
「平和な時代であるからこその兵器開発なんじゃないの? アルカディア絶対防衛戦の時も、その次も、無敵だったはずの宇宙戦艦や主力外骨格が大量に破壊されて、悔しかったんだと思う」
「ああ、なるほど。……戒めなのか」
「…………」
その会話以後、二人は窓の外に広がる暗黒の宇宙空間を眺めながら、口を閉ざして酒を飲むばかりであった。
ときおり、他文明の民間宇宙船がスペースダイナーの入っているステーションに停泊するも、入店はせず、船の燃料補給だけを済ませると、そそくさと立ち去っていく。
ブルドックの店長が、ターニャとエヴァが店内にいることを伝えているのだろう。
もう避けられるのには慣れているし、その分の迷惑料は支払っているからと、彼女達は我関せずと料理を追加注文する。
「ターニャも、お子様ランチを頼むのか?」
「悪い?」
「別に悪いってことはないけど……」
当初は、お子様ランチをバカにしていたターニャだったが、エヴァがおいしそうに食べているのを眺めているうちに、自分でも食べてみたくなってしまったのである。
そもそも、万人受けする料理しか盛りつけられていないお子様ランチがおいしいのは、ある意味当然である。不味くなる要素が料理の中に存在しないのだ。
「お子様ランチ、二点。ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
「あ、それと、この貴腐ワインをボトルで二本。以上です」
「かしこまりました。少々お待ちください」
どうやらウサギのウェイトレスも慣れてきたらしい。
口調も落ち着いていて、もう涙目になることもなかった。
早速、運ばれてきた貴腐ワインのボトルを開けて、二人は軽く乾杯する。
「あー、おいしい」
「デザートワインと呼ばれるだけあって、うん、とっても甘い」
「エヴァは、やっぱり辛いのが好きなの?」
「時と場合によるけど、基本的にどっちも大丈夫」
「ふうん。私は、甘いのが好きだなー。あー、本当においしい。買占めようかな」
「…………」
急にグラスをテーブルに置いたエヴァは、力を蓄えるように、しばし口を閉ざした。
「ターニャ、あのさ……」
「やめて」
ターニャは強く拒絶し、エヴァの言葉を遮る。
「まだなにも言ってない」
「その間で、だいたいわかる。ウルクナルのことでしょ?」
「やっぱり、わかっちゃうか」
「当たり前じゃない」
ターニャは優しく笑ってから、グラスを置く。
「私ね、今の生活が好き。とっても好き。宇宙の大海原を、どこまでも、どこまでも、快適に旅するなんて子供の頃は考えもしなかった。今の生活は、楽しくて、常に新しくて、スリリング。いろんな宇宙人に感謝されたり、怖がられたり、お金稼いだり、損したり。息つく暇もない。……それに、ウルクナルは必ず帰ってくるって言った」
「……ターニャ」
「必ずまた会える。それだけで十分。時間は常に、私の、そしてエヴァの味方なんだから。……宇宙の外側になんて、私達人間は、ついていけないよ」
「神様に恋した不遜な人間達は、未来永劫、煉獄の炎よりも苛烈な、恋煩いの劫火で身を焦がされ続けましたとさ。めでたし、めでたし」
エヴァの自虐的な口ぶりにターニャが笑い、しばらくして本人もカラカラと笑う。
しかし、急に二人は笑うのを止めて真顔に戻ると、輝きの消えた眼を見開き、ぼそりと呟く。
「めでたくはないね」
「そうだった。めでたくはないな」
両者無言のまま数十秒が経過すると、ウェイトレスが料理の乗せられたトレイを携え、にこやかに現われた。
「お待たせいたしましたっ! 追加注文の、わんぱくセット二点になります」
「やっと来た! ――ん?」
颯爽と食器を手に取るターニャであったが、空気の変質を敏感に感じ取り、ナイフとフォークを構えた体勢で硬直すると、ゆっくりと顔を上げる。
エヴァは殺気立っていた。
彼女は窓の外を凝視したままピクリとも動かない。
「ターニャ」
「ん?」
「奴らがきた」
「――チッ」
エヴァの一言ですべてを察したターニャは、舌打ちを一つすると、名残惜しそうに食器を手放す。
「はあ、タイミングの悪い。そういえば前回も食事時だった。まさか、あいつら私の食事を邪魔するのが趣味なの?」
「……お、お客様?」
そのただならぬ雰囲気に、ウェイトレスは困惑気味であった。
自分が、なんか、大なミスをしてしまったのかと不安そうにしている。
「ちょっと、失礼」
「――きゃあッ」
突然、エヴァは立ち上がり、ウェイトレスを自分の後方で姿勢を低くさせるように組伏せた。ウサギのウェイトレスは悲鳴を上げ、それを聴きつけたブルドックの店長が、なにごとかと体毛を逆立てて駆け寄ってくる。
「来るなッ!」
そんな部下思いの店長にエヴァが一喝した直後、殺意の込められた光の洪水が、店内へと殺到する。
それは、数百丁ものプラズマライフルから一斉に放たれた殺人光線の束。
光線に触れただけで、この宇宙の大概の生物は一瞬にして灰となるだろう。
ファミリーレストラン、スペースダイナーの店舗が入っているステーションの前方、数百キロメートルの宇宙空間で、一隻の小型戦闘艇が停泊し、古の戦艦のように船体側面を向け、レストランへ向けて艦砲射撃を行っている。
その船の外観は、さながらハリネズミか、ハリセンボン。
船体に無数のプラズマライフルを埋め込んだ奇形の宇宙船である。
宇宙に面している窓ガラスのすべてが砕け散ったが、内部の空気が宇宙空間に吸い出されることはない。
ステーションが周辺宙域に微弱なバリアを発生させ、気密を保持しているためだ。
ターニャとエヴァは、突き出した右手から魔力を放出し障壁を形成する。
「ぎゃああ、ぎゃああああッ! ――たすけてッ!」
泣き叫ぶウサギのウェイトレスを床に引き倒し、自分達の後ろに隠す。
「エヴァ、魔力障壁の出力を上げて! 最小出力だと貫かれるよ!」
「最初から上げてる。……違法に高出力な、改造プラズマライフルか。閃光が赤いから、旧シャプレー金権企業連名で製造された軍用モデルだろうけど型番は分からないな。銃身が半分近く船体にめり込んでいるし、改造されていて、銃が原型を留めていない。……この出力だと、数十発も撃ったら銃身が融解するだろうに、よくやる。金欠で高威力なプラズマ砲が用意できなかったんだろうな」
「繊細なプラズマライフルの違法改造、なんて危険で手間のかかることを。その情熱を、もっと別のことに注げばいいのに。……まあ仮に、プラズマ砲を撃ち込まれていたら、この店はステーションごと木っ端微塵だっただろうから。奴らにも一応感謝しておくべきなのかもね。容赦はしないけど」
掃射が開始されてから数十秒で、相手の射撃は途切れた。
案の定、船に取りつけたプラズマライフルがお釈迦になってしまったのだろう。
「あ、ワープしようとしてる」
「逃がすか!」
現在宙域であるケンタウロス座銀河団は、旧シャプレー金権企業連名の領域だった。
先の神獣王国との文明間戦争の結果、王国側へと割譲された領域なのである。
ケンタウロス座銀河団は、現在も半無政府状態であり、秘密結社、武装カルト宗教組織、各反政府組織、反宇宙連盟組織の温床であり、宇宙随一の治安の悪さを誇る領域なのだ。
だからこそ、犯罪者狩りを生業とする賞金稼ぎには絶好の狩り場でもある。
今回、突然の襲撃を仕掛けてきたのは、反宇宙連盟勢力の一つ、旧シャプレー金権企業連名の残党である。
昨日、ターニャとエヴァによって、組織の主要な財源であった麻薬製造プランを完全破壊され、さらに幹部を根こそぎ逮捕された壊滅寸前の組織である。
今回の襲撃は、その報復なのだろう。
「ははっ、クヨクヨ悩む暇もない!」
「まったくね!」
エヴァが笑い、ターニャが笑う。
頭部をオメガ・マター装甲で覆い、ウェイトレスに怪我がないことを確認すると、二人は宇宙へと飛び出した。




