永遠のライバル
築二十年の木造二階建てアパートを、今日も朗らかな朝日が照らす。
「朝、……起きる」
黄金に輝く破壊神の少女、リン=シティギュラは、ゆっくりと布団から這い出た。
今日も、隣の布団は先に仕舞われていて、近くに彼の気配はない。
リンは窓を開け、早朝の冷たく澄んだ空気を狭い室内に取り入れつつ、木造の平屋建てが軒を連ね、コンクリート製の電柱が立ち並ぶ平和な町を一望する。
現在、屋外では桜が満開であり、朝霧に煙る町の景観を華やかに彩っていた。
視線を室内に戻し、リンはこれから行うべきことを一つ一つ思い出しながら、六畳一間の生活空間を眺める。
まずは布団を丁寧にたたむと、押入れの戸を開け、上段の、彼の布団の上に自分の布団を重ねる。
次に、視線を押入れの下段へと向け、そこに仕舞われている折りたたみのテーブルを取り出すと、素早く四本の脚を立てて部屋の中央に置いた。
起きた時に晴れていれば窓を開け、晴れた休日には布団を干し、そしてテーブルを出す。
それが彼女の日課であり、与えられた役目である。
「よし」
小さく頷いてから、リンはパジャマ姿のままキッチンに立つ。
だがキッチンとはいっても、それはそんなに立派なものではなく、むき出しの調理台が居間の隅に設置されているだけの簡素なものであった。
ちなみにこのアパートには、どの部屋にも浴室がない。
風呂は近くの銭湯を、洗濯はアパートの一階に二槽式洗濯機が二機設置されているので、それをこれまた共同で使うのだ。
リンは、戸棚から取り出した大鍋に水を張り、コンロに置いて強火で加熱する。
これにて早朝に行うべき作業はすべて終わった。
彼女は日焼けした畳に座り、テレビを点け、チャンネルを回す。
「――でしょう。続いてのニュースです」
リンは、ブラウン管テレビが映し出す朝のニュース番組を眺めていた。
どうでもいい。
そんな顔つきで、彼女がぼんやりとテレビを眺めていると、時刻は朝の六時となる。
大鍋一杯の熱湯が、グラグラと煮えたぎっていた。
「おはよう、リン」
鍋に注意を向けていると、急に背後から挨拶された。
「!」
驚いたリンの両肩が跳ね上げる。
「……おはよう」
リンはわずかに唇を尖らせると、その端整な眉をハの字にして、どこか悔しそうに挨拶を返す。
この部屋のもう一人の住人、ウルクナル。
黄金の破壊神と対なす、白銀の戦神。
彼こそ、リンの最終目標であり、生涯唯一の敵である。
いずれ打倒すべき存在であることは疑いようもないが、それも今ではない。
この身体は宇宙よりも長命であり、焦る必要はどこにもないのだから。
「ウルクナル、朝食は?」
彼は今朝も日課の鍛錬をどこかで行ってきたのだろう。
だが服装に汚れはなく、汗を流した様子もない。
呼吸も乱しておらず、素人目には本当に体を動かしてきたのかさえ分からないが。
リンは、ほんのわずかに彼が疲労しているのに気づき、今日も明け方から壮絶な鍛錬を行っていたのだろうと推測した。
「そうだなー、なにが食べたい?」
「さわらの西京焼き」
「相変わらずチョイスが渋いな」
ウルクナルは苦笑しながら台所へ向かう。
この国で彼らが暮らし始めてから、そろそろ一年が経過する。
ここでの生活にも今ではすっかり適応し、今年からは新たな試みも開始していた。
「そろそろ、準備しようか」
朝食を食べ終えると、時刻は七時半を回っていた。
「本当だ、もうこんな時間」
ウルクナルとリンは、急いで着替えを開始する。
着衣を魔力へと還元し、その魔力で新たな衣服を紡いでいく。
膨大な魔力の集合体である彼らの着替えは、一瞬で完了した。
金銀の魔力光がおさまると、そこには学ランにセーラー服という、ベーシックな学生服に身を包んだウルクナルとリンが佇んでいた。
彼らは今年度から、とある私立高校の第二学年に、外国人留学生として在籍しており、学歴に関しても学校側には話しを通してある。
いくばくかの金を寄付したところ、すんなりと裏口から編入学できてしまったのだ。
やはり、地獄の沙汰も金次第なのだろう。
そんなわけで彼らは現在、隣町の私立高校に通うれっきとした学生なのであった。
「はい、お弁当」
「うんっ」
ウルクナルお手製の弁当を、リンは嬉しそうに受け取り、そっと鞄に仕舞う。
なぜ、彼らが高校に通うのか、それは単純に興味があったからだ。
毎朝、このアパートの一室から外を眺めれば、黒い詰襟や水兵服を身に纏った少年少女が、同じ方向を向き、同じ手提げ鞄を持って忙しそうに歩いている。
あれはなんだと、リンがウルクナルに質問したのが、すべての始まりである。
当初は、リンだけが学校に通う手はずであったが、初等学校にすら通った経験がなく、学校生活に対して並々ならないコンプレックスを抱えていたウルクナルは、これはいい機会かもしれないと、彼女と共に編入学する決心をしたのであった。
時刻は、午前七時四十分。
ウルクナル達が通う高校はスポーツ強豪校で、朝八時までは多くの運動部で早朝練習が行われている。そのためこの時間帯は、教室内に生徒の姿はまばらであった。
「ウルクナル、リン、二人ともおはよう」
教室に足を踏み入れた途端に、元気よく挨拶された。
その溌剌とした声の主は、セーラー服の栄える楚々とした女子生徒であった。
彼女こそ、激闘の末に辿りついたゴミ処分場で出会った少女、水島トモコである。
一文字に切り揃えられた前髪はそのままに、背中まで届く絹糸のような黒髪を後頭部で一つに纏め上げている。豊かで流麗な黒髪と、冷淡な切れ長の眼、色素の薄い肌も相まって、凛として佇む彼女はモダンにアレンジされた日本人形の如しであった。
ウルクナル達と同級生で、しかも同じクラス。
この奇跡としか思えないめぐり合わせに、当初は三人とも驚愕したものである。
「おはよう、トモコ」
「……おはよう」
教室には、計二十組の机と席が並べられており、リンの席は壁際の最後尾、ウルクナルはその一つ前、トモコはウルクナルの右隣であった。
この高校は、スポーツだけでなく教育にも力を入れており、偏差値もそれなりに高い。
一クラス二十名という少数での授業方針が、学習意欲の高い生徒達にうまく作用し、年々偏差値が上がっているようだった。
「ねえ二人とも! 昨日のニュース見た!?」
「ん? ニュース?」
ウルクナルが自分の席に座って鞄の中身を机に入れていると、ギギギッと右隣の椅子が引きずられ、なぜか興奮した様子のトモコの顔が鼻先まで迫る。
「リン、なにか知ってる?」
「さあ?」
「うそ、本当に知らないの!? ほら、例のアイドルグルーブが――」
信じられないといった表情で、トモコは饒舌に語り出す。
彼女は、他を寄せつけない寡黙そうな容姿をしているが、実際はかなりおしゃべりで、気さくな性格である。
トモコ曰く、一人っ子で、最近まで暗い性格だったことへの反動であるらしい。
彼女は今も、ウルクナルが修復した母親の形見であるペンダントを首にかけ、制服の下に入れている。もう二度と手放さない固く誓い、常に肌身離さず身につけているそうだ。
「あ、そう言えば」
トモコは、コミカルにポンっと手を打つと、好奇心に満ちた瞳を二人に向けた。
「ずっと前から知りたかったんだけど、ウルクナルとリンってどんな関係なの? たしか隣町のアパートで同棲してるんだよね?」
「関係? 俺とリンの?」
「うんうん」
「…………」
「…………」
しばし無言で見つめ合ってから、ウルクナルとリンは口をそろえて言った。
「永遠のライバル」
END
後日談・完結。
ありがとうございました。




