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邂逅

 暗視スコープが表示する映像は、冷たい印象を与えるが、この世界で見た中でもトップクラスの美女だった。

 それが、隠していた胸元も露わに、何だか血相を変えてこちらに迫ってくる。


「え? ええ?」


 考えるより先に、掴みかかってきた、そのほっそりとした腕を躱したのは、パイロット属性を高めたシンゴならではの動きだっただろう。

 だが、急激に動いたせいで、装着が甘かったヘッドマウントディスプレイが外れ、肉眼で相手を見ることになった。


「うげ」


 どうみても、目元だけは美しい、しかし、むさ苦しいまでに筋骨隆々とした腰巻き一枚の男がこちらを睨んでいるようにしか見えない。

 その、髭のそり跡も青々とした口元から、歯軋りするような声が聞こえる。


『貴様……貴様か。この銀狐めが』


 チルが翻訳している筈なのに、全く意味不明な上に、明らかに女性の声だ。

 女の声をした筋骨逞しい半裸の男が、息を荒げて襲いかかってくる。

 この異世界にトリップして以来の、初めての恐怖を抱くシチュエーションであった。

 この距離だと、ビームガンを衝撃ショックモードに再設定するゆとりは無い。

 抜き打ちするだけなら問題は無いが、事情も分からず、生身の相手を熱線で殺すのも躊躇われた。

 もっとも、その実体を知らなければ、あるいは躊躇う事もなかったかもしれないが。


(こうなったら、生身での格闘ミッションだ)


 すっと、身体の力を抜き、膝を軽く折り曲げる。

 打撃系か、組み討ち系か。

 掴みかかって来たところを見ると、組み討ち系だろう。

 ならば、同じ土俵の上で勝負してやろう。


(見た目はアレだが、実体は……)


 暗視スコープで見た映像を思い出そうとしたが、実際に肉眼で見るインパクトの方が大きい。

 しかし、純然たる力比べなら、女に負ける筈も無いと踏んで、再び掴みかかってくるところを取り押さえようとした。

 だが、それは致命的な浅慮だった。

 相手の膂力はシンゴの予想を遙かに超えるものだったのである。


「くっ、ばかな。こいつの力、人間のものじゃねぇぞ」


 パイロット属性を高めたシンゴも、生身での膂力は非力とは言えないが、あくまでも人間の範疇に止まるレベルだ。

 だが、この相手は、それこそ、サイボーグかパワードスーツ並みのパワーだった。

 その無骨に見える手に掴まれた彼の手首は、パイロットスーツを着用していなければ、即座に握り潰されていただろう。

 身体強化の魔導器を知らないシンゴの油断とも言えた。


「さすが、異世界。常識が通用しねえや」


 ローセンダール首脳が聞いたら、一斉に「お前が言うな」コールが巻き起こりそうな言葉がシンゴの口から漏れる。


「しょうがねぇ。チル、パワーオンだ」

『了解しました。パイロットスーツのジェネレータ起動します』


 本来は、重力制御装置すらもろくに効果が無い、高重力下ステージでのBMR操作に使用するパイロットスーツの機能にエネルギーが注入される。

 パイロットスーツの簡易パワードスーツモードとも言うべき機能だが、BMRに未接続の状態でこれを使うと、メディカル機能は元より、付属のビームガンを始めとする各種機器もチャージするまでは使用不能になる。

 唯一の例外は、人工知能との通信機能だけだ。

 キィィイインと言う、甲高いうなりを上げて、パイロットスーツの全身に張り巡らされた流体マッスルを活性化するジェネレータが起動を始める。

 それと共に、押し込まれていた体勢を、じりじりと押し返していく。

 驚愕の表情を浮かべたのは、今度は相手の方だった。


『くっ、なんだと。この魔導器の力すらも凌ぐと言うのか』

「魔導器?」


 その口から漏れた言葉に、シンゴの眉がひそめられる。

 目の前の相手が身につけているのは、腰布以外は……


「こいつか」


 左の上腕部につけている腕輪のようなものが眼に入った。

 満身の力を込めて、相手を弾き飛ばす勢いで押し返す。

 そして、いったん距離を取ると、鞭のように足を跳ね上げた。

 その腕輪を狙った回し蹴りは、しかし、分厚い掌でブロックされた。


「ちぇっ、そうそううまくはいかないか」


 シンゴが舌打ちして、再び、距離を取ると、今度は相手も構えを変えてきた。


 ザミーンの『氷姫』ことテレーゼには武術の心得は皆無だ。

 だが、この魔導器の本来の持ち主は、拳闘を主体とする武技を修めている。

 おそらくは、魔導器を着けたままでの鍛錬も欠かさなかったのだろう。

 その動きが、言わばこの魔導器に焼き付いているようで、身体が自然に動く。

 それに逆らわず、自然に身体が動くに任せる事にする。

 しかし、拳闘とはちょうど良い。

 散々な目に遭わせてくれた『銀狐』の搭乗者に、少なくとも一発はくれてやりたいところだった。

 強化され、魔力を帯びた、自分の拳が目の前の青年に繰り出されるのを、テレーゼは他人事のように見ていた。


 相手は、組み討ち系から打撃系にスタイルを変えて来たようだった。

 全身に光を帯びて、凄まじいスピードでパンチを繰り出してくる。

 反射神経パラメータをコンプさせたシンゴでも、ギリギリで避けるのが精一杯だった。

 その拳が、石で出来た壁をあっさり砕くのを見て、シンゴは背筋に冷や汗が出るのを感じた。


「チル。あれを食らった場合のダメージは?」

『パイロットスーツの多重層アブソーバでも、吸収しきれないものと判断します。ユーザ自身が被る損傷は、かなり致命的と推測されます。回避されることを提言します』

「やっぱり、そうか。しかし、あいつ、全身に光を帯びている感じだな。さすが異世界、闘気を纏う使い手がいるってか」


 だが、その分野ならシンゴも負けてはいない。

 九之池慎吾は武道を修めた事はないが、世紀末救世主の全巻読破を始めとして、各種格闘技系漫画は目を通している。

 理論だけなら完璧の筈だ。

 そして、パイロット属性を極めたシンゴのキャラは、その理論を実現できるだけの能力を秘めていた。

 気分はすっかり一子相伝な継承者になって、構えをとる。

 そのパイロットに欠かせない動態視力が、相手の視線を読み取り、拳を繰り出す筋肉の動きを瞬時に観察する。

 そこからの動きを脳裏でシミュレートして、予測される拳の動線から半歩移動する。

 結果として、石をも砕く拳は盛大に空振りすることになった。


「当たらなければどうということは無かったりする」


 シンゴは熱烈なファンである某キャラの台詞を微妙に変えて、相手の腕が伸びきる寸前に、軽く曲げた手刀を添えた。

 そして、相手の手首に微妙な方向の力を加えてやる。

 体重を乗せた一撃の軌道を、踏ん張りのきかない方向に反らされた相手は、バランスを崩し踏鞴を踏んだ。

 踏鞴を踏んだ相手が、バランスを戻そうとする動きに、シンゴは絶妙にコントロールされた、余分な力を加えてやる。

 相手は完全にバランスを崩して、石畳の上に勢いよく倒れ込んだ。

 シンゴのコントロールした通りに、身体の左側、即ち、腕輪を着けている方を、思い切り石畳に打ち付けた格好になった。

 BMRに対して「転がしのシンゴ」と呼ばれる彼の妙技は、無論、生身の相手に対しても有効なのだ。

 あるいは、力任せに掴みかかってこられた方が厄介だったかもしれない。

 だが、なまじ体系立った武技を繰り出した為に、格闘系の漫画で(理論だけを)鍛えたシンゴには、その動きを予測する事が可能だった。

 倒れた相手は、さほどダメージを受けていない様子で、即座に跳ね起きて来た。

 だが、そこまでだったようだ。

 石畳に強烈に打ち付けられた腕輪はひび割れており、次の瞬間、砕けて落ちた。

 と、同時に、筋骨逞しい男の姿は消えて、見事なプロポーションの腰布一枚な若い女の姿が現れる。

 一瞬、固まったようだが、次の瞬間にはその胸元を両手で覆い隠し、ぺたんと座り込んでしまった。

 暗視スコープでは分からなかった桜色は、あんまりよく見えなかった。

 どうも、パラメータをコンプさせた筈の動態視力は、肝心なところでうまく働かないようである。

 まぁ、それはともかくとして。


『相手の戦意喪失と認識します。ジェネレータ、パワーオフします』


 と、チルの言葉と共に、甲高い起動音が消える。


「ん~、久方ぶりの格闘ミッション、コンプリートだぜ」


 シンゴは思わず、テレビで見たことある特撮ヒーローの決めポーズを取った。

 いや、とろうとしたのだが、活性化していた流体マッスルがその反動で軽い硬化状態となったことを含め、スーツのほとんどの機能が停止状態にある為、思い通りに動けず、奇妙なポーズになってしまったわけであるが。

 なんとなく、咳払いして気まずさを誤魔化すシンゴだった。

 そして、事情を聞こうと相手を見る。

 暗視スコープで見た時は、美しくも冷たい印象を与える容貌だったが、肩を抱くようにして、その長身を縮こまらせている今は、なんとなく怯えている小動物の可愛らしさを感じさせた。

 そして。


「いやあああああああああああ」


 と、その女は(ある意味当然ではあるが)もの凄い悲鳴を上げた。


『なんだ?』

『何があった』


 その悲鳴が、今まで放置していた衛士達の耳にも入ったのだろう。

 何人かが、どやどやとやってきた。

 そして、彼らが見たのは、肩を抱くようにうずくまる半裸の美女と、その前に立っている珍妙な服を着た青年だった。

 ハッとなったシンゴは


「い、いや、誤解するなよ。これは……」


 と、状況を説明しようとするが、もちろん、衛士達は(前後の脈絡はさておいて)見たままの状況だと認識した。

 すぐさま、呼ばれた治癒院の女性が毛布を持って駆けつけ、美女は毛布にくるまれて牢から運び出された。

 一方の、動きに制約がかけられた状態にあったシンゴは、と言えば。


『とんでもないやつだ』

『四人も若い娘を毒牙にかけた上に、まだ足りないのか』

『どうやって連れ込みやがった』

『うらやましい事しやがって』


 衛士たちにボコボコにされた。



         ◇



 だいぶ平常時に戻ったとはいえ、衛士達の人手不足は明らかであった。

 一部には、さすがに休息を取らせないわけにもいかないと、特例として、近衛騎士団の従士達が何カ所かに支援として派遣されてきた。

 南側第三通用門の詰め所に派遣された、その従士見習いの少年は、魔導車泥棒と連続婦女暴行を行った重罪犯の被害者から事情聴取をするように命じられ、その近くにある治癒院の別所に赴いた。


「しかし、魔導車泥棒? そうそう盗めるようなものでもないし、そんな連絡は受けてないけどなぁ。第一、《空魔》の墜落場所を調査に向かった軍の支援部隊は魔導車で出た筈じゃなかったかな」


 少年は首をかしげながら、被害者が寝かされている病室へと案内された。

 そして、そこでベッドに横たわる五人の若い女性の中に、敬愛する団長の娘と憧れの宮廷魔道士の姿を見たのだった。


 連絡を受けた近衛騎士団は、すぐさま一個小隊を派遣して、関係者全員をミルヴァ宮殿へと移送した。



         ◇



 宮殿の回廊を、松葉杖をつきながら歩く青年将校に、後ろから声をかけてくる者がいた。

 近衛騎士団長のラハトだった。


「ヴァルマー殿。まだ、完治されておらぬと聞いたが」

「お、これはラハト殿。いや、かの人物にいよいよ対面できるってんで、寝ては居られないと思いましてね。まぁ、うちの親父サイラスに言わせれば、こんなのはかすり傷だそうですが」

「将軍らしい、おっしゃりようですな」


 苦笑するラハトに、今度はヴァルマーの方が尋ねる。


「それより、ヘレーネと宮廷魔道士殿の具合はいかがでしょう。まだ、昏睡状態と聞いておりますが」

「ナハル治癒院の長殿によれば、魔導を使われた形跡も無く、身体にも異常なしと言う事で、眠っているだけでたいした事はないようですな。しかし、宮廷魔道士殿はともかくとして、全く手のかかる娘だ。いったい、誰に似たのやら」

「暴行を受けた、と、聞きましたが?」

「保護された時の格好はともかくとして、治癒院の長殿が言われるには、娘を含めて、五人ともそのような形跡は無いそうで、純潔の鏡も白を示していたとの事です。むしろ、どちらかと言えば暴行を受けたのは、かの人物のようで」


 そんな会話をしながら、彼らはある一室に辿り着いた。

 既にサイラス将軍の姿がある。

 宰相を含め、文官達を統制する「サロン」のメンバーは未だに手が離せないようで、先に武官の代表である彼らが、かの人物に面通しする事になっていた。


「ふむ、ようやく揃ったか。よし、連れてこ……いや、ご案内申し上げろ」


 サイラス将軍の言葉に、宮殿専属の衛士が部屋の奥にある扉を開き、そこから噂の的であった、かの人物、即ち、シンゴが連れてこられた。

 ローセンダール首脳と、異世界からやってきた戦闘ロボットのパイロットが邂逅した、この世界ファーラの歴史に残る瞬間だった。

 惜しむらくは、連絡の不備か、パイロットは手枷足枷がはめられたままの姿であり、スーツのメディカル機能も停止していた為に、その顔がひどく腫れ上がったままであった事であろう。


 もっとも、後世から見た歴史的瞬間のいくつかは、その時点での出来事としては、そんなものであったかもしれない。



         ◇



 ようやく、『それ』は新しい身体への移動を終えた。

 元のサイズよりもかなり縮小してしまったが、本来が魔法生物である『それ』に質量や容積の違いは、たいした意味を持たない。

 魔道士専用に開発された魔導機関は、何とか『それ』の魔力にも耐えたようだ。

 活性化を試みると、軋むような感覚はあったが、魔導機関が動き出す。

 ひどく重い筐体であったのが、嘘のように、まるで羽毛のような軽さに感じられる。

 人を模した魔導兵器である魔装機甲兵の身体を得た事で、『それ』の感覚も人間に近づいたようでもあった。

 自我とも呼べないが、自己と他の事象と区別する為の「名前」が必要だ、と、言う念が沸いてくる。

 再び宝玉オーブの記録を検索すると、以前に、この身体を動かしていたモノと「仕えるべき存在」の会話が見つかった。

 それによると、《レバンゲル》と言うのが、この身体につけられた「名前」のように思える。


 その事実を肯定した瞬間に。

 属性変換を起こし、ローセンダールの首都制圧を目的とする、魔法生物《レバンゲル》は、この世界ファーラに産声を上げたのであった。


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