転機
ミルヴァ宮殿の、意図的に目立たぬように設えられたある一室で。
ローセンダール首脳の武を代表する三人は、目の前の人物――シンゴの有様に呆気に取られていた。
「何をやっている。早くその枷を外さぬか」
「いや、それには及ばぬ。そのまま繋いでおれ」
衛士に命じるサイラス将軍の声を遮るかのごとく、そう言いながら、もう一人、奥の扉から姿を現した人物がいた。
青年と言うにはやや年を取り過ぎているだろう。
顔の造形は美男子の範疇に入る筈だが、何かしら不自然なものを思わせる容貌であった。
その人物を見た時、サイラス将軍は憮然となり、ヴァルマー将軍は舌打ちでもしかねないような顔つきになった。
なんとか、平静を取り繕ったのは、この人物とも顔を合わせる機会が多いラハト団長だけだった。
「や、これは殿下。何故にこのような場所に」
「何故に、だと? かの人物への会見に王族が一人も立ち会わぬではまずかろう」
けっ、なにが王族だ。
と、明後日の方向を向いたヴァルマー将軍の口が、声を出さずにそう言ったようにも見えた。
魔導技術管理庁の長官がローセンダール首脳の弱点だとすれば、この人物はローセンダール王家の問題児と言うべきだろう。
先代の王弟の嫡男にあたるモルデ王子である。
傍流に当たる為、王位継承権には遠い位置にいたが、フランチェスカ王女が『聖なる義務』を負うと同時に廃嫡された事もあって、野心を目覚めさせたのか、先日来より何かと干渉してくる。
義務感よりも権利意識が強く、ある種のバランス感覚を欠いていると見られている為、宰相などは一切の権限が渡らぬように細心の注意を払っていると噂されている。
だが、秘密裏に設定した筈のこの会見の場に現れたのは、彼が決して無能では無い事の証でもあっただろうか。
「ですが、殿下。王族の方々への謁見は、別途に日を改めてと……」
「お主らだけにまかせておけるものか。現に、せっかくの枷を外そうとしたではないか」
「なんと。これは殿下の指示でございますか?」
ラハトは息を呑み、二人の将軍は愕然とした表情になった。
だが、モルデ王子は平然として言った。
「生身で魔装機甲兵を撃退し、ザミーンの《空魔》を堕とした話は聞いている。言うなれば猛獣に等しい者ではないか。枷に繋ぐのは当たり前だと思うが?」
「何を仰せられます。この方は王女殿下の危機を救い、そしてまた《空魔》から、この首都を救った恩人ではありませぬか」
「まぁ、《空魔》撃退については、我が王家も助けられた事は認めよう。だが、あのような素晴らしい機体があれば、誰にでも《空魔》を退けられたのではないか? 特段、こやつの功であるとは思えぬ」
そして、モルデ王子は、見下すように顔を腫らしたシンゴの方を顎でしゃくった。
「生身で魔装機甲兵を撃退した話は誇張であろう。あるいは、たまたま、相手の機体が故障でも起こしたのに違いない。見るが良い。衛士どもに、よってたかって殴られるまま、何もできなかった情けない面構えではないか」
それらの言葉はチルによって翻訳され、伝わっている筈だが、シンゴは黙ってそれを聞いていた。
彼の沈黙を肯定と受け取ったか、王子は小馬鹿にするように口元を歪めると、ローセンダールの武を代表する三人に宣言した。
「とにかく、この者は我が預かる。まずは、あの銀色の魔装機甲兵をどこに隠したか、その辺りから吐かせてやるつもりだ。何か分かり次第にお主らにも伝えるゆえ、まずは引き下がるがよい。これは王家に連なる、このモルデの命である」
二人の将軍と近衛騎士の長が、この年を食った王子の言葉に即座に抗わなかったのは、王家の威信に畏怖したからでは無く、単純に呆れたからである。
言うなれば突っ込みどころが多すぎて、何から手を着けて良いやら、と言う感覚が一番近いだろうか。
三人とも政治的な責任のある立場であるから、恩人に対する道義を二の次とするもやむを得ずと言う局面がある事は理解していた。
あの途方も無い性能を持つ機体を得られた場合の、計り知れ得ないメリットも分からないでは無い。
だが、多少なりとも魔装機甲兵に搭乗した事のある人間ならば、あの機体を操る事がどのような難事かは見ればわかる。
天空の覇者シルフィードを一方的に翻弄した速度と機動性は、機体にそれだけの性能が備わっているからと言って容易く実現出来るものでは無い。
名馬に乗ったからといって、誰でも優れた騎手になれるわけでは無いのだ。
武人である彼らはそれを理解していたが、経験に乏しい王子には、その辺りが分からないようであった。
それに、魔装機甲兵を単身で撃退し、王女以下の宮廷魔道士と護衛の女戦士を救った件は、彼ら三人にしても未だに信じられないが、短い時間ながらも様々な方向から検証された結果であって、「サロン」の会合を経て公文書となった事実でもある。
そもそも、である。
この王子が王家に連なるからと言って、軍の頂点に立つ二人の将軍は元より、近衛騎士団団長に対しても命令する権限は無い。
彼らに命令を下せるのは、宰相であるボーデン侯爵、及び、侯爵を任じた国王陛下と、もう一人の人物だけである。
ともあれ、歴史的な瞬間とも言える場面に、唐突に闖入して来たこの王子をどう扱って良いものか、三人が三人とも考えあぐねていた。
通常であれば一喝するサイラス将軍も、この王子のあまりの言いぐさに毒気を抜かれた様子である。
一方のヴァルマー将軍は、骨折していなければ四の五の言わずに張り倒していただろう。
王家の守護を担う近衛騎士団の団長は、この勘違いをしている王子に穏便に退場してもらうにはどうしたものかと頭を悩ませていた。
さて、一方の当事者であるシンゴだが。
(なんだか、大人しくしているのがバカバカしくなってきたな)
などと考えていた。
この王子と言う言葉のイメージからは、いささか年を食いすぎているおっさんは誤解しているようだが、シンゴが衛士達にボコボコにされたのは、彼が抵抗できなかったからでは決してない。
簡易パワードスーツモードの後遺症とも言うべき状況にあり、動きに制約があったのは事実だが、その気になれば、衛士達を無力化する手段はあったのだ。
ただ、その手段は威力があり過ぎて、無力化と言うより虐殺になってしまうので、その行使をやめたのが理由の一つだ。
彼が無抵抗だった、もう一つの理由は……いや、こちらの方が主な理由なのだが、身にかかる火の粉を払う為ではあったが、結果として女に手を上げてしまったと言う思いが、自戒として働いた、と言うところだろう。
廃人ゲーマーは廃人ゲーマーなりに、いくつかのルールを自分に課している。
その一つが、可能な限り女に手を上げないと言う事と、どうしても、そのような局面になった場合は、自分で自分に罰を与えると言うものである。
別にフェミニストを気取るつもりは無いのだが、リアルな女性に縁が無い故の、夢想的な拘りと言うべきであっただろうか。
無論、あくまでも可能な限りであって、女が相手だからと言って、むざむざと命をくれてやるつもりも無い。
あの牢屋での局面では、見た目のインパクトも凄かったが、全力で当たらなければ無事では済まなかっただろうと思わせるものがあった。
それに比べれば、衛士達の拳は、若干私怨や嫉妬が混じっていたような気もするが、命まで奪おうとするようなものではなかったし、非常に不本意ではあるが、状況だけを見れば正統な理由に基づく制裁と言えなくもない。
シンゴだって、婦女暴行の現行犯が、一発も殴られもせずに済んだと聞けば義憤を覚えたであろう。
まぁ、手を出す前に、もう少しシンゴの主張に耳を傾けて欲しかった気もする。
とは言え、証拠の腕輪は壊してしまった後だし、どう考えても説得力のある説明ができたようには思えない。
(しかし、何者だったのかな、あの女。銀狐って、俺の事か? 狐呼ばわりされる覚えは無いんだが)
あの美女の正体も気になるところである。
ともあれ、衛士達の事はシンゴは気にしていない。
だが、この王子なる人物の言動は、ひどく彼の神経に障るものがあった。
(そう言えば、あの茶髪の娘……ヘレーネだっけ、たしか、王女の側近とか言っていたな。すると、ここは王制を引く王国ってことか。うん、ファンタジーな異世界だな)
まぁ、成り行きでこの国に味方したような事になったが、別に恩義があると言う訳でも無い。
いや、目の保養や、ぱふぱふな思いをさせてもらった恩はあるのだが、だからと言ってシンゴからBMRを取り上げる等と言う王子がいる王国にこれ以上の義理は無い。
どの機体も、この異世界に来る以前からの、シンゴにとって大事な仲間なのだ。
その仲間の事を、単なるモノ扱いされては、どちらかと言えばお人好しの部類に属するシンゴにとっても、不愉快であり、愛想をつかすには十分な理由であった。
この異世界の事を知る為に、大人しく枷をつけられ連行されてきたが、情報収集は他所でもできるだろう。
パイロットスーツは相変わらず機能不全のままだが、シンゴにとって、それはさほどの障害にもならない。
乗ってきた《ガリア・フット》には、この宮殿の壁に風穴を開けるには十分な威力の武装がなされている。
遠隔操作で呼び寄せて、大暴れするのも一興かもしれない。
この時、もう一人の人物が現れるのが、あと少しでも遅かったら、シンゴは正面突破な大脱走ミッションに突入していただろう。
「ここでいったい何をなさっているのですか。モルデ王子」
そう言いながら、二人の侍女を従えた美しい少女がその部屋の扉から入ってきた。
『聖なる義務』を負い、廃嫡された王女フランチェスカであった。
「や、これは、これは。フラン、相変わらずに美しい……」
「社交辞令は結構です。それに、あなたにそのような呼び方を許した覚えはありません」
モルデ王子は、自分の半分の年齢に届こうかと言う少女に、明らかに怯んでいた。
それも、無理も無い話であって、先日までの王位継承権第一位であり、廃嫡された現在も『聖なる義務』を負った王族である。
『聖なる義務』即ち、神々への義務を負った彼女に命令できる権利は、国王といえども持ち合わせていない。
宰相、及び、国王以外に、この場に居る二人の将軍と近衛騎士団団長に命令できる唯一の人物が、このフランチェスカ王女であった。
「しかし、だな」
「この方は私にとっても大切な恩人です。このように枷などつけるなど、言語道断。速やかにここを立ち去りなさい。これは『聖なる義務』の元に、我、王女フランチェスカが下す命令です」
なおも言いつのろうとするモルデ王子に、フランチェスカ王女は、言わば最後通牒を突きつけた。
モルデ王子は悔しそうに歯がみしたようだが、身を翻すと、言われたとおりに部屋を出て行った。
王女の一瞥を受けて、衛士が慌てたようにシンゴの枷を外す。
手枷、足枷を外され、自由になったシンゴの前に、王女はいきなりひざまずき、頭を垂れた。
「恩義ある方に、非礼があったこと。このフランチェスカが幾重にもお詫び申し上げます。どうか、ご寛恕あって、お許しを賜らん事を」
これには、三人の武人も驚いたが、シンゴはもっと驚いた。
『ゆ、許す。寛恕でも何でもする。だから、そんな事はしなくて良い』
「ですが……」
『えーと、あ、そうだ。フランって呼んで良い? そうしたら、おあいこと言う事にしよう』
「まぁ」
フランチェスカ王女は、顔を上げ、初めて笑った。
「フランと呼んで頂けるのですか。私からも、お願いしたいところですわ」
(可愛い! 綺麗! ほ、ほんまもんのお姫様だ)
その笑顔は、シンゴのハートを直撃した。
ただでさえこの年齢の女の子には弱い傾向のあるシンゴにとって、極めつきの美少女にむけられる笑みは致命的ですらある。
この少女には、あのサラマンダーを撃退した時にも会っているはずだが、こうして間近で言葉を交わしたのは初めてだ。
先ほどまで、脳裏に浮かべていた大脱走ミッションなど、忘却の彼方に放り投げ、シンゴはすっかり見とれてしまっていた。
「では、あなた様をなんとお呼びすればよろしいでしょう。そういえば、まだ、お名前を伺っておりませんが」
ようやく立ち上がったフランチェスカが小首を傾げてこちらを見る。
その仕草に、いちいち萌えを感じながら、シンゴは返答した。
「俺の事は、シンゴ、と呼んでくれればいいさ」
その言葉は、しかし、残念な人工知能チルによって、このように翻訳された。
『俺の事は、お兄ちゃん、て呼んでくれ』
それを聞いたフランチェスカは美しい瞳を丸く見開き、二人の将軍と近衛騎士の長は揃って顎を落とした。
(こ、こやつ……)
(姫様に、なんと言う事を)
年長の二人は、ひたすら唖然とするだけだった。
ただ、若い将軍だけは
(こいつとは、心の底から解り合える親友になれるかもしれねぇ)
などと、異なる感想を持ったのではあったが。
長女であるフランチェスカには、そのような係累はいないし、年齢的に該当する王家の人間もいなかった。
だから、いきなり、そのような事を言われてさすがに戸惑ったが、何しろ、ヘレーネやソニアは元より、この首都を救ってくれた恩人の要望である。
ためらい、恥ずかしそうにもじもじして、上目使いになって、ようやくに、その可憐な唇を開いた。
「お、お兄ちゃん?」
その瞬間、人工知能チルは最優先の緊急レベルでシンゴに警告を発した。
『ユーザのバイタルサインが、瞬間的に異常な、いえ、非常識な数値となりました。大至急、メディカルシステムの復旧を……』
「くっ、お前の仕業だな、チル。俺はもうだめだ。この直撃は致命的だ。このまま萌え死ぬかもしれん。だが、グッジョブだぞ。我が人生に一片の悔い無し」
この世界に来たことを、初めて猛烈に感謝したシンゴだった。
◇
宮殿の奥にあるその部屋は、フランチェスカ王女がささやかなお茶会を開く時に使うもので、彼女の招きが無ければ入れない、半ばプライベートな空間とされている。
モルデ王子のような手合いをこれ以上寄せ付けない為に、会見の場所をそこに移したのは、ある意味妥当とも思われたが、二人の将軍はもちろん、日頃王族に接する事の多いラハト団長も、ここに招かれるのは初めてである。
もっとも、可愛らしい小物や人形が飾られた、少女らしい趣味に溢れたこの部屋に、テーブルについた無骨な三人の武官は居心地が悪そうにしていた。
侍女達が置く紅茶に口をつけるどころでは無いようだ。
逞しい体躯のサイラス将軍などは、腰を下ろした華奢な椅子が、悲鳴のような軋み音を立てるのを気にしている様子だ。
一方のシンゴは、初めて入った言わば女の子の部屋で、くんかくんかするダメっぷりを全開にしている。
そのシンゴの前に手づから淹れた紅茶のカップを置き、ラハト達へ一瞥すると、フランチェスカ王女はやや離れた位置にある椅子に腰を下ろした。
王女のアイコンタクトを正しく理解した近衛騎士の長は、それへ軽く会釈すると、左右の将軍を見た。
二人の将軍が、宮殿内の事として任せる、とでも言うようにそれぞれ目で合図するのを確認して、ラハト団長はシンゴに語りかけた。
「挨拶が遅れて申し訳ない。私はローセンダール王国の近衛騎士団を預かるラハトと言う。こちらの二人はサイラス将軍とヴァルマー将軍だ」
紹介された二人の将軍は軽くうなずいて見せた。
「それで……まず、我々は君のことをなんと呼べば良いだろうか」
まさか、自分たちにまで王女と同様な事を要求すまい、と考えながらラハト団長はシンゴに尋ねた。
彼ら三人の振る舞いや、着用しているのは軍服と見たシンゴは、『ウォー・アンド・ビルド・オンライン』におけるキャラの設定を名乗る事にした。
立ち上がる事はしなかったが、軍人らしく背筋を伸ばし、所属と階級を告げる。
『自分の名はシンゴ。所属はナヴァル連邦軍、階級は特務曹長であります』
さすがに、サー、はつけなかった。
「ふむ、特務曹長ね」
この世界の軍隊における階級呼称は、『ウォー・アンド・ビルド・オンライン』が参考にしたそれとは著しい差がある為、ラハト達には特務曹長なる階級がどの辺りに相当するのかが分からなかったようだ。
ちなみに、ローセンダールの場合、騎士階級が尉官から佐官を含む士官に相当し、各騎士団を団長がまとめ、それを将軍が統括すると言う階層になっている。
ただし、王族の守護を任務とする近衛騎士は一般の騎士よりも格が上とされる為、近衛騎士団団長のラハトは、他の二人の将軍とは同格と言う事になる。
騎士階級の下は従士、従士見習いがあり、貴族の子弟はここが軍隊階級におけるスタート地点となる。
一般の兵士は平民階級の志願者で構成されているが、時によっては徴兵制が適用される事もある。
シンゴの特務曹長と言う、軍隊によっては准尉と呼ばれる階級は、ローセンダールで言えば、騎士と従士の中間に当たるだろうか。
まぁ、シンゴの場合、単純に響きが格好よさげだったので、その肩書きを選択しているに過ぎなかったわけだが。
(ともあれ、この青年が軍人、即ち武官であるのならば、文官や魔道士よりも我々の方が適任となる筈だな)
ラハトはそう考え、次に「ナヴァル連邦」なる国がどこにあるかと聞こうとして、フランチェスカ王女の非難がましい視線に気がついた。
確かに、そういえば、最初に言うべき言葉があった筈だった。
「シンゴ特務曹長。まずは、我らが王女の危機を救ってくれた事、そして、ザミーンの《空魔》から、この首都を護ってくれた事について、ローセンダールを代表してお礼を言わせてもらいたい」
そして、三人の武官の長は、揃って立ち上がり、深々と礼をした。
まだ傷が癒えぬヴァルマーは辛そうであったが、それでも、よろめきもせず、他の二人同様に最大級の感謝の意を示した。
『いや、そんな……』
まさか、ゲームのノリと勢いだったとは言えず、シンゴは困ったように頭をかいた。
「私からも王家を代表して、また、直接に救って頂いた個人として、お礼を申し上げます」
フランチェスカ王女も立ち上がり、深く礼を取った。
控えの侍女達もそれに倣って頭を下げる。
『いや、その、困ったなぁ』
こういう局面に慣れておらず、ひたすら照れるシンゴだった。
思えば、殺されそうになったり、引っかかれたり、平手打ちされたり、ボコられたりと、碌な目にはあっていなかったが、ようやく報われる時が来たのかもしれない。
彼がそう考えたとしても、非難される謂われはなかっただろう。
だが、それは、いささか甘かったかもしれない。
ようやくに頭を上げたラハト団長は、もう一つ、最優先で問いただすべき事を思い出したのだ。
「そういえば、あの機体に一緒に搭乗した娘が、どういう経緯であのような格好で保護されたのか、それも伺わねばなりませんな」
「うむ。確か、宮廷魔道士殿も同じような姿だったとか。これは是非とも事情を聞かせてもらわねば」
ソニアを赤ん坊の頃から知っており、孫娘のように可愛がっていたサイラス将軍も、その言葉に同意しつつ、ゆっくりとテーブルを回り、シンゴの左側に歩み寄って来る。
ヴァルマーも、うむうむとうなずき、それに倣って、松葉杖をつきながらシンゴの右側に回る。
左右を二人の将軍に挟まれ、正面の近衛騎士団団長は穏やかならざる表情でこちらを見ている。
おかしな雲行きになっている事を感じて、シンゴが慌てて振り向くと、王女と侍女達が別の扉から出て行くところだった。
場所の提供と、恩人へのひとまずの礼を済ませた後は、武官達の邪魔をしないように、と言う王女の細やかな心配りである。
だが、シンゴにとってそれは、最後の頼みの綱を引き上げられるに等しいものだった。
むろん、シンゴは自分からやましいことなど、決してしていない。
だが、結果として、見たり埋めたり当たったりしたことは事実である。
身に覚えのあるシンゴにとって、この局面は窮地に立たされたに等しかった。
◇
目を開けると、最初に見えたのは、寝間着姿の茶髪の友人が安堵の表情を浮かべる顔だった。
「ようやく起きたか、この寝ぼすけ魔道士め」
「ここは?」
友人の、相も変わらぬ毒舌を聞き流しながら、上体を起こしたソニアは辺りを見回した。
自分も同じような寝間着を着せられている事に気づく。
「ミルヴァ宮殿の治癒院分室さ。昼前に運び込まれたそうだ」
八つのベッドのうち、自分を含めて四つが使われていた。
全て同じ寝間着を着た若い娘ばかりである。
空いているベッドの一つが、この友人が使用していたものらしく、シーツに乱れた跡があった。
「あの娘達は?」
「さぁて。知らない顔だが、いっしょに運びこまれたそうだ」
ヘレーネが肩を竦めてみせる。
そのとき、ちょうど目を覚ましたらしく、一人のプラチナブロンドの娘が身を起こすところだった。
二人に向かって話しかけてくる。
「今、ミルヴァ宮殿とか言ったか。ここはローセンダール王家の、あのミルヴァ宮殿なのか?」
美しさではソニアやヘレーネにも引けは取らない容姿だが、何となく冷たいものを感じさせる娘だった。
「ああ、そうだ。ところで、お前はだれだ? あたしはヘレーネ、こちらは宮廷魔道士のソニアだ」
「ヘレーネ? ソニア?」
その名を聞いた娘が、二人を見るアイスブルーの瞳に、一瞬、皮肉めいたものを浮かべた。
「ふふ、おかしな偶然もあるものだな。いや、運命のいたずらと言うべきか」
自虐的な口調で独白するその娘に、やや気が短いヘレーネが苛ついたように言った。
「おい、こちらが名乗ったんだ。お前も名乗ったらどうだ」
「これは失礼した。私はテレーゼと言う者だ」
娘はあっさりと名を明かしたが、それを聞いた二人は顔を見合わせた。
「ザミーンの第三皇女が、たしか、そんな名前だったよな」
「ええ。でも、こちらでも珍しいと言うわけではないわ。滅多に見かけないけど。」
まさか、当の本人とは思わず、そんな会話を交わす。
もちろん、テレーゼも名前だけで身元が割れる筈も無いと、そのままの本名を答えたのだが、その判断は正しかったようだ。
下手な偽名を名乗れば、とっさの時に反応できず、かえって怪しまれると言う計算も働いた。
そして、ザミーンの『氷姫』は、未だに眠る侍女と侍従の無事な姿を見て、安堵の息をついた。
この五人の娘が一つの部屋に集った事。
それは、奇しくも、この皇女が口にした「運命のいたずら」であったのだが、彼女たちがそれと認識したのは、まだ先の話であった。




