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寄生

 慌ただしい一夜が明けた。

 直接に戦闘に参加したわけでも無いが、ミルヴァ宮殿の文官達にとっては昨夜は戦争そのものであった。

 むしろ、実際の戦闘が終わった後が、数字と文書を武器とする彼らの戦場である。

 ザミーンの《空魔》奇襲に伴う物質的損害や人的被害を算出し、復旧や補償の為の予算を捻り出し、優先度を精査して分配する。

 さらには寸刻みのスケジュールを立て、人員の配置や山積みを行い、進捗を測る仕組みを検討する。

 その他、部門間の調整や各種資源の割り当てなどを含めて、宰相の陣頭指揮の元に一晩で終わらせたのだから、ローセンダールは官吏に恵まれていると言っても良いだろう。

 ろくに休む暇も無く、昨夜も一睡もしていないはずのボーデン侯爵だったが、そんな素振りは毛筋ほども見せず、朝食会を兼ねる会合に端然とした姿を見せていた。


 この朝食会は「サロン」よりは簡略的な集まりであって、通常はローセンダール首脳の主立った者が、挨拶と共に簡単な情報交換を行い、前日に下から上がってきた陳情を元に、部門間の本格的な調整や折衝を行う前の、言うなれば味見をするような場とされている。

 だが、前日の出来事を思えば、それだけで済む筈もなかった。

 集まった各方面の責任者に、指示や決済を求めて矢継ぎ早に文官や武官が出入りする中、その隙間を縫うような形で、会合は進められた。

 まず、守備隊や民間人の犠牲者――死者や負傷者の正確な数字が報告され、死者の弔いを本日の午後に行う旨が周知された。

 この時に、非常に深刻な事態が発生していた事が判明した。

 ナハル治癒院の次期責任者とされていた人物が死亡していた事がわかったのである。

 これは、治癒院を襲ったシルフィードによる犠牲の一人でもあったが、何者が行った仕業であるかは、今となってはどうでも良い事だった。

 実の娘のように可愛がり、厳しく鍛えもしたサラ副院長の死は、ナハル治癒院の長である老婆を更に老け込ませたようだ。

 さすがに毒舌家の側面を持つ宰相も、その瞬間は目を閉じて、若くして死んだ彼女を悼んだように見えた。

 だが、いつまでも死者を悼んでは居られない。

 生者には生者の義務があるのだ。

 それから、いくつかの散文的な事項が話し合われた後、ある意味当然のことながら、あの銀色の機体の話となった。

 突如として現れ、ザミーンのシルフィードを壊滅させ、《空魔》すら沈めた、見ていても信じられない性能を秘めた魔装機甲兵だった。

 いや、それが、魔装機甲兵であるのかどうかも不明だ。


 本来であれば、首都ヘルツェンの危機を救った謎の機体の正体について、白熱した議論が展開されたであろう。

 だが、ローセンダールの首脳と目されるこの場の人々は、《空魔》が襲来するまで、昨日も似たような議論をしていたのではなかったか。


「スケールの差はあれど、どこかで聞いたような話だのう」


 あるいは、さすがに驚く事に疲れていたのかもしれない。

 サイラス将軍の一言は、その場に居た人々の心情を代弁したかのようであった。

 その時、微妙に存在感の薄い……おそらくは、防諜組織の関係者と思われる文官の報告を受けていたボーデン侯爵が、その内容を居並ぶ面々に披露した。


「やはり、かの人物が関わっていたようですね。離宮の庭を台無しにしたあの機体に、ヘレーネ殿と一緒に乗り込む様子が目撃されております」


 その言葉に、居並ぶ人々は妙に納得したような、それでいて、呆れかえったような複雑な表情を浮かべていた。


「むぅ。生身で魔装機甲兵を撃退するだけでも非常識であるのに、あのような機体まで所持しているとは……」


 サイラス将軍も、表情の選択に困り果てた様子でうなり声をあげる。

 もっとも、この無骨かつ老練な武人も、「あのような機体」が他にもある事を知ったら、むしろ頭を抱えたかもしれない。

 この場に居るのは、魔道士の長のような例外は別として、現実的かつ常識的に物事をこなす能力を認められて、その地位を得た人々だ。

 異なる世界から具現化したロボットと、そのパイロットの存在は、彼らの常識に非礼とも言える衝撃を与え続けていたのである。

 言うまでも無く、度重なる危機を救ってくれた恩義は感じており、感謝もしているが、それ以上に彼らの念頭にあったのは辟易とした思いであったかもしれない。

 やがて、それは諦念に変わっていくと言う事を、今の彼らには知る由も無かった。


(それにしても……)


 サイラス将軍はこの場にいない何人かの人物について考えた。


(ヘレーネ殿と言えば、ラハト殿は未だ宮殿のようじゃの。娘を持った事が無いので分からぬが、あの機体ごと行方しれずと知っては心痛も如何ばかりか)


 ラハトの、娘に対する幼少の頃からの溺愛ぶりを見ていたサイラスは深く同情した。

 勘当した形を取ったのも、ヘレーネの資質が、おとなしく家庭に収まるだけの貴族の娘の範疇に収まらぬと見て取り、家名による軛から解き放つ為の、断腸の思いの結果だと言う事を、この武人は察していた。

 長い軍歴だけでは無く、それだけの洞察力があればこそ、サイラスは今の将軍と言う地位にある。


(行方不明と言えば、宮廷魔道士殿もそうじゃな。《レバンゲル》は《空魔》に連れ去られたと報告にあった。捜索に手勢を引き連れて行った魔道士の長殿の報告待ちじゃが、《空魔》ごと墜落したとあっては、これも望み薄かもしれん)


 昔からの顔馴染みである前宮廷魔道士、即ち、ソニアの祖母の顔を思い浮かべ、憔悴したナハル治癒院の長を見やって、初老の将軍は深い息をついた。

 その行方不明の二人の娘が、既に首都ヘルツェンに帰還しているとは知るべくも無い。

 だが、その二人だけでは無い。

 壊滅した守備隊の、今は棺に納められた兵士の中には見知った者もいた。

 だが、戦争が犠牲無くしてはあり得ぬ以上、個々の死者を思ってばかりもいられない。

 それらの犠牲者を単なる数字として扱うくらいの、無神経とも言える冷酷さも、また、軍官僚の頂点である将軍としての資質であっただろう。


(それにしても、ヴァルマーのやつは骨が二、三本折れた程度のかすり傷で、まだ寝込んでおるのか。あの軟弱者めが。起き出してきよったら、しごき直してやる)


 息子同様の若い将軍が生還した事に安堵した記憶はとうに忘れて、八つ当たりとも言える事項を決定すると、初老の武人は本来の領分に思考を進めた。


(ザミーンが迂回してこの首都ヘルツェンを奇襲したと言う事は、挟撃を目論んだか)


 東大陸におけるローセンダールは人間が住まう領域の辺境でもある。

 そのローセンダールを押さえてしまえば、東大陸の連合国は、西から攻め寄せるザミーン本隊との二正面作戦を余儀なくされる。


(まさか、更に東に向かう筈もあるまいが)


 ローセンダールの東側に広がるのは禁忌の地である。

 神々の領域とされるそこへは、東大陸の人間でも滅多な事では入り込む事は無い。

 裁定者ナズルを通して、『対価』と引き替えに直接に恩恵を受ける東大陸の人々にとって、神々は単なる理念でも空想の産物でもあり得ず、実在する存在に他ならない。

 だが、西大陸の覇者であり、安定した国家運営を続けていた筈のザミーンが、突如として東大陸に侵攻を開始した理由も不明であってみれば、あるいは、その目的に神々の領域が含まれているとも考える事ができる。


(ザミーンの捕虜が得られれば、その辺りも問い質したいところだな。《空魔》が墜落した場所に赴いた魔道士達に、軍から応援を差し向けるべきやもしれん)


 既に首都ヘルツェンの情勢は武官から文官の領域に移っている事もあり、この場にいる他者に比べれば、時間的余裕のあるサイラス将軍は、更に思索を重ねていった。



         ◇



 ようやく、『それ』は失神から目覚めた。

 だが、その次に『それ』が感じたのは困惑だった。

 胎内に抱えた「仕えるべき存在」達が、既に生命活動を停止していたからだ。

 しかも、大気エアの属性であった身が、地に降りている。

 もはや、前の自分では居られない事を、『それ』は悟った。

 同じ属性で叩き付けられた衝撃に力負けしてしまった事で、属性変換を引き起こしてしまったようでもあった。

 だが、そうした変化について、感情を持ち合わせるだけの自我は『それ』には与えられていない。

 自我は無いが、指示を遵守する知性だけは付与された『それ』は状況を分析する。

 今の身体は、もはや使う事ができない。

 心臓に匹敵する魔導機関の爆発は、この身体の活性化を不可能にしていた。

 未だにあちらこちらで火が燻っており、装甲もぐしゃぐしゃである。

 だが、抱えていた別の身体が使える事に『それ』は気がついた。

 だいぶ小さくはなってしまうが、ひどく頑丈な造りであったらしく、魔導機関は無事だ。

 また、身体を構成する素材も『それ』には性が合うようでもある。

 どうやら、この身体を使えば、与えられた指示を全うする事ができそうだ。

 そこで、『それ』は与えられた指示が何だったかを記録用の宝玉オーブから検索する。

 各々に異なる事を言う「仕えるべき存在」達の言葉は優先度をつける必要があった。

 実行の可否も考慮しなければならない。

 宝玉オーブに記録された中で一番多かったのは「助けてくれ」と言う声だったが、既に、それは不可能である。

 続けて優先度が高かったのが、現在抱えている、この小さな身体を捕まえよとの言葉だが、これは達成済みだ。

 記録にある「仕えるべき存在」達の言葉を検索し、やがて、一つの言葉を実行対象に選ぶ。


「制圧せよ。抵抗する者は殺してもかまわん」


 これならば、今からでも実行可能であり、そして、あの場所へ行く事は優先事項の一つだった筈だ。


 かつて《クワポリガ》と呼ばれた魔法生物は、その指示を実行すべく、抱えていた魔装機甲兵《レバンゲル》へと侵食を開始した。


         ◇



 自我を持たない知性と言う点では、こちらも同様であったかもしれない。

 翼をもった仲間を格納し、修理と補給を行いながら、既に収容済みであった他の機体同様に固定する。

 そして、この座標に設置したセンサーの動作を確認し、準備が整ったと判断を下す。

 皮肉にも、空を飛んでいた身を地に落とした《クワポリガ》とは逆に、本来は地上用に造られた機体が重力制御によって浮遊する。

 敵性オブジェクトや危険要因となるものが周囲七千キロにいない事を確認した上で、《ガリア》はグレート・ストレージごと移動を開始した。

 目的地は、あらかじめ設定された通りに、その小さな分身である《ガリア・フット》所在座標の百キロ手前である。



         ◇



 牢獄の天井近くにある小さな窓から朝日らしい光が差し込んだ後、ずいぶんと経つが、一向に朝食などが支給される気配が無い。

 考えてみれば、あの天蓋付きベッドで目覚めてから結構動き回ったのに、何も口にしていないのだ。

 まぁ、長らくの廃人モードで二、三日の絶食は苦にもならないが、退屈なのには閉口した。

 他にやることも無いので、明け方に放り込まれた臨時の同居人に目をやると、相手もじろりと睨み返してきた。

 その目元は、ぞくっとするほど美しい。

 それが筋骨隆々たる男でなければ、の話だ。

 背丈はシンゴと同等だろうが、身体の厚みがまるで違う。

 髪はザンバラな長髪で、元がなんだったか分からなくなるほどに汚れた布切れを、腰に褌のように巻き付けている以外は、岩のような身体を剥き出しにした怪しさ満点の男である。

 こんなのが、明け方にうろついていたら、それは捕まるよなぁ、と思いながら、自分もそれと同列な扱いを受けている事実にへこんでしまうシンゴだった。

 一応、挨拶はしてみたのだが、男は一言も口をきかず、腕組みをして壁を背に座ったままである。

 いや、腕組みをしていると言うよりは、胸元を隠しているような感じだ。

 座り方も胡座では無く、揃えた膝を横にしているような感じで、気色悪いこと夥しい。

 見た目は非常に逞しいのだが、何となく、仕草に女性的なものがあって、あまりお近づきになりたくない相手だった。


(ん~、そっち方面だとすると、確実に「受け」だと思うけど)


 上下一体となったパイロットスーツは他者に脱がされる事は無いのだが、一応、貞操を守るべくシンゴも壁際を背にする。


(しかし、暇だなぁ。あんまり放置かましてくれると、脱獄ミッションに……あ、そうだ)


 チルが収集した各種映像の事を思い出す。


(しょうが無い、しょうが無いんだ。こんなところに閉じ込められて、他にやることが無いし、情報分析は大事だし)


 と、自分に言い聞かせて、口の中で呟くように指示を出す。


「チル。収集した情報を検証したい」

(了解。ヘッドマウントディスプレイの装着をなさいますか)

「あ、そうか」


 同居人となった男を見る目に忌々しいものが混じる。

 まさか、この状況下でヘッドマウントディスプレイを装着するのはまずいように思われた。


「まぁ、臨場感に欠けるけど、通信デバイスに出してくれ」


 腰のポーチから、掌よりは小さなサイズのデバイスを出す。

 見た目通りのスマートフォンに近いものだ。

 それを掌に隠すようにしながら、操作する。

 画面が小さいので、アイコンが見づらく、お目当ての画像データがどれか見当がつかない。

 しょうが無いので、片っ端から、次々に見ていく事にする。

 見つけたら、お気に入り設定に……


「無い!?」


 全ての画像を早送りで見たが、あの茶髪の娘があんな事やこんな格好をしている画像や動画が一つも無かった。


「チル! これはどういう事だ。消すなって言っただろ」

(格闘戦で敵の攻撃を受けた時、センサーに連動した記録媒体に損傷があったものと判断します)

「くうう。バックアップは?」

(ユーザが管理する旨を指示されておりましたので、こちらでは取っておりません)

「何てこった」


 シンゴは頭を抱えた。


「くっ、こんな事ならコクピットごと叩き切ってやれば良かった」


 憤怒の念が思考を奪うような気配があった。

 あの首筋の疼きが、再び感じられる……ような錯覚があったが、何となく情けないような感覚と共に、それは消え失せてしまった。

 シンゴの嘆きを察知したチルが、優れた学習能力と十八禁ゲームな情報に基づき、確認を取ってきた。


(ユーザが検証を求めているのは、フィメールに属する個体が可能な限り皮膚を露呈した状態の視覚情報と解釈して良いでしょうか)

「ん、回りくどい言い方だけど、それでだいたい合ってる……いや、求めてるっていうか、まぁ、可能であれば確認する方向に前向きの姿勢で善処の上に検討したいかなぁと」


 更に、余計で意味不明のくどい言い回しをするシンゴにチルはあっさり言った。


(お求めの視覚情報ですが、ユーザの前方一メートル三十二センチにいる個体がそれに該当すると判断します)

「はい?」


 先ほどから一人で騒いでいる彼を、さすがに怪訝そうに見つめていた男は、シンゴが視線を向けると慌てたように目をそらした。


「あのな、皮膚を露呈した状態っていうのしか合ってねぇよ。同じ露呈でも、男と女じゃ大違い……」

(あちらの個体はフィメール……女性体で間違いありません。ただ、光学迷彩を使用しているようです。可視光の波長に歪みが検知されています)

「はい?」

(波長の歪みは可視光領域に限定されているようですので、暗視スコープの使用を推奨します。赤外線領域による視覚映像ならば、この光学迷彩を無効化可能と判断します)


 シンゴは半信半疑で首元のスイッチを操作し、ヘッドマウントディスプレイを装着すると、その映像を横に附いている暗視スコープからのものに切り替えた。


「をあ!?」


 暗視スコープが赤外線を捉え、補正処理した画像に表示されているのは、腕輪以外は腰に布を巻き付けただけと言う格好で、両手で胸元を隠して座っている若い女の姿だった。



         ◇



 先ほどから、訳の分からない言葉で、一人でぶつぶつ言ったかと思えば、大声を出しているこの変わった服を着た男は、彼女の侍女と侍従を魔導車に乗せていった人物に違いなかった。

 墜落したシルフィードから放り出されるようにして地表に激突した脱出用ポッドは、その用途から内部の人員を保護する魔導が施されていた為、三人とも無事ではあった。

 しかし、《クワポリガ》の爆炎が移り、誘爆するポッドから脱出した際に、爆風で投げ出された侍女と侍従は気を失ってしまった。

 侍女はともかく、ザミーンの軍服を着た自分と侍従は、このままでローセンダールに捕まればただでは済まないと判断し、侍従から軍服を脱がした際に、彼女が使っていた、男に姿を変える目眩ましの魔導器が活性化できたのは幸いだった。

 護衛を目的として、姿を変えると共に使用者の身体強化を行うこの魔導器のおかげで、結構な道のりを二人を抱えたままで移動できた。

 さすがに疲れて休んでいたところを、この男の魔導車が通りかかったのだ。

 ローセンダールの追っ手かと、自分が隠れるのが精一杯で、横たえた二人をみすみすと連れて行かれてしまった。

 消耗しきっていなければ、逆にあの魔導車を奪ってやれたものを。

 もっとも、あの魔導車で友軍の居る場所まで行けたかどうだかは怪しいものだ。

 少なくとも、あそこから行ける食料や物資のある場所と言えば、自分が攻略しようとした、このローセンダールの首都しかあるまい。

 脱出したシルフィードに搭乗していた者も、それをわかって、最後の最後までこちらの方向へ飛んだのだろう。

 何にせよ、侍女と侍従を見捨てるわけにもいかず、自分も後を追うようにしてここまで来た。

 十分に休息を取り、幸か不幸か二人を抱えなくて済んだので、何とかたどり着くことができたのだが、この腕に付けている魔導器の身体能力強化が無ければ、それも無理だっただろう。

 だが、身体能力強化を付与しているせいか、目眩ましの効果が幾分に中途半端だ。

 肉体的な外見や性別までは変えられるようだが、衣類は元の姿が反映されるようで、このヘルツェンに近づく為には、自分も軍服を脱ぐ必要があった。

 こんな事なら、日頃から侍女のエマが言う通りに、女らしく、きちんと下着を着けるようにしておけばよかったかもしれない。

 だが、皇女などと言う身分に生まれたおかげで、堅苦しいあれこれを強いられているのだ。

 その上に、あんな窮屈なものまで身につけていては、やっていられるものか。

 おかしな趣味は無いつもりだが、エマなどから見ると危なっかしいのだろう。

 おかげで、帝国の典礼に定められたお付きの武官を、エマの友人でもある武技の心得のある女官に男装までさせて勤めさせる羽目にもなった.

 まぁ、男を寄せ付けたくない身には、丁度良かったが……


 帝国の典礼、と言う言葉と共に、本国での生活や、あの忌まわしい記憶を思い出す。

 そこから気をそらそうとして、つい、皮肉な事を考える。


(ザミーンの軍服は実に一級品だな)


 上級士官用のものは、布地自体に帝国紋章があちらこちらに浮き出るような編み方をしている為、身元を隠すと言う点を考慮すると、この腰に巻ける面積までの部分しか剥ぎ取れなかった。

 なまじ頑丈な造りのおかげで、それすらもようやく何とかなった程度で、しかも帝国産固有の光沢を誤魔化す為に、念を入れて土や岩に擦りつけなければならなかった。

 そんな格好のせいでヘルツェンの衛士に怪しまれたわけだ。

 あの女官のように声を誤魔化す術は持ち合わせていないので、黙っていたら、ますます怪しまれてしまった。

 感触をも錯覚させる魔導器なので、多少、腕や肩を触られても女とは気づかれない筈だが、揉み合いになって不必要に触られるのが嫌だったし、疲れてもいたので、大人しく投獄される事にした。

 しかし、これからどうしたものか。

 休んだおかげで、このヘルツェンまでの道のりの疲れは取れたようだ。

 身体強化の効果で、この鉄格子くらいは何とかなりそうだが。


 そんなことを考えながら、奇妙な服装と、これもまた奇妙な言動を一人で行っている男に目を向ける。

 まだ、若い、自分とそれほど変わらない、青年と呼ぶべき年齢だろうか。

 端正と言えなくも無いが、見たことも無い顔立ちなので年齢の見当がつけづらい。

 貴重な筈の魔導車を操っていたから、ローセンダールの軍関係車かと考えたが、どういうわけか同じ牢獄に居る。


(あるいは、あの魔導車は盗んだ物か? ローセンダールの軍や、あの防諜組織が、そんな真似を許すとは思えないが。それに……)


 先ほどから気になっているのだが、この青年を見た記憶がある。

 それも、つい、最近の筈だ。

 と、疑問に思っていると、奇妙な格好の青年が急にこちらを見た。

 慌てて視線をそらそうとしたが、青年がのど元を触るのが視界の隅に入る。

 そして、奇妙な服から、何かがしゅるりと伸びて青年の眼を覆ったのには度肝を抜かれた。


「をあ!?」


 その不可思議な外見の眼鏡らしいもので、こちらを見た青年が驚いている。


(な? まさか)


 その瞬間。

 ザミーンに名高い『氷姫』は、この青年が、近衛騎士団団長の娘と共にあの『銀狐』と呼ぶ機体に乗り込んだ光景を、何の脈絡も無く思い出したのだ。


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