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虜囚

 遠目にも巨大な《空魔ギガント》が墜落する様子は、首都ヘルツェンの人々が目撃するところでもあった。

 ザミーン空軍が、首都上空から城壁の外へと戦場を移したと見るや、先を争って少しでも高い場所へと駆けだした好奇心旺盛な人々が、興奮したように口々に言う。


「あの銀色の魔装機甲兵は、どちらの騎士様だ?」

「初めて見るな」

「俺、見たぜ。あれが宮殿に降りて、また、飛び上がって行くところをさ。いや、もの凄い風で、吹き飛ばされそうになったけどよ」

「って事は、ありゃあ、ローセンダール王家に所縁ゆかりの方が乗ってらっしゃるのか?」

「あれは味方ってことか。すげぇなぁ」

「たぶん、いざって時の切り札だったんだろうぜ」

「あの速さはただ事じゃなかったな。ザミーンのやつらがあたふたしてやがったぜ」

「いやいや、あの光の矢だよ。シルフィードをバッタバッタとなぎ倒して……」

「それを言うなら、炎の魔弾も凄まじかったぜ」


 隠れていた建物や地下からおそるおそる出てきた比較的慎重な人々も、その一部始終を伝え聞く。

 脅威が去ったと言う安堵の念もあったのだろうが、目撃者達の興奮は、感染するように、物見高い連中よりは圧倒的に多数派を占めるそれらの人々にも伝播していった。

 やがて、首都は興奮と好奇心の坩堝となった。

 そして、シルバーグレーの機体が首都ヘルツェンに戻って来るのを見た時、それは頂点を迎え、割れんばかりの歓声と喝采が鳴り響いたのである。

 その歓声と喝采は《ファーブネル》が首都ヘルツェン上空をフライパスして、全然別の方向に去って行くまで続いた。


「……え?」

「あれ?」

「あの騎士様はどこへ行かっしゃるんだ?」


 凱旋する英雄の姿を期待していた人々は、いみじくもザミーンがつけた呼称通りに、まさに狐につままれたような表情で、それを見送ったのである。



         ◇



『どこへ行くんだ?』


 何とかハーネスを外し、サブシートに座り直したヘレーネも同じ問いを発した。

 《ファーブネル》のコクピットにはサブシートが一つしかないので、もう一人の同乗者であるソニアは、サブシートに座ったヘレーネの膝の上で抱えられている格好だ。

 重力制御を調整しているので、茶髪の娘は、ソニアの白くて大きなお尻が乗っていても特に負荷を感じていないようだ。

 さすがにいつまでも肌を晒すのもどうかと思ったらしく、二人ともカーテンの残骸をさらに引き裂いて要所要所に巻き付けている。

 もっとも、ソニアの方は全天周囲モニタによる宙づり体験の恐怖に耐えられず、現在も気絶中である。


「ん~、俺にも、どこにいくのか分からないんだが……」


 先ほどまでチルと何事かを話していたシンゴは要領を得ない応えを返しながら、ディスプレイウィンドウの一つを見つめていた。

 ヘレーネには見当もつかなかったが、そのウィンドウが表示しているのは重力の歪みを検知している座標だった。

 やがて、険しい山岳地帯の上空に機体が差し掛かる。


『FV‐14S、目的座標に到着します』

「ああ、見えてきたな」


 チルが報告するまでも無い。

 この高度からでもわかる。

 剣のように切り立った険しい山々の中に、ぽっかりと開いたような平地があり、そこに巨大な人工物が鎮座していた。

 UA‐03G《ガリア》のオプション装備であるグレート・ストレージだ。

 映像を拡大すると、その近くに《ガリア》と《グランブール》、そしてもう一機の姿が見える。


「お、あいつも出てきていたのか」


 とある事情から、臨時にチームを組む馴染みのプレイヤーからも見えないようにマスキング設定していたせいか、保護シートに覆われた状態で顕在化したようだ。

 しかし、シートの所々の隙間から覗ける機体は『ウォー・アンド・ビルド・オンライン』でシンゴが所持していた海戦用BMRに違いなかった。

 現在搭乗している《ファーブネル》は別にして、こうして実際に並んでいるBMRの勇姿は、上空から眺めても壮観と言えた。


 九之池慎吾は、自分がこの異世界にトリップしたのは、次元の裂け目だか何だかよく分からないものが、電脳空間を通して彼のパソコンに発生した為だと言う、かなり乱暴な仮説を立てている。

 そのパソコンで起動していた、ロボット対戦ゲーム『ウォー・アンド・ビルド・オンライン』の情報と共に異世界に顕在化した事が、慎吾がシンゴとしてここにある理由なのだろう、と。

 調査も検証もしようが無いので、まぁ、それはそれでおくとして。

 《ファーブネル》もそうだが、ここに存在する他のBMRも同様にして、この異世界に顕在化したわけだが、パソコン上のデータでしかなかったものが、実際に質量を伴う実体として存在する理屈は、それこそよくわからない。

 もっとも、慎吾がいた現実世界にしたところで、そもそもの始まりはビッグバンと言うやつで発生した等と言われているが、詳細なところは仮説の積み上げでしか無い。

 つまり、元の世界も、その根源的な部分は、科学的には解明されていないと言う事になる。

 科学が駄目なら……と、言うわけでもないが、例えば聖書などでも、神の「光あれ」の言葉だけで世界を造ってしまったような事が書かれている。

 つまり、どちらにせよ、世界、及び、世界を形作る物質の根源はよく分からないものなのだ。

 この世界にも同様な創造主なるものが、いるのかいないのかは知らないが、そんな大雑把な一言で世界を創世するよりは、詳細なデータを持ったBMRを構築する方が楽だったかもしれない。

 ま、細かい事を考えるのはここまでにしよう、とシンゴは心の中で呟いた。

 ともあれ、これでシンゴの手持ちだった機体は全て揃った事になる。

 残るのは……


「XA‐0100は、どうなっている」

『回答不能』


 シンゴの問いに、チルが身も蓋もなく即答する。


「ん~」


 シンゴは頭をガシガシと掻いた。

 彼が現れた場所と、BMRの位置がずれているのは、トリップした時点で全BMRが改修中だったからだろう。

 そして、プロトタイプXA‐0100は、未だに改修中と言うことのようだ。

 この手の異世界トリップは瞬時に行われるものと思っていたが、シンゴが遭遇したこれは現在もなお進行中であるらしかった。

 もっとも、この座標で検知されている重力の歪みとの因果関係は、検証のしようもない話ではあるが。

 あるいは、XA‐0100が顕在化する瞬間に、その位置に飛び込めば、元の世界に帰れるかもしれない。

 ただ、それがいつの事になるかわからないのではどうしようも無い。

 まぁ、元の世界でも一年くらいはゲームに浸っていようと決めたのだ。

 ゲーム世界が異世界に変わっただけ、と言うことで、元の世界への帰還などは一年したら本気で検討してみようと、シンゴは暢気なことを考えていた。

 それよりも重要な事がある。


「なぁ、XA‐0100はともかくとして、それ以外のBMRとかオプション装備は手に入れられそうか? あ、それと運営に連絡とか……」

『ポイント残高がゼロですし、そもそも接続が切れた状態のようですので不可能かと考察します。少なくともサーバへのアクセスはできません』

「う~ん」


 シンゴは唸った。

 この異世界に持ってこれたのは、あくまでも慎吾のパソコンにダウンロード済みだったものだけと言う事になる。

 BMRの修理に使用する部品や機材とか、弾薬の補充などはそれ以外からは入手できないと言う事だ。

 改めて、グレート・ストレージの巨体を見る。

 確か、この中には相当量の物資を格納していた筈だ。

 二回前の地上大戦イベント時に、これで十年は戦えちゃうぞ~、などと言いながらポイントをつぎ込んでいた記憶がある。

 個々のオプション装備や予備のパーツなどは、新型BMRを入手するよりは遙かに少ないポイントで済んだから、百円ショップの大量買いで大金を使ったみたいな話になってしまった。

 パイロット属性パラメータの育成計画を見直す羽目にもなってしまったわけだが、結果としてはそれが良かったようだ。


「補給って大事だよなぁ。やっぱり」


 購入しておいてよかった、としみじみ思うシンゴだった。

 こんな事なら、前線基地か戦艦でも購入すれば良かったかも、と思わないでも無かったが、あれは相当な大所帯のチームか、リアルマネーの使い道に困っている課金プレイヤーでも無い限りは入手できない。

 量産型BMRの製造まで行える前線基地などは、一応、メニューとして設定されてはいるが、とにかく桁違いに莫大なポイントを必要とするので、古参のシンゴもプライベートで所有しているプレイヤーを見たことが無い。

 たいていのプレイヤーは、そんなポイントがあったらBMRの装備に費やすだろう。

 そしてNPCが提供する基地、もしくは戦艦を根拠地として活動するのだ。


「おっと、それどころじゃなかった」


 シンゴがここまで来たのは、《ファーブネル》の修理や補給もそうだが、緊急メディカルパッケージを入手する為でもあった。

 パイロットスーツへの補充は無論、あの攻撃を受けた施設の負傷者にも提供するつもりだった。

 ただ、戦闘用である《ファーブネル》では物資の最大積載量ペイロードがさほど無いので、ベッド一つ分のパッケージしか運べそうにない。

 いかに半永久機関である核融合エンジンを搭載していると言っても、本来の用途では無い物資輸送を何回も往復して行えば、機体に支障が発生する可能性がある。

 そうでなくても、あのシルフィードから被った損傷があるのだ。

 陸戦型と言うより、むしろ、地上用多目的型と言った方が適切な《ガリア》なら大量輸送任務にもうってつけだが、あのヘルツェンと言う街までの距離を考えると時間がかかりすぎる。

 《ファーブネル》ならひとっ飛びではあるが、陸路では結構な距離だ。

 まぁ、グレート・ストレージを含めて、根拠地の設定は後で検討しなければならないだろう。


 そこまで考えて、シンゴは、ふと、同乗者がいやに静かな事に気がついた。

 ひょいとそちらを見ると、茶髪の娘ヘレーネと、いつの間に気がついたのか黒髪の娘ソニアが、目と口を大きく開けて眼下の巨大な移動要塞とBMRを見つめていた。

 二人揃ってせっかくの美人が台無しであった。



         ◇



 首都ヘルツェンから、そう遠くない山陰に《ファーブネル》を着陸させ、運んできた物資を降ろすと、空戦用BMRは自動操縦でグレート・ストレージの元へ帰還して行った。


『帰還後、グレート・ストレージが格納し、修理、及び、補給を行います』

「わかった。ありがとう、チル」

『理解不能。ユーザをサポートするのは当然です』

「いや、おまえがいてくれて助かっているよ。……識別信号コールサインだけは何とかして欲しいけどな」


 何となくいやな予感がして、先ほど黒髪の娘ソニアに対する識別信号コールサイン候補を聞いてみたのである。


「あくまでも候補だぞ。俺が明示的に要請するまで、勝手に設定するんじゃないぞ」


 と、念押しした後にチルから帰ってきた回答は「アバズレ」だった。


 救出時、彼女の巨乳に視界を塞がれたシンゴには分からなかったのだが、恐慌状態になったソニアの肌に、入れ墨(タトゥー)のようなものが浮かんだのが、コクピットの監視モニタで確認されたのだ。

 シンゴやチルが知りようも無い話だが、これは恐慌状態になったソニアが普段は見えない魔紋を発動させた為で、一歩間違えば、コクピットの中で、彼女の魔力が暴走した可能性もあったのだ。

 《レバンゲル》の制御に消耗していなければ、あるいは、そうなっていたかもしれない。

 そんな事とは知らないシンゴは、さすがに「アバズレ」はまずいだろうと、別の候補を尋ねてみた。


『あれは入れ墨(タトゥー)と言うよりも奴隷に押す烙印と解釈する事も可能です。従って「肉奴隷」なる識別信号コールサインを提案します』

「却下! 他には」

『ユーザの視界を著しく阻んでいた時に当たっていましたので「肉便器」……』

「何でそうなる? 却下だ、却下……ああ、もういい。識別信号コールサイン設定は当分禁止だ」

『了解しました』


 ここに到着するまでの、そんな会話を思い出しながら、ため息を一つ吐くと、シンゴはジープのハンドルを握った。

 結局、《ファーブネル》で運んできたのは、キャリアーに積んだ緊急メディカルパッケージ一つと、それを牽引する為の、この軍用四輪駆動車《ガリア・フット》である。

 チルとも相談したのだが、そもそもグレート・ストレージに備蓄したメディカル装備は、薬品の種別や投薬量などをシンゴの生体データに合わせて設定されており、それらの医薬品をシンゴ以外の人間、特に異世界の人々に与えた場合、どのような影響を及ぼすかは全く予想がつかない。

 効果があれば良いが、薬は毒にもなり得る。

 適量や副作用もわからない。

 残念ではあるが、医療知識が皆無のシンゴには、その辺りを摺り合わせる術も無い。

 チルも異世界人のメディカルデータを持たない為、回答不能のようだ。

 一応、持っては来たものの、どうしようかと悩むシンゴだった。

 悩むと言えば……

 シンゴは、ジープの後部座席を見て、更に深いため息を吐いた。

 そこには、気絶した二人の娘が横たわっていた。

 グレート・ストレージや居並ぶBMRを見て唖然としていたヘレーネとソニアだったが、我に返った後にシンゴをあれこれと質問責めにしたのは無理も無いと言えば無理も無い話ではある。

 それを危険行為、もしくは敵性行動と解釈した人工知能が、コクピット内の保安装置である麻痺銃を使って眠らせてしまったのだ。

 まさか、裸にわずかな布きれを巻き付けただけの、しかも気を失っている娘二人を捨て置くわけにもいかず、あの街のしかるべきところまで送って行く必要があると考えるシンゴだった。

 ちなみに、グレート・ストレージには、BMRのパーツや装備、武器弾薬の類いは腐るほどあったが、女性用の下着や衣類は(当然ながら)皆無であった。

 予備のパイロットスーツもあったが、(特に胸の)サイズが合わない上に、これは単なる衣類では無くBMRとのインターフェースを兼ねた武装である。

 シンゴ以外の人間が無理に着用した場合、BMRインターフェースの保安機能が働き、最悪、ショック死する可能性すらあった。

 そういう事情で、この二人にまともな格好をさせてやることもできず、本人達が気絶しているので事情を説明してもらう事もできない。

 人目についたらどんな誤解をされる事か、と、半ば途方に暮れながら、シンゴはジープをローセンダールの首都まで走らせたのだった。



         ◇



 《空魔》の襲来と言う危機が去り、凱旋すると思われた英雄(?)も何処へか去って行き、宮殿からは何の発表も無い。

 そんな妙に空虚な雰囲気に覆われた首都ヘルツェンだったが、日常に復帰する為のやるべき仕事は山積していた。

 守備隊は壊滅し、ごく一部ながら民間人にも犠牲が出ている。

 混乱のどさくさに紛れて盗みを働く者なども居て、首都の治安維持を預かる衛士隊は多忙を極めていた。

 戦場となった東側や、首都の外に避難しようとした人々が再び戻ろうとごった返す西側に割り当てられた衛士達が殺気だっているのは無論だが、人手が足りず、多数の人員をそちらに回された為に日常業務が回らなくなった南側と北側の衛士達も、相当に疲労困憊し、苛ついていた。

 日は暮れかかり、首都が建設されて以来の多事に見舞われた長い一日は終わろうとしていたが、衛士達の仕事はこれからである。

 《空魔》や魔装機甲兵は壊滅したとは言え、闇夜に紛れてザミーンの残党が侵入を図ろうとするやもしれぬと言う事で、厳戒態勢を命じられた中で、首都の南側第三通用門を警備している衛士二人は、珍妙なものが近づいているのに気がついた。

 馬が引いていないところをみると、どうやら魔導車のようである。

 軍にしか配給されず、近衛騎士や王族ですらも滅多に使用する事の無い、魔結晶を動力とする貴重な車両であるが、しかし、初めて見る型だ。

 少なくとも、ローセンダール軍で使用しているものでは無い。

 あるいは、それこそザミーン軍の残党が襲来したか、とも考えたが、たった一台で、しかもゆっくりと走ってくるところを見ると、そんな雰囲気でもなさそうである。

 車両を操っているのも、荒事にはとうてい不向きそうな珍妙な服を着た青年だ。

 どのような反応をして良いものやら、困惑する二人の衛士の前に、その車両がゆっくりと停止する。


『あ、どうも』


 挨拶になっているような、なっていないような、どう声をかけたものか分からないと言った感じで、その車両を操っている青年が話しかけてきた。


『えーと、通りすがりの、全然怪しくない者なんですけど、行き倒れたらしい娘さん達が居たもので……』


 その青年は、幌を上げた状態の後部座席を示した。

 怪訝に思って、衛士の一人が近寄ってみると、確かに「四人」の娘達が乗せられていた。

 四人とも気を失っているようだが、その格好が問題だった。

 一人は侍女のような服装で、首都城壁の外で行き倒れになるには相応しく無い姿にも思えるが、まぁ、それは置くとしよう。

 問題は、残りの三人だった。

 一人は下着姿、他の二人は下着どころか、肌の上に布きれを巻き付けただけのあられも無い姿である。

 その衛士は、即座に首からかけた警笛を吹き鳴らした。

 詰め所から、他の衛士達が一斉に出てくる。

 それを見た青年は、『やっぱり、こうなったか』と呟いて肩を落とした。


 気を失っている娘達は、詰め所の近くに常駐する治癒院から派遣された年配の女性達に預けられ、そして、青年は、有無を言わさず通用門近くの収監施設へと叩き込まれた。



         ◇



 湿った石畳の床に腰を下ろすと、シンゴは放り込まれた牢屋をゆっくりと見回した。

 灯りは薄暗く、いやな臭いもして、お世辞にも快適と言う形容からはほど遠い場所だった。


(その気になれば、ユーザが逃亡するのは容易かった筈ですが?)

「ん~、なんて言うか、色々あったから面倒になったかな」


 それに、何となく罰を受ける形になるのを望んでもいた、と、これは口に出さずに心の中で呟く。

 とにかく、覚醒してから今に至るまで、ひどく長い一日だった。

 その一日ももうすぐ終わる。

 まだまだ分かっていない事もあり、知るべき事もあるが、今は、それは良い。

 救えなかった、あるいは、自分が手にかけた、異世界の見知らぬ人々を想い、シンゴは静かに黙祷を捧げたのだった。


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