騎士団長
雄介が騎士達の前に立ちはだかり、道を塞いでいる。十数の鋭い視線に晒されても、一切その場を動く気配はない。
「邪魔だ! 道を空けろ!」
「は? ここは俺が通るんだよ。お前らが退けよ、群れて歩きやがって。シロアリかなにかですか?」
皮肉をたっぷりと織り交ぜながら騎士を煽る。周りから悲鳴に似たような声が上がっているが、雄介は気にしない。予想通りこの騎士達の沸点はかなり低かったようで、先頭の二人が剣を抜いた。
「跪いて詫びろ、今ならまだ許してやる。さもなくば……騎士団への侮辱の罪で、切る」
「とりあえず雑魚は引っ込んでろ。勝負ならそうだな……そこのお嬢ちゃんを出してもらおうか」
雄介は列の中央に控えている少女を指差し、そう言った。その瞬間、周りの騎士達がざわめき始める。
やがて、先頭の一人が声を荒げながら雄介に迫ってきた。
「貴様! この方を誰だと思っている!」
「俺の予想だと、偉い人?」
「そうだ! この方は……」
騎士が答えを言う前に、さらなるどよめきが起こり、意識はそちらの方へ。
見れば、少女が列を抜け、雄介と話していた騎士のすぐ後ろまで来ていた。
「あ、あの……」
「退いてくれ」
「しかし……」
「いいから」
「は、はい!」
少女と雄介の視線が交差する。
(空っぽ……だな)
雄介の頭にたった一言、そんな言葉が浮かんできた。冷たく、どこか無機質な印象を受けるそれは、まるでガラス玉のようで。
「オキナ王国騎士団、団長のアリゼ・バスティードだ」
「え? あ、ああ」
「……貴様の名はなんだ?」
「ん? おっと……そうだったな、俺は雄介だ」
「……妙な名だな」
アリゼの言葉で我に返った雄介は、アリゼの観察を始める。背丈は思っていたより小さく、およそ百六十センチほどだろう。筋肉の付き方は、腕を見る限りではそこまででもなさそうだ。
ただしその佇まいは……。
「っ!? ……危ねえな。何すんだよいきなり」
「……ほう」
達人そのものだ。たった今不意打ちで放たれた剣筋も、常人ならば反応することもできなかっただろう。
しかし雄介はあまつさえ見切ったどころか、首筋に飛んできた刀身を人差し指と中指の二本で受け止めた。それには周りの騎士も驚いたのだろう、ガヤガヤと騒がしくなり始めた。
「問答無用で殺すつもりだったか?」
「貴様なら致命傷は避けると踏んでいた。まあ死んだなら……それはそれで構わないがな」
「さすが団長さんだ。人を見る目はありそうだな」
二人の睨み合いが始まる。とは言っても、どちらも表情などは全く変わっていない。ただ発する空気だけが変わっていき、次第に周囲の人間に怯えが見え始めた。
少しずつ雰囲気が重く、色濃くなってゆく。どちらも死線を潜り抜けてきたのであろう重圧。
互いに引くことはなく、そのまま数十秒が流れる。
「……このままでは引き下がれん。貴様もそうだろう?」
「いーや? 俺は別に?」
「……食えんヤツだ。こっちはそういうわけにはいかない」
アリゼは相変わらず無表情のまま、しかし心なしか不愉快そうに剣を引いた。緊迫した空気感は依然、続いているが、騎士達の何人かがなぜか胸を撫で下ろしているのが見える。
しかし次の一言でさらに場の空気が沈み込んだ。
「貴様に決闘を申し込む」
放たれる殺気が尋常じゃなく増し、雄介はさすがにたじろいだ。目を逸らせば殺される……そんな危機感を、この世界に来てから初めて覚える。
しかし、虚勢、ハッタリはお手のもの。雄介はポーカーフェイスを貫き、それに答えた。
「俺が勝ったら何くれる?」
「……初めてだよ」
「ん?」
こんな時だというのに「初めて……まさか処女という意味か?」などと馬鹿な考えが頭にチラつく。しかしすぐにそれは勘違いだということがわかった。
「私に決闘を申し込まれて、笑っていられた人間は」
「いや? これでもかなりビビってるよ? これは作り笑顔さ」
「抜かせ。その余裕で何を言うか」
「必死にカッコつけてんだよ。男の子だからな」
そう言って再びニコリと笑ってみせる。すると、アリゼは通常時よりさらに平坦な声で言った。
「それで、勝負の話だが」
「おっとスルーですか? もしかしてちょっとイラっと来てる?」
雄介の言葉をさらに無視し、アリゼは話を進め始める。どうやら図星のようなので、雄介は少し満足げだった。
「私に用意できるものなら、なんでも」
「へえ? そんじゃ」
雄介は何の躊躇いもなく、とんでもないことを口にした。
「お前を貰う」
その一言で空気が完全に凍った。どよめいていた騎士達や民衆はもはや完全に押し黙り、息を呑んでいる。
それもそのはず。
「……私に対する最大の侮辱、と見てもいいな?」
表情や声のトーンはそのままで、完全に憤怒していた。おそらく錯覚だろうが、地さえ揺らいでいるような感覚が雄介やその他の群集を包む。
「いや? 単純にお前が良い女だから、ちょっとな」
全くフォローになっていない。次々と火に油をぶち込んでいく雄介。先ほどまででも多少の恐れはあったが、なぜ今この状況でここまで物怖じせずに話すことができるのか。
内心ではもうどうにでもなれと思っているから? 違う。恐怖が一周回って逆に平気になった? ……普段ならありえる話だが、違う。
(あー、ソフィアにどんな服着せようかなー)
考えること自体を完全に放棄し、現実逃避を始めていた。
もう本能に身を任せるしかない。思考を放棄する寸前、そう考えたのだった。
――大見得切ったはいいけど……勝てなくね?――
まさかの史上最大のピンチ到来。おそらく確率から考えてアリゼは加護持ちではないだろうが、普通の人間でディエゴより強そうな者がいるとは。
大誤算を悔やんでいるうちにも話は進んでゆく。
「私が勝ったら当然、貴様の命は貰えるんだろうな……?」
「ん? おう」
「それじゃあ明日……正午、騎士団の訓練場にて待つ……必ず来い。来なければ草の根分けても探し出す」
「ん? おう」
結局決闘は決まってしまった。最後の方はもはや「ん? おう」しか言っていない上に、雄介が我に返った時には目の前に誰もいなくなっていた。
……仲間達に格好悪いところを見られなくてよかった、とホッとしながら、雄介は人気のない路地に入る。
「ふう、よし……怖えなぁ」
そして……。
「痛っっっっっっっっっっっああああああああああああ!!」
アリゼから剣を放たれる数秒前、危険を感じてかけておいた『武芸極突』を解く。
相変わらずこの技は反動が凄く、雄介は地面を転がりながら悶絶する。
無闇に利用すれば間違いなく後遺症の残る諸刃の剣。これからも冒険を続けるのならばこの技は使えない。
かと言って、これまでのようなだまし打ちが通じる相手でもなかった。
「ぬああああああああ!! どうすんだ俺ぇぇぇぇ!!」




