バスティード
雄介達が冒険を始めるちょうど十年前。場所は南の国『オキナ』の王都……『イオ』。
過去より厳格な警備体制を敷いていたこの街の騎士団は、四つの国の中でも最強と謳われている。
「ママ、パパは今日も……」
「そうね、お仕事が忙しいのよ。この国を守ってるんだもの」
「うん……」
栗色のロングヘアーを揺らしながら、齢十歳の少女、アリゼ・バスティードは俯く。アリゼはふわっとした白いワンピースに身を包んだ、柔らかい雰囲気の少女だ。
そしてそんな彼女の父親こそが、最強の騎士団の団長、グレン・バスティードだった。
「明後日の太陽祭はみんなで一緒に行けるんだよね? ね? ママ!」
「そうね。周りの騎士の方々は気を遣ってくれたそうだから、大丈夫よ」
「やった! ふふふ、楽しみー!」
グレン・バスティード……後に『太陽の悲劇』と呼ばれる事件を鎮めた、この街に名の伝わる英雄。
「ここがイオか?」
雄介達はマウルから出発して十日ほどでこの街に辿り着いた。マウルでは何の旅支度もできなかったので道中苦労していたが、ここで雄介の忍法が役に立ったようだ。
「それで……金は出てきたのか? ユースケ」
「んー……まだ引っかからねえなぁ」
雄介は先程から空中を右手でもにゅもにゅと揉みしだいたり、こねくり回していた。手つきがセクハラじみているため女性陣の視線は冷たいが、事情はわかっているためか黙ってそれを眺めていた。
「お? こいつだ!」
そう声を上げた次の瞬間、雄介の手にズシリとした袋が現れた。
「とりあえずこれでお金に困ることはなさそうだね」
「ええ。アタシの財布ももう軽くなってきてたし……」
これは雄介の十ある忍法の一つ、『空』だ。
つまりはアイテムボックスのようなもので、荷物を好きなだけ別の空間に保管しておくことができる。
「俺どんぐらい探してたよ?」
「ざっと……三十時間くらいかのお」
欠点は……その空間が広すぎて、中の荷物を手探りで探り当てるのがかなり困難なことだ。
よって重要なものはあまり中にしまわず、今は雄介のおもちゃ箱のような扱いになっていた。
「半分くらいになっちまったけど……一応入れておいてよかったぜ」
「保険は大事じゃなー」
「んで……だ。ここは随分厳戒だなぁ」
少し離れた所にある街の入り口を見ると、門は固く閉ざされ、さらにその前には門番が二人立ちはだかっていた。どうも排他的な雰囲気を醸し出しており、雄介はなんだか嫌な気持ちになる。
「獣人の町ですらウェルカムだったのによー」
はあ、と溜め息を吐く雄介に、ソフィアが話しかけた。
「どうする? ま、ユースケの考えてることはわかってるけどね」
顔を合わせ、ニヤリと笑い合う二人。
「やっと俺のノリが理解できたか?」
「まことに遺憾ですが」
「へへっ」
「ふふっ」
アリッサはそんな二人を険しい顔で見つめ、その光景をさらにゴンザレスが見てニヤニヤとしている。複雑な間柄だが、今はこの場に一石投じる者はいない。
「さあてそれじゃ……」
雄介は『絶影』を発動し、その姿を消す。
「忍び込みましょうか」
まず初めに雄介が遠くの方で爆発を起こし、門番の意識をそちらに逸らす。そして一気にゴンザレスの風の魔法で舞い上がり、四人は外壁を乗り越えて中に……。
「なんだお前らは」
入ったところでまんまと見つかった。
建物の陰に下りたというのに……どうやら騎士団の巡回中だったようで、一人の若い騎士に見つかってしまった。が、ここまでは計算内だ。
「今、壁を越えて入って来たな? 侵入者め、こっちに……んぐ!?」
姿を消した雄介がチョークスリーパーで手早くその騎士を落とす。侵入はひとまず成功だ。
「よし、この後はいつもの流れで行こう」
「慣れって怖いもんじゃのぉ」
「ボクも立派に悪人の仲間入りだね……騎士の夢が遠ざかる……」
「ま……アタシは退屈しないからいいけど」
例の如く宿屋で部屋を取った後、買い物をするために街の中心部に繰り出した一行。
手始めに失われたソフィアの装備を揃えるために武器屋に寄った。
「ソフィア! これとかどうだ?」
「……なにそれ?」
「モーニングスター!」
結局前の剣と似た物を購入し、外に出る。次はソフィアの服選びだ。雄介としてはぜひそのままでいてもらいたかったが、いざという時さすがに動きにくいだろうということもあり、服屋を探す。
と、雄介はそこでとあることに気付いた。
「なんか騒がしくなってきたな……まさかもう侵入者の情報が騎士団に回った、とか?」
その言葉に反応するは、先程買った剣を背に掛けるソフィア。周りを見回しながら、雄介に言葉を返す。
「ありえない話じゃないよ。ここの騎士団は四国でも最強らしいし、連携もかなりしっかりしてるはずだから」
「そうか……なら、お前らはあんまりうろちょろしない方がいいよな?」
雄介以外は騎士に顔を見られてしまっている。追い回されるのは厄介なので、残りの買い物は雄介が引き受け、仲間達は部屋で大人しくしてることに。
「いい? ユースケ。動きやすくて露出の少ない、無難な服をお願いね?」
「わかったわかった。ソフィアの魅力を最大限に引き出す……ぐへへ、おっと涎が」
「もう!! そんなんだから任せられないんだよー!」
「大丈夫だって! いいからほれ! さっさと戻れ!」
最後まで渋るソフィアを追い返した後、一体どういうネタコーディネートにしてやろうかと笑みを浮かべながら、雄介は歩き出す。
「道を開けろー! 団長のお通りだ!」
「……お?」
声の方を見れば、大勢の騎士達が集団でこちらの方に歩いて来ていた。騎士達は皆、騎士団の象徴である紋章の付いた白い甲冑を身に纏っており、体格の良い男ばかりだ。
しかしそんな中に一人、異質な人物を発見し、雄介は目を細める。
「子ども? いや……あれは……女か?」
少年かと錯覚しかけたが、雄介と同年代ほどの少女だ。男に見えたといっても、ソフィアのようにボーイッシュ、とは形容し難い。
見た目だけは栗色のショートヘアーが似合い、切れ長の目が特徴的な、端整な顔立ちの少女。しかしその身から発するささくれ立ったような雰囲気は、女に見えない、という言葉がしっくりくる。
服装は白い甲冑ではなく、黒いブーツにインされた黒い布のズボンと黒いカッターシャツ……黒尽くめだ。腰には日本刀のような細身の剣を提げている。
「違和感ハンパねえな」
少女の正体はなんなのか気になるところではあったが、ともあれ自分には関係ない。雄介は騎士団の進行を妨げないよう、道の端に寄った。
その時、五歳ほどの少年が母親の下を離れ、騎士団の目の前を横切ろうと道の中央に出る。嫌な予感が雄介を襲い、残念ながらそれは的中してしまった。
「退け! 餓鬼が!」
あろうことか、騎士団の先頭の一人がその少年を蹴飛ばした。
「うえええええええええん!!」
少年は地面を転がった後、鼻血を垂れ流しながら泣き叫んでいる。しかしその泣き声が癇に障ったのか、その騎士は険しい顔で少年に近づいてゆく。
「あの! うちの息子がすみません! 後でキツく叱っておきますからご容赦を! ほら! アンタも謝りなさい!」
少年の母親はその騎士に平謝り。むしろ蹴られた少年の頭を叩き、怒鳴り散らしている。
雄介はその異様な光景に面食らいながらも、心のどこかで納得していた。ここは日本じゃない、こういう所があってもおかしくはない。
「これがここの普通……なんだろうな」
騎士は熱が冷めたのか、その親子を再度一瞥し、列に戻った。するとなにやら列の進行が止まっていることに気付く。原因はすぐにわかった。
「……なんだ貴様は」
「まあ俺は残念ながらお前らの普通に合わせるつもりはねえから」
雄介の考えていることはこうだ。
――そもそもなんで俺がクズに道譲らなきゃなんねえんだよ?――




