武芸極突
アリッサの戦闘中、精霊として覚醒したエマ。雄介とアリッサはそんなエマを交えながら、荒れ果てた街中でこれまでの情報の交換を始めていた。
「とりあえず……精霊化の条件だが、一定の畏敬の念を人々から集めた人物がさらに力を望むこと、だそうだ。エマちゃんが精霊化したってことは、自ら望んだってことだよな?」
「望んだ、っていうのとはちょっと違うかしら……アタシが不甲斐ないせいで……」
話し合いが始まってから、アリッサはどこか浮かない顔をしていた。
精霊になるということは、永遠の生命、卓越した力を手に入れられるというメリットもある。しかしその代わり、世間から切り離されるということでもあった。
雄介やアリッサのような特殊な人間以外からは姿を見ることもかなわず、声を聞くこともできない。
そんな彼女を見かねて、エマが口を開いた。
「お二人とも! そんな暗い顔しないでください! いいんですよこれで! 体中に力が湧いてくるんです! これでもっといろんな病気の人を治療することができますし!」
「エマ……」
エマはそう言い放った後、とびきり可憐な笑みを浮かべる。雄介やアリッサにもその笑顔が作り物でないことはなんとなくわかっていた。しかし素直に受け入れることができない。
「強いな……ホントにさ」
「ええ、アタシ達なんかより……ずっとね」
二人は呟き、これからのことについて思考を巡らせた。エマの両親にはなんと説明すれば良いのか、診療所のことはどうするか、課題は山積みだ。
(街が見事にメチャクチャだ……情報収集なんてしてる場合じゃなかったな……完全に俺の失敗だ……)
暗い考えが雄介の脳裏によぎるも、エマやアリッサのことを見て思い直す。
「過ぎたことはしゃあない! あとは勢いに任せる!」
この男はこういう男であった。どんなに重要な問題でも、今までノリと勢いで突っ切ってきた。第一、ここで自分が落ち込んでしまえば空気が重くなってしまう。
「……いきなりなに言い出してんのよ?」
「おう、こっちの話……はっ!」
言葉の途中で急に何かに気が付き、雄介は動きを止める。他の二人はそんな雄介を不思議に思い、揃って首を傾げた。
「エマよ……」
「はい、なんですか?」
「俺が合図したら、その瞬間に俺に回復魔法をかけてくれ……」
「え? あ、はい……」
エマはそう言われて雄介の全身を眺める。見たところ怪我をしている様子などはないが、なぜ回復魔法が必要なのか。
雄介は緊張の面持ちで深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
「よっしゃあああ!! 今だぁぁぁ!!」
「ひゃ!?」
目を見開き、エマに大声で呼びかける。しかし気合が入りすぎたため、思ったより大きな声を出してしまった。
エマは思わず驚いてしまい、魔法の発動が遅れる。
「にぃえええああああああああああああ!!」
「「ええ!?」」
その時だった。雄介は途端にその場に崩れ落ち、派手に身悶える。奇声を発しながらドタバタと暴れまわるその姿は、ハッキリ言ってかなり不気味だった。
エマはショッキングな光景に魔法の発動を忘れ、呆けてしまう。
なぜこんな状態になってしまったのか、その原因は雄介が発動させていた忍法にあった。
忍法『武芸極突』
十ある忍法の一つ。発案は中学二年生の夏、友人にガ○ガリ君を取られて殴り合いになった時。
己の身体能力を極限まで高め、全身の皮膚を鋼鉄のように硬化させる技だ。
使えば一瞬にして達人に早変わりだが、その代償もまた大きい。
筋肉痛だ。
全身の筋肉や骨を常に限界を超えて稼働させているので、終わった瞬間の反動があまりにも大きかった。
「は、早く魔法をおおおおおおおおおおぉぉぉ!!」
「あ! すいません!」
通常なら後遺症が残る。それほどリスクが高い忍法だが、今回はエマの魔法があるため、雄介も使用に踏み切った。
なので今後、この忍法の出番があるかは微妙なところだ。
「あれ……? やっぱり効き目がなかなか表れないですね? アリッサさんの時と一緒です」
「なああああああああああ!!」
尚も苦しみ続ける雄介と、それを見守る二人。しかし途中で、アリッサがニヤニヤしながら口を開いた。
「これ、チャンスね……」
ジリジリと転がっている雄介に近づいてゆく。
「ぬぁにする気だぁぁあああああああああ!!」
「ふふ……今、突っついたりしたら……どうなるのかしらね?」
アリッサは手をワキワキとさせながらしゃがみ込み、雄介に余裕たっぷりな声色で告げる。
「ふっふっふ……やめて欲しければ……わかるわよね? まず日頃のアタシに対する扱いを詫びてもらうわ。そうね……アリッサ様すいませんでした、と……」
ただでさえ余裕がないというのに。
勝ち誇ったその面が腹立たしい。ケツの穴から腕、突っ込んでガタガタさせたろうか。
「調子にぃぃ……」
「は?」
雄介は捨て身の行動に移る。
「乗ってんじゃねえぞクソガキがぁぁああああああああ!!」
「え!? ちょ……」
女だろうが容赦しないとばかりに、その腹にストレートを叩き込もうと右腕を振りかぶりながら突っ込んだ。
「あ」
しかしやはり体が言うことを聞いてくれず、雄介の拳が本来の軌道から逸れる。
勢いを失い、体勢を崩した雄介は、咄嗟に受身を取ろうと握り締めていた拳を開いた。
倒れる。そう思ったが目の前にいたアリッサを支えにして、なんとか踏み止まった。
「いででで! ……ちょっとずつ良くなってきたが、まだかなりシンドイ……」
「な、な、な……」
アリッサの体がワナワナと震えている。不審に思った雄介は顔を上げた。かなりの近距離に顔があり、今にも触れ合ってしまいそうだ。
しかしそれにしても様子がおかしい。チラリとエマの方を見やると、彼女も顔を赤くして二人を見つめていた。
「ん?」
アリッサとエマの視線を総合して辿ってみる。その先は雄介自身の右手であった。
アリッサの胸を鷲掴みにしているだけだが、二人して反応が大げさではないだろうか。
……そんな風に感じる辺り、雄介は未だに余裕がないらしい。
「……小さいな、もっとふにょんって感じが欲しかっ……」
「死ねやゴラァアアアアアア!!」
つい本音が出てしまい、アリッサの剛脚が飛んで来る。
「なんのこれしき!!」
さすがにこれを食らってはまずい。
雄介は必死に蹴りを避け続ける。回復魔法が着実に効いてきているため、次第に動きも俊敏になってきた。
「それにしたってなんでこの距離で避けられるのよ!?」
「お前の考えはお見通しだ!! どこに攻撃が来るか手に取るようにわかるわ!!」
「あといい加減に胸から手を離せぇえええ!!」
「それは断る!!」
「なんでよおおお!!」
なぜか意地になっているようで、雄介は頑なに胸から手をどけようとしなかった。本当になんとなくだ、他意はない。
「俺を屈服させようなど百年早いわ小娘が!! ハッハー!!」
「や、ちょ、ん……も、揉むなぁ!!」
完全にセクハラだ。ソフィアが見たらなんと言うだろうか。
(あれ、これ俺やばくね? 後戻りできなくね?)
悪ふざけぐらいに思っていたが、止め時がわからなくなってしまった。アリッサの息が艶かしいものに変わってゆき、己の行動がとんでもないものだと気付く。
「やぁ……も、だめぇ……」
「……さて」
「あっ……」
雄介は手を離して立ち上がった。なぜかアリッサが名残惜しそうな声を上げた気がしたが、それは置いておく。
その後、三人とも黙り込んでしまい、気まずい空気が流れた。
もうこれしかない、と雄介は口を開く。
「お遊びはここまでだ。ディエゴから聞いた情報によるとだな……」
「ふざけんなぁあああああああ!!」
「ぶへああああああああ!!」
一切合財無かったことにする作戦……失敗だ。




