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アンテイムド・モンキーズ  作者: jonathan
東の国『キオ』
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風前の灯

 アリッサとビトールの攻防は続いている。明らかに劣勢のアリッサは汗を垂れ流しながら力を振り絞り、なんとか凌いでいた。

 しかしそれも時間の問題だ。見ればアリッサの足が赤く腫れ上がっている。

 精霊の力による突出した脚力と、それに付随して強化された鋼のような足も、ビトールには通用しない。

 とうとう戦う武器までも失いかけているアリッサは、必死に思考を巡らせた。


(まずい……このままじゃ……!)


 元々、アリッサは感情が顔に出やすいタチである。その表情を見て思考を読み取ったビトールは鼻で笑った。


「ふっ、無駄ですよ。策なんかありません。おとなしくついてきてくれれば、痛い目に合わなくて済みますよ?」

「はっ、ナメんじゃないわよ!」 


 虚勢を張るものの、一向に状況を打開する術が思いつかない。すると、ビトールは呆れたように溜め息を吐き、首を左右に振りながら口を開いた。


「はぁ、やれやれ。それじゃあ」


 ビトールの眼差しが恐ろしく冷たいものに変わる。


「強制的に、行きます」

「っ!?」


 今度こそ、ビトールの姿を捉えることができない。為す術もなく殴り飛ばされ、アリッサは民家に突っ込んだ。

 

「ぅ、うぇ……!」

 

 突っ込んだ先の壁が薄い木材でできていたため、激突のダメージは少なかったが、腹部に感じたあまりの衝撃に吐寫物を撒き散らす。

 しかしすぐに顔を上げ、ビトールの姿を見失わないように目を凝らした。


「はぁ、はぁ……あいつ、は?」


 姿が見当たらない。すぐにでも追撃を仕掛けてくると踏んでいたアリッサは、この予想外の間を訝しむ。

 だが、次の瞬間に聞こえてきた悲鳴で全てを悟ることとなった。


「いやぁぁ!! 離して!!」


 アリッサの体がピクリと跳ねる。慌てて外に飛び出してゆくと、屋根の上でビトールがエマの腕を掴み、ブラリと持ち上げていた。


「ちょっと……なにしてんのよ!!」


 叫んだ後、駆け出そうとする。しかし……。


「っえ?」


 体が言うことを聞かず、その場に前のめりに倒れ込んでしまった。

 既に体は限界を超えている。ギャビンの時とはまた違う、今まで感じたことのない感覚に戸惑いを覚えるアリッサ。


「ぬ、あああああ!!」


 それでも歯を食いしばり、ビトールとエマの所まで飛び上がってゆく。それを見てビトールは少し驚いたような表情で言う。


「……今度のは効いたと思ったんですがね……意外とタフなんですね……」

「その手を、離しなさいよ……!!」

「ほう?」


 ビトールは恐怖ですすり泣いているエマを一瞥した後、アリッサの方に向き直った。


「この子を助けるために? ……あなたの嫌いな獣人ですよ?」

「……うるさい!!」


 アリッサは蹴りを繰り出すも、完全にいつものキレは失われていた。それは片手が塞がっているビトールでも簡単にいなせるほどで、足を振り抜いた後も体がよろけてしまっている。

 ビトールはアリッサを見下しながら、軽くそのわき腹を蹴り上げた。


「あぅっ!」

「アリッサさん!」


 呻き声を上げながら地面にゴロゴロと転がってゆく。ビトールもそれを追うように屋根からストンと下りた。


「く、そ……」

「おや?」


 アリッサは再び立ち上がる。足もプルプルと震えており、風が吹けば倒れそうだ。しかしそれでもアリッサは折れなかった。


「しぶといですね……まあ本気を出せばすぐに終わるのですが……ここは趣向を変えましょうか」

「……性格、悪いわね。速やかに目的を遂行するタイプかと思ったわ……」

「ええ、意外と。人の苦しむ姿は良いものです。そうですね……」


 パン、と思いついたように掌を叩いたビトール。これまで微妙な変化しか見られなかったその表情が醜悪に歪む。


「あなたは……確か獣人の盗賊団に両親を殺された。そうですね?」

「え……?」


 一歩ずつアリッサに近寄りながら、ビトールは語りかける。しかしそれに真っ先に反応したのはアリッサではなく、宙吊りにされているエマであった。

 ビトールはエマを無視しながら、言葉を続ける。その口調はまるで、アリッサの心を揺さぶるかのような説得じみたものだった。


「家族で旅行に出てる途中の出来事だったと聞いてます……それ以降、あなたは獣人を見るだけで殺意が芽生えるんでしょう? たとえそれが、完全な獣人じゃなかったとしても」

「……なんで知ってんのよ、あんたと言い、あのジャックってやつと言い……」

「重要人物の情報ですからね……この程度、聞き込めば簡単なものですよ……そしてその情報は組織全体に回っている」

「……チッ」


 アリッサは舌打ちの後、バツが悪そうに顔を背けた。ビトールはその目の前で立ち止まり、空いている手でアリッサの顔を掴み、強引に目線を合わせる。


「それが……どうしたことでしょう? ご両親のことなど、もうどうでもよくなったのですか?」

「違う!!」

「じゃあほら……はい」


 そう言ってビトールは、掴んでいたエマをアリッサの方に寄せた。その意図がわからず、お互いに目を合わせながら戸惑うエマとアリッサ。


「殴りなさい」

「……は?」


 しかし次に飛び出たビトールの発言に、アリッサは顔をしかめる。ビトールは尚もニヤニヤといやらしい笑みを浮かべていた。


「ほらこの子、ずっと泣いているでしょう? 目障りなんですよ。あなたが気絶させてくれたら、恨みも晴らせて一石二鳥じゃないですか」

「ふざけんな! 誰が! その子は関係ない!」

「なにを怒っているのです? こんな不完全な種族、こうしてしまえばいいんですよ」


 ビトールはあろうことか、エマを地面に向けて放り投げる。


「あうっ!」

「エマ!」


 ゴロゴロと地面を転がってゆくエマに、アリッサは慌てて駆け寄ろうと足を踏み出した。しかし、ビトールはアリッサの腕を掴み、それを阻む。


「なにすんのよ! 離せ!」

「いいですか、ラストチャンスとしましょう」


 笑いながらも、ビトールの目に強烈な殺気が籠った。そのあまりの威圧感にアリッサは足が竦み、黙り込む。


「あのガキを黙らせておとなしくついてこい」

「っ……!」

「そうすればお前の身の安全は保障してやろう」


 心が揺れる。ここで逆らえば何をされるかわからない。超人的な力を手にした時から感じたことのない恐怖に、アリッサは屈してしまいそうになる。

 エマの方を見やり、思い悩んだ。


 ――獣人なんて死ねばいい、アタシは自分の身が大事なの。


 アリッサの弱い一面が顔を出し始める。なんとかこの場を凌いでおけば、いつかは仲間が助けに来てくれるだろう。エマのことなんて見捨ててしまえばいい。

 それでも……。


「イヤよ」

「あぁ?」


 アリッサは首を横に振った。


「あの子のことを任されてるの。ここで裏切ったりしたら、アイツや、仲間達に顔向けなんてできない」

「……そうかい」


 言葉を交わした直後、ビトールの拳が突き刺さる。アリッサは体をくの字に曲げながら飛ばされてゆき、とうとう意識を失った。


「さて、足でも切り落として持ってくか……目覚めた時、抵抗されても面倒だ」


 ビトールの魔の手がアリッサに迫る。地面に転がったまま、エマは顔を上げてボソリと呟いた。


「……アリッサ、さん……」


 そのエマの手に、光が灯る。

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