達人兄弟
とある建物からは火の手が上がり、街の人々は逃げ惑っている。
アリッサはその快足を駆使し、あれからすぐに街に辿り着き、騒ぎの元凶と接触していた。そこに居たのは逆立った金髪にジャラジャラとしたアクセサリーが目立つ、派手な男だった。
身長も180センチを超え、鋭い目付きで威圧感を振り撒いている。
「アンタがあのディエゴってヤツの弟ね?」
「……」
アリッサが声をかけると、その男はギロリとアリッサとエマの方を睨みつけた。エマはそれに怯え、小さく「ひっ……!」と悲鳴を上げる。
「アンタの狙いはアタシなんでしょ? 街を壊すのはやめなさい」
「……」
「ちょっと! 黙ってないでなんとか言ったらどうなのよ!?」
「……あなたがアリッサさんですか?」
風貌の割には言葉遣いが丁寧だった。落ち着き払ったその喋り方、低い声のトーンは冷たさを感じさせる。
「……そうだけど?」
「そうですか。申し遅れました。私はディエゴの弟のビトール、あなた方二人をお迎えにあがりました。」
「……二人?」
「ええ、アリッサさんとそちらのお嬢さんです」
ビトールは鋭い眼光をエマに向け、言い放つ。エマはアリッサの服の裾を掴んで怯え、アリッサの顔にはわずかながら動揺の色が見える。
「どういう事よ? なんでこの子まで……」
「……説明する義理はありませんが……そうですね、一言で言うならば、その子が精霊に近い存在だからです」
「精霊に? どういう……」
「お喋りはここまでです」
ビトールはアリッサの言葉の途中で襲い掛かってきた。かなりのスピードだがディエゴほどではなく、かろうじてだが動きを目で追う事ができる。
アリッサは放たれたビトールの右拳を左の膝蹴りで迎え撃つ。全力の一撃が交差し、鈍く重い音が衝撃と共に広がった。
「なん、で?」
「軽いですね」
その結果、体勢を崩したのはアリッサだった。咄嗟だったとは言え、今の一撃には上手く力を乗せる事ができていた。しかし敵の攻撃にはそれ以上の力が込められていたという事か。
加護の力を超えるほどの一撃。アリッサが純粋に力負けしたのは初めての事だ。そして生まれた隙は、敵が追撃を仕掛けるのには充分だった。
「つまらないです」
「チッ、なめんな!」
すぐさま振り下ろされた左拳は空を切る。紙一重で攻撃を避けたアリッサは右足の一蹴りで地面をめり込ませ、一瞬にしてビトールから距離を取る事に成功する。
「エマ! ここにいて!」
「は、はい!」
アリッサは民家の屋根に上り、そこにエマを下ろしてからビトールの方に向き直った。
「っ、早い!」
見ればビトールはすぐそこまで迫っていた。先程から表情を一切変えないところは兄と似ているようだ。アリッサはエマからビトールを遠ざけるため、先に仕掛けた。
「はあっ!!!」
蹴り出した衝撃でアリッサの乗っていた屋根が大きく崩れた。エマは慌てて立ち上がり、転びながらも安全な部分まで退避する。
ビトールはアリッサの飛び蹴りを右の掌で受け止め、左で叩き落そうとした。しかしその寸前でアリッサは体を捩り、足でそれを弾く。
今度はビトールが体勢を崩すも、空中ではアリッサも思うように動けず、二人はそのまま着地する。
「ほお……正直見くびってました。なかなかやるようですね」
「……ずいぶん上から言ってくれるじゃない」
「ええ、上ですから」
二人の攻防は再び始まる。打撃が交差する毎にズシリと音が響き、激しい戦闘が続く。
しかしそれから十数分後、目に見えて両者に差がついていった。アリッサは息を切らし、額に珠の様な汗を滲ませている。それに比べてビトールは未だ、眉一つ動かさない。
「くっ……」
「やっと体が温まってきたので、そろそろ本番としましょうか」
「ふざ、けんじゃないわよ……」
完全に分が悪い。敗北、その二文字がアリッサの頭に浮かぶも、すぐにその考えを振り払う様に首を振った。気合を入れ直すために自らの頬を張り、ビトールを睨みつける。
「まだ心は折れませんか」
「当たり前でしょ? アタシは……負けない!」
アリッサは駆け出した。
「ぷぷっ、ほれほれどうした!」
「……あんた……何者っすか……ごふっ」
雄介の前でディエゴは肩膝を着いて呻いていた。雄介は勝負が始まる前とは打って変わり、いつものふざけた調子に戻っている。
「毎度毎度、最強の忍者だって言ってんだけどなぁ? なんで誰も覚えてくれないんだろうか? どう思う?」
冗談交じりにディエゴに問いかける。しかしディエゴは渋い顔で黙ったまま、言葉を返そうとしない。
完全に無表情だったディエゴが、今は苦しそうに顔を歪めているのには理由がある。既にディエゴの片腕は無く、口と鼻からは大量に血を流していた。
「まあいいや。とりあえずさ……質問するのはこっちだから」
雄介は右膝でディエゴの顎を打ち抜き、顔面を跳ね上げた。勢いに負けて、ディエゴはゴロゴロと後ろに転がっていく。
「どうせ変身するんだろ? 早くしてくんない?」
「う……ぁぅ」
口を開こうとするも、顎が砕け散っており上手く声にならない様子だ。ディエゴは失神寸前まで追い詰められているが、必死に気力で意識を繋ぎ留めていた。
「うう……がっ!? あ、頭が……あ、あ、ああああ!!!」
すると、その体がボコボコと変形を始める。いつ見てもグロテスクで、雄介は少しだけ不快そうな表情を浮かべながらそれを見守った。
「おお、次はそう来たか……」
馬の様な下半身に盛り上がった筋肉。、青く変色した体。目は赤く、顔はグチャグチャに歪んでいるものの、その見た目はいわゆる『ケンタウロス』だった。
体は大きく膨れ上がり、雄介は一転してディエゴを見上げる形となったが、怯んでいる様子は一切無い。
「あーあ、あんたのせいっすよ……今度は確実に……殺す」
「良かった。理性はちゃんと残ってたんだな。尋問できなくなったらどうしようかと」
雄介はニヤリと笑い、ディエゴに歩み寄っていく。絶対的な力を手に入れたはずのディエゴだったが、雄介の放つ空気に当てられ、心にわずかな緊張を宿していた。
「だめだな! お前もう負けてるよ!」
ディエゴが雄介の言葉に耳を傾ける事は無い。全身を強張らせ、一歩ずつ迫る雄介を凝視していた。
「びびったら負け。こういう時はそう相場が……」
気付けば雄介はディエゴの下半身である馬の背に乗っていた。
「決まってるんだなー」
「ギェアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
雄介がその場で軽く足踏みをすると、馬の胴体が真っ二つに切断された。血飛沫が舞い、ディエゴの絶叫が木霊する。
「……アリッサ……俺が行く頃までに倒してなかったら説教だかんな!」




