ひょうきんな達人
所長室には大きなソファが対面になるように二つ、その間に小さなテーブルが一つ置かれている。他には医学の本がギッシリ詰まった本棚が壁際に配置されており、奥にはエマの小さな体に似合わぬ大きめの机が鎮座していた。
雄介は勝手に給湯室にお茶を入れに行こうとしたのだが、それはさすがにと止められていた。その代わりエマがお茶菓子と共に入れてきてくれたので、現在はソファに座りながらそれをすすっている。
「エマちゃんは他の猫人さん達とはちょっと違うよね? はーふさんなのかな?」
「うぅ、なんで話し方がそんな子どもをあやすみたいな感じなんですか!! ……クォーターです」
「へえ、やっぱりそのくらいじゃないとそんな感じにはならないのか」
雄介は話しながらテーブルの上のお茶菓子を頬張る。薄い茶色の焼き菓子で、程よい甘さが口の中に広がってなかなかに美味だった。それをお茶で流し込んでいると、エマが少し俯きながら口を開いた。
「クォーターってかなり珍しいんですよ? ハーフまでなら見た目もそんなに変わんないんですけど……おかげで小さい頃はよくいじめられたり……」
「今でも小さいから気にすんなって」
「なんて事言うんですか!」
エマが暗い事を言い始めたので雄介は即座におどけてみせた。ここで謝ったりしたらお互い気まずくなるケースが多い事を知っていたからだ。エマのプンプンと怒る姿も拝めて一石二鳥だ。
「もう! 私はこう見えても……」
「こう見えても?」
「もう11歳なんですからね!」
「おう、割と予想通りだ」
猫人は年齢の割に容姿が幼く、実は30でした、というオチを危惧していた雄介は内心ホッとしていた。
「いやぁエマちゃんはすごいなぁ。そんな歳で所長なんて……頑張って勉強したんだな、偉いぞー」
「そ、それほどでも……エヘヘ……はっ! もう! 子ども扱いしないでください!」
ふふっと軽く微笑んだ後、雄介は手に持っていた湯呑みを置いて急に真面目な表情に変わる。
「いいじゃん、それより聞きたい事があるんだけどさ……」
エマはその様子を見て若干身構えながらも言葉を返した。
「もう……なんですか?」
雄介は両手を脚の上に乗せ、深くソファに腰掛け直してから言葉を発した。
「エマちゃんってさ……ひょっとしてかなりの天才だったりする? 医療界ではかなり有名だったりとかさ」
「……天才かどうかはわかりませんが、そこそこ名は通ってます。回復魔法の使い手自体かなり少ないですし……」
「回復魔法がどれだけ凄いのかは俺はよく知らないけど……それでも君はかなりの使い手なんじゃない? 違う?」
「……そうですね、はい」
雄介は大きく息を吸い込んで、吐き出す。そして腕を組み、上半身を軽く前に倒しながら考え事を始めた。エマは雄介の次の言葉を待ちながら視線を送っている。
(まあそうじゃないとこの歳で所長なんてありえねえよな……別に回復魔法が使えるからと言って所長である必要は無いはず……それなりの有名人なら看板として据えとくのもまあ納得……か)
そして雄介は再び口を開いた。空気が次第に重みを帯びていく。
「回復魔法ってさ、使い手が限られるのはやっぱり難しいから? 生まれ持った特別な才能ってやつ?」
「特別な才能……は関係ないと思います。単純にすごく複雑なんですよ。精霊の力に近いとも言われてますし」
精霊、という言葉に反応した雄介は頭の中を必死に整理しながら問う。
「精霊の力って言うと? 回復魔法は精霊と関係あるの?」
「これはあくまで言い伝えなんですけど……回復魔法は大昔に精霊が人間に授けたもので、それ以外の魔法は人間が編み出したものらしいんです」
「そうなんだ……」
少しずつとある謎が紐解けてきた。雄介は足りない頭に鞭を打ち、思考を巡らせていく。
(そういう事……なのか? でもまだ判断材料が少ないな……まあ急ぎの話でもないし保留しとくか)
しかし普段頭を使っていない雄介は行き詰まり、それまで考えていた事を頭の片隅に追いやった。そして少し冷めてきたお茶を一気に飲み干す。それを見たエマが気を使って声をかけてきた。
「あっ、お茶のおかわりを……」
「いや、大丈夫」
エマの言葉を遮りながら雄介はソファから立ち上がり、ドアの方まで歩いていく。そしてドアを開けながら振り向き様に口を開いた。
「話付き合ってくれてありがとう。お茶とお菓子ごちそう様。俺あいつの病室まで戻るよ」
「あっ、はい。えっと、面会時間は……」
「大丈夫、そんなに長居はしないさ」
そう言って雄介は所長室から出て行った。階段を上り、奥のアリッサがいる病室まで歩いていく。アリッサに対して気を使わないと決めている雄介はノックも無しにドアを開け、中に入っていく。
アリッサはベッドに大の字になりながら寝転がっていた。目元がだいぶ赤く、泣き腫らした事が窺える。
「よお、ちっとは落ち着いたか?」
「……うっさい」
雄介は窓の方まで歩み寄り、窓枠に手を掛けながら外を眺め始める。しばらくの間お互い無言の時間が続くが、やがて雄介が振り向いてアリッサに声をかける。
「あの子エマちゃんって言うんだってさ、かなり良い子だったぞ」
「……だからなに?」
「知ってたか? お前発見された時グッチャグチャだったらしいぜ! ははは! 笑える!」
「なにがよ!! アンタホンット最低ね!!」
上半身を起こし怒鳴ってくるアリッサを笑った後、雄介は言葉を続けた。
「あの子が治してくれたんだってよ。お礼は言っとけ、最低限の礼儀だ。どんなに憎んでる相手でもそれができないやつはガキだぞ」
「……なによ、偉そうに。大して歳も変わんないくせに」
「まあ人生の密度の違いだな! そんなんだからお前は……ッププ、なんでもない」
「アンタ今胸見たでしょ!!!」
少しだけアリッサも元気を取り戻してきたようだ。雄介は内心ホッと息を吐くが、そんな二人の前に急に姿を現した男がいた。
何も無い空間から突如姿を現したという事はその人物の正体は決まっているようなものだ。
「っ!? 『スクラン』!」
「よお、遅かったな」
しかし両者の反応は真逆だった。アリッサは慌てて身構えるが、雄介は腕を組みながら余裕の表情で声をかけた。
「てっきりアリッサが一人の時に襲って来るもんだと思ってたのによ」
男はかなり小さい。身長は恐らく150センチ前半といったところで、薄い茶色の髪の毛を後ろで一つに結っており、その長さは床に届きそうな程だ。
顔つきは物語に出てくるような狐に似ていて、切れ長の糸目だった。全身を真っ白の服で包んでいる。
男は雄介の言葉に全く顔つきを変える事なく返事をした。
「いんやぁ! なんせ急にアリッサさんの反応が消えちゃったらしんすよ! でも反応がついさっき戻ったらしいんで! いやぁ生きててくれて良かったぁ!」
「ええ!? 見た目の割に喋り方がひょうきん過ぎんだろ!!」
雄介は思わず驚いてしまった。無表情のままなのに弾んだ声でその口調は反則だ。
おかげで内容が少しも頭に入っていなかったが、つまりは死にかけていたので気配が薄れて探知できなかったという事だ。多少のラグがあったのは、回復魔法がその特殊な波動で探知を阻害していたためである。
そんな事を知る由もない上に、知る気もない雄介は男に向けて言い放った。
「俺は最強の忍者、猿飛 雄介だ! お前も名乗りやがれ!」
「へい! あっしはスクランの幹部、ディエゴ・サバラインっす! 特技は体術! 以後お見知りおきを!」
「ぶふっ! やべえアリッサ! 俺こいつと友達になりたい!」
「何言ってんのよアンタ! バカじゃないの!?」
雄介はこのノリがツボに入ってしまったようだ。全く表情を変えないのにやたらノリが良い。敵として出会っていなければ間違いなく「ディエゴ! 一杯行こうぜ!」と誘っていただろう。
「はー、さて、んじゃ闘いますか……その前に、っ!?」
場所を変えよう、と提案しようとする雄介の目の前にディエゴは一瞬のうちに移動していた。そのまま雄介の胸倉を掴み、反対側の壁まで勢い良く叩きつける。
「グフッ……!」
「っ! この、いきな、り!?」
アリッサは雄介の方を一瞬見やり、すかさずキッとディエゴを睨みつけようとした。しかしそこにはディエゴの姿は既に無く、背中に大きな衝撃が走る。
いつの間にか背後に移動していたディエゴは、アリッサの背中を蹴り飛ばしていた。相変わらず無表情なその顔は、口を開いた時とは打って変わって不気味さを醸し出している。
アリッサはベッドから弾き飛ばされ、一際大きな物音を立てながら壁に衝突した。
すると何やら病室の外で階段を駆け上がるような音が聞こえてくる。やがてガチャリとドアが開き、慌てた様子のエマが中に飛び込んでくる。
「な、何事ですか!? すごい物音が……え?」
見覚えのない不気味な人物と痛みに顔を歪める二人が目に入り、エマは絶句した。しかしオロオロと雄介とアリッサを交互に見た後、エマは思い切って口を開く。
「あ、あなたは一体、なんなんですか?」
ディエゴはエマのその言葉を無視してアリッサに追撃を仕掛けようと歩み寄る。先程の移動とは違い、ゆっくり一歩一歩近づくディエゴに言い様のない恐怖を覚え、悪寒が走るエマ。
しかし……。
「こ、この人に何する気ですか!? 私の患者に手を出さないでください!」
エマは間に入り、両手を広げてアリッサを庇う。雄介はそれを見て慌てて立ち上がり、声を上げた。
「エマ! やめろ!」
ディエゴは右拳を肩の位置まで持ち上げ、無情にもそれをエマ目がけて振るおうとする。しかしエマの頬に当たる寸前でピタリと静止し、ボソリと呟いた。
「……了解っす」
次の瞬間、ディエゴは姿を消した。エマはふるふると震えながらその場にへたり込む。
「エマ!」
雄介は呼びかけながらエマに駆け寄る。そしてその細い両肩をガシっと掴み、顔を覗き込んだ。
「大丈夫か!? さっきのは当たってないよな!? 怪我は!?」
珍しく雄介はだいぶ慌てていた。問いかけるもエマからの返答はない。顔を見ようとするが俯いてばかりでその表情は窺えなかった。
雄介はエマの前で床に両膝を着いている状態だ。しばらく心配に思っていると雄介は不意に膝に温かみを感じ、視線を下に向ける。
……水溜りができていた。
そして再び目線をエマの顔に戻すと、今度はバッチリと目が合う。涙と鼻水でえらい事になっていた。
「……よしよし、ごめんなー」
「ぶぇぇぇえええええ!!!」
雄介はエマをぎゅっと抱きしめた。




