ネコ耳の少女
突っ走ること数分、いい加減に疲れてきた雄介はおとなしく忍法に頼る事にし、風船を膨らませて『めるへにっく・ばるーん』を展開した。そしてさらに移動すること数時間、とある街が雄介の目に入ってくる。
地上に降り立ち、雄介はその街の門をくぐって中に入った。
「おお」
特に何の変哲も無い街だ。『ロクシ』の様に鉄の街でもなく、『エーノ』の様に商業都市という訳でもない。地球で言うところの西洋風の街並みで、特に栄えている訳でも寂れている訳でもない。
「おおお……!」
しかし雄介の様子がおかしかった。なぜか興奮しているようだ。
「おおおおお!!!」
その視線はこの街を行き交う住人達に向けられていた。鼻息を荒げる雄介に奇異の視線が集められるも、そんな事はもう気にならない。
「……獣耳の美少女はどこへ行ったぁぁ!!」
途端に雄介はその場に蹲り、床にバンバンと拳を叩きつける。その表情は絶望に染まっていた。
そう、ここは獣人達が暮らす町だった。当然行き交う人々は皆、獣人な訳なのだが……。
「リアル過ぎる……そこまでしなくても……」
現実は甘くない。人間に獣耳や尻尾だけを付けたような美女など存在するはずもなく、かなりリアルな獣人さん達がそこらを歩いていた。
街の人々は皆、下は革のズボンを穿いているが、上は衣服などは身に着けていない。代わりに体毛がフサフサだった。顔も完全に動物がベースで、正直雄介の好みとはかけ離れた物だ。男か女かすら判別できない。
「はあ……まあ聞き込みして何にも無かったらすぐに出よう……」
雄介は立ち上がり、近くを歩いていた獣人の一人を捕まえて声をかけた。
「あの、すいません」
「っ!? あ、は、はい、なんでしょう……?」
その獣人は声をかけられ、なぜか思い切り驚いたような表情で雄介の事を見ていた。雄介は前にゴンザレスの言っていた事を思い出しながらその事に疑問を抱く。
(おかしいな……獣人は人間なら大抵は快く迎えてくれるんじゃなかったか?)
先程の奇行が原因かも知れないが、気になった雄介は思い切って尋ねてみる事にした。
「えっと、怪しい者に見えちゃったりなんかしてます……?」
「あ、いえ! ただ、あなたが猫人族の言語を喋ってるので、それで」
『猫人族』、聞き慣れない言葉が出てきた雄介は一瞬戸惑うが、街中を見回して納得する。
(なるほど、猫ベースの獣人ばっかだ)
この世界で猫と言うものが雄介の世界の猫と合致しているのか、全く違うものが雄介の忍法『自動翻訳』で猫と訳されているのかは定かではない。しかし確かにチーターやトラなど、ネコ科の生物ベースの獣人しかいなかった。
「いやぁ、なにせ僕は秀才なもので! あらゆる言語は思うままですよ!」
「え? あぁ、凄いんですね……」
「それで本題なんだけど、ここに他に人間って来てません?」
雄介は精一杯秀才らしく振舞うも、目の前の猫人の反応は乏しい。気にせず本題を切り出すと猫人は「うーん……」と唸り出し、やがて思い出したように顔を上げた。
「ああ、そう言えば数時間前に人間が空から降ってきたとか騒ぎになってましたよ?」
「それだ! その人どこにいるんすか!?」
「え? ああ、診療所に運び込まれたって聞きましたが……」
「どこですか!? それはどこですか!?」
「えと、こっちです」
猫人に案内されながら雄介は診療所まで移動する。普通に歩いているだけだが、街の獣人達は雄介に珍しげな視線を送っていた。
この街は特に観光地な訳でもないので人間その物が珍しい。しかも普段関わりを持つ事が無いので人間の言葉を喋れない者も多かった。
「ここです」
「ありがとうっす!!」
雄介は急いで中に入っていった。そして受付に立っている猫人に声をかける。
「あの! ここに人間が来てるって聞いたんですが!」
「うわぁ! ビックリした……えっと、人間の方なら二階の奥の……」
「しゃっす!!」
言葉を最後まで聞かないで雄介は階段に向かった。だが走ったりはしていない。病院内は走らず、お静かに、こういうところはなぜかきちんと守る男だった。
そして二階の奥の病室に辿り着き、ドアを静かに開ける。雄介はそこで美しい光景を目にした。
時刻的にはまだ日が落ち始める前、病室の窓は開け放たれており、爽やかな風が室内へと木々の香りを運び込んで来ている。窓の前には背の高い木がその根を伸ばしており、葉が太陽の光を受けて燦々と輝く。
柔らかな木漏れ日に照らされ、白いベッドの上でまどろむ少女。切り取ればそれだけで名画になり得るだろう、静寂さえもがその空間を彩っていた。
そこにいたのは赤い髪に紅の瞳を持つ少女、アリッサだった。
「ってお前かーい!!!!」
「ひぎゃ!?」
スパーン! と小気味良い音が病室に響く。雄介の手にはどこから取り出したのかハリセンが握られていた。アリッサはたまらず飛び起き、慌てながら辺りを見回した。
「なに!? なにが起きたの!?」
「気持ちいい。ハリセンってやっぱ良いね! 開発した人誰なんだろう?」
チャンバラトリオだ。それはそうと、見れば雄介の手からは既にハリセンは消えていた。しかし飛び起きたばかりのアリッサはそもそも何で叩かれたかもわからず、雄介をキッと睨みつける。
「アンタ! 寝込みを襲うなんて、ホント下衆野郎ね! 今度こそ……!」
「ひどい言われようだな。まあ落ち着け、周りを見てみろ」
「そんなごまかしがアタシに効くと思ってるの!?」
「いいからほれっ!」
「ふぎゅ!!」
雄介はアリッサの顔を両手で掴み、グリンと向きを変えさせた。アリッサは抵抗しようとするも、その見覚えの無い光景を見ておとなしくなった。
「え? ちょっと……どこよここ」
「覚えてないのか?」
アリッサのいる病室は多少狭いが個室だった。人間という事で特別扱いだったのか、単に病室が空いてたからなのかは定かではないが、おかげで今の騒がしいやり取りも誰にも咎められる事はない。
しかしコンコン、と病室のドアをノックする音が聞こえてきて雄介は眉間にシワを寄せた。
(やべ、ちっとうるさかったかな?)
そんな雄介とは裏腹に、アリッサは状況が飲み込めずに目をパチクリさせている。アリッサに代わって雄介が「はい」と短く返事をするとドアが開かれた。
「あ……目を覚まされたんですね? 良かったぁ……」
現れたのはとびきりの美少女だった。白衣を着込んでいる辺りを見ると病院の関係者だろうか、それにしては幼すぎる。しかしそんな事は雄介にとっては些細な事だ。
「待ってた。まじで待ってた。君のような逸材を待ってたんだよ」
「え? ふぁ……頭、撫でないでください……」
雄介念願の獣耳美少女だ。人間で言えば小学校高学年くらいの女の子にネコ耳と尻尾が付いている。パッチリ二重がチャーミングなオレンジ色の髪の女の子だ。
どちらかと言えばナイスバディーが好みな雄介は欲情こそしないものの、思わず愛でたくなるような可愛らしさだった。
「いやぁ、かぁいいね、お嬢ちゃん俺の妹にならないかい?」
「い、妹!? こ、困りますぅ……」
「おいアリッサ、お前……も……?」
雄介はニヤニヤしながらアリッサの方を振り向いた。すると先程まで病室や周りの様子を窺っていたアリッサがこちらを睨みつけていた。正確には雄介が頭に手を置いているこの少女をだ。
しかもその目つきはいつも雄介がふざけた時に向けられるそれではない。どこか冷たさを帯び、憎しみが込められたものだった。
「こんのぉ……!!」
「ひゃ!?」
「おい!」
アリッサは足に力を込め、勢い良く少女に飛び掛かっていった。雄介は慌てて間に入り、アリッサを制止する。少女は驚きのあまり後ろに倒れ込んでしまった。
「お前何してんだよ!?」
「どいて! どきなさいよ!!」
「ふざけんな!! おい、君!! ちょっと逃げててくれ!!」
雄介が声をかけると、尻餅をついていた少女は慌てて立ち上がり、涙目になりながら病室を後にした。アリッサはそれを見て追いかけようとするも、それを雄介が羽交い絞めにして抑え込む。
「離して! 離せぇ!!」
「落ち着け!! 一体どうしたんだよ!?」
フー、フーと荒く息を吐くアリッサは雄介の言葉に怒鳴るようにして答えた。
「……獣人なんて、みんな死ねばいいのよ!!!」




