太陽の一撃
雄介とアリッサは怪物と化したカルディナから目を背けずに会話を始める。
「メデューサ……? なによ、それ」
「俺の世界の怪物の名前さ。ちょうどあんな感じなんだ」
カルディナの頭からは蛇の様な細長くてウネウネとした生き物が無数に生えていた。華奢だった体も膨張し、体中の至る所で血管が脈を打っている。
そして例の如くその瞳は赤くギラついており、美しかった顔は見る影もない。唯一の面影はその白い肌ぐらいだった。
(……なんでだ? なんかが引っかかる……ギャビンの時はミノタウロス、こいつはメデューサ……)
雄介はカルディナの姿を見てその不気味さに顔を歪めながらも、なにか違和感を感じていた。思考に気を取られ、目の前の敵への注意が疎かになる。
「ちょっと! ボケっとしてんじゃないわよ!」
「うお!!」
雄介が確信に至るあと一歩の所でカルディナは襲い掛かってきた。いつの間にか目の前まで迫っていたカルディナ。頭の生物が雄介の喉笛を噛み千切ろうと伸び、うねる。しかしそれを間一髪で避け、雄介とアリッサは距離を取った。
「あれ!? ってか俺今あいつの目見ちゃったけど大丈夫なのか!?」
「目? 何の事よ?」
「こっちの話だから気にすんな!」
見た目はメデューサだが目を見た相手を石化させる力までは備わっていないらしい。それに少し安堵した雄介は堂々とカルディナの目を見据えながら声を上げた。
「その力さえ無ければお前なんて大した事……」
「シネエエエエエエエエエ!!!」
雄介の言葉を遮りカルディナは絶叫した。そしてそれと同時に周囲に大量の氷柱(つらら)が発生する。
魔法で作り出されたその氷柱は人の体など簡単に貫いてしまいそうなほど鋭利で、囲まれた二人は慌てふためいた。
「嘘でしょ!?」
「これはやべえ……!」
そして一斉に全方位から射出されたそれが雄介とアリッサを襲う。もう一刻の猶予もない。この絶体絶命のピンチを脱するべく雄介はとある忍法を発動させようと覚悟を決めた。
「仕方ねえ! 忍法! ……っ!?」
しかし突如二人の周りに突風が巻き起こり始めた。その風は襲い来る氷柱を削り、吹き飛ばしていく。何が起こったか理解できない二人は周りを見回しながらうろたえた。
「今のって……」
「ゴンちゃんだ!」
見ればゴンザレスはまだ遠方で横たわっているが、その瞳は雄介とアリッサの方をしっかりと見据えている。ゴンザレスは二人のピンチを察し、体の痺れと闘いながらも魔法を発動させていた。
「ギ……邪魔しやがってぇぇーー!!!」
「おっと! そうはさせねえよ!」
カルディナはゴンザレスの方をその赤い瞳で睨みつける。そして怒りのままに魔法を放とうとするが、その前に雄介が動いた。カルディナの腹部を踏み台に、右の膝蹴りを顔面に叩き込む。
「ギギッ!?」
綺麗にシャイニング・ウィザードを決めた雄介は空いている左足でカルディナの肩を蹴り飛ばし、反動で距離を取る。カルディナの頭の生物が雄介の喉笛を噛み千切ろうと近くまで伸びてきているが、紙一重の所でそれを避け、雄介はアリッサに向けて叫んだ。
「アリッサ!!」
「任せて!!」
アリッサはすかさずカルディナの胸元まで飛び込んでいく。そのままカルディナの喉に飛び蹴りを入れた。メキメキと嫌な音が響き渡り、確かな手応えがアリッサの足に伝わる。
「ぁぅ……ぁ……!」
カルディナは喉を潰され、苦しげに呻いている。しかしアリッサと雄介の追撃は止まる事を知らない。アリッサは蹴った反動で後方へと舞い、その下から再び雄介が迫っていた。
雄介は留守になっている足を払い、カルディナは体勢を大きく崩す。足払いの勢いのまま雄介はその場に屈み、それを飛び越えてアリッサが風を切りながら突っ込んだ。
「ァギ……!?」
腹部にアリッサの渾身の飛び蹴りを受けたカルディナは弾き飛ばされていく。カルディナは雄介とアリッサのコンビネーションによって絶え間なく攻撃を加えられ、如々にダメージを蓄積させていた。魔法を発動しようとしても二人がそれを許さない。
「ぅ、ぁ……」
地面をゴロゴロと転がるカルディナは距離を取ろうと、すぐさま体勢を立て直そうとする。
「残念、あんたここで終わりよ」
しかし目の前には既にアリッサが立っており、カルディナを見下ろしていた。
「さっきはよくも痛めつけてくれたわね」
「ヒッ……!?」
アリッサは先程の光景を思い出していた。自分だけならまだしも動けないソフィアまで魔法で傷つけた。そんなカルディナに対しての怒りがフツフツと込み上げる。
そんなアリッサに怯えたカルディナは、尻餅をついたままジリジリと後退していく。魔法を発動させるような心の余裕は既になかった。
「ハアッ!!」
「ぉ……!!!」
アリッサは右足でカルディナの体を空高く蹴り上げる。既に普通の人間なら落下した時に即死するような高度に達しているが、アリッサはカルディナの下に跳躍し、さらにそこから蹴り上げた。
やがて落下してきたアリッサはズズンと地面に大きな音を立て、着地する。
「これでトドメ……」
そして両足に渾身の力を込め、跳び上がる。瞬く間に高度を上げ、上空を舞っていたカルディナをいとも簡単に越えていった。
「おお……なんかかっけえ」
雄介からはアリッサとカルディナの姿が太陽に重なって黒い影のように見えている。一方の影がその体を捻り、もう一方の影に向かってその足を打ち下ろす。
「……ァァァァァァアァアアアアア!!!」
打ち下ろされたカルディナの叫び声が地上に近づくにつれて大きくなっていく。そしてそのまま隕石の如く落下したカルディナは、爆音と共に地面に突き刺さった。
沼周辺の地面は柔らかく、深くめり込んでいるため姿こそ確認できないが、気配が如々に小さくなっていくのを感じた雄介はカルディナの下へと駆け寄っていった。
するとそこではカルディナがブツブツと恨み言を呟いていた。体はほとんど黒い泡となって消えてしまっている。
「お……前が、お前、さえ……」
その表情から感じ取れる感情は憎悪だった。憎しみをぶつけられ、睨みつけられた雄介だが、いつものような軽い調子で返した。
「まああれだ、ドンマイ」
「く、そ……」
カルディナが完全に消え去ったのを確認した時、背後からズズンと大きな音がした。雄介は振り返り、音の方へ向けて歩き出しながら声を上げた。
「よお、お疲れ」
「……ふん」
声をかけられたアリッサは、腕を組みながらバツが悪そうに顔を背けた。雄介は両手をポケットに突っ込みながらいつものように軽口を叩く。
「どうした? お得意のツンデレに付き合ってる暇は無いぞ?」
「だからそのつんでれってなんなのよ!! ……まあいいわ。他の冒険者も傷を負ってるし、早く街に知らせに行かないと」
そこまで話し合ったところで、遠くの方からズドドドとこちらに突進してくるような音が二人の耳に入ってきた。
「何かしら?」
「……」
雄介の表情が一気に曇った。ガタガタと震え始め、大量の冷や汗をかいている。
「やつだ……やつが、来る……」
そうポツリと呟き、雄介は逃げたくなる衝動をグッと堪えながら葛藤し始める。
「ゴンちゃんとソフィア、見捨てて逃げる訳には……特にソフィアをあんな怪物の前に置いとけない……きっと食われる……」
雄介の頭の中ではもう女でも、ましてや人間でもないらしい。やがて体の震えを抑えながらカッと目を見開き、雄介は覚悟を決めた。その様子をアリッサは終始「コイツ何やってんの?」と冷めた目で見ていた。
「やってやる! 俺は最強の……」
音の正体が近づいてくる。その姿が目に入り、雄介の震えは大きくなった。
「最強の……」
その人物は何やら布の様な物を体に巻きつけている。服は先程雄介が蒸発させてしまったためだ。
「俺は……」
その人物が雄介に向けて叫ぶ。
「裸見た責任取れやゴラァァァァ!!!」
「ヒィィィィィィ!!!」
雄介は即座に駆け出した。アリッサが「え? ちょ!?」と言っていたが雄介の耳には入らない。
「無理!! やっぱ無理!!!」
「待たんかいワレェェェ!!!」
ゴリ子の恐怖には勝てませんでしたとさ、めでたしめでたし。




