カンニングスキル
こいつは俺の女だ、そんな後で冷静になった時に死にたくなるようなセリフを言い放ち、雄介はケイラの下へと駆けて行く。
「『ミスティ』」
それを見たケイラは不敵に笑い、ある魔法を発動させた。一瞬にして辺りに霧が立ち込め、目の前がかろうじて見える程度まで視界が奪われる。
雄介は一瞬戸惑うものの、すぐさま思考を切り替え、相手の位置を探る事に集中する。
(……後ろか)
次の瞬間後ろからケイラの放った光球が飛んできた。それを体を捻り紙一重のところで避け、光球の出所へと一気に距離を詰める。
「ビンゴだ!」
「なっ!?」
予想通り目の前にケイラが現れた。自分を探し当てた事にケイラは驚き、隙が生まれる。雄介は走った勢いのままボディに右拳を叩き込んだ。
「ぐふっ!!」
それを受け、ケイラの体がくの字に曲がる。しかし踏みとどまり、追撃を仕掛けようとした雄介の目の前から素早く移動し、再び霧の中へ消える。
(……後ろに回り込みつつ、距離を取ってるな。遠距離から魔法で攻撃するつもりか?)
させるか、とボソリと呟き即座に雄介はケイラを追う。すると横から槍のような物が数本雄介に向かって射出される。
基本的にこの部屋の罠は、ケイラが敵と定めた者が特定の場所を通る事によって発動するように魔法で制御されている。
(右から四本、左から三本)
しかし雄介にとってはそんな理屈はどうでも良かった。
雄介はそのまま前へと滑り込み、まとめてそれらをやり過ごした。その状態から転回で体勢を立て直し、さらに距離を詰める。
この男は止まらない。床から突き出る刃を飛び込みでかわし、天井から降ってくる矢の雨の隙間を縫うように避ける。
(燃える音……三つ)
突如空間に発生した火球すらも感知していた。火球の大きさはサッカーボールより少し大きいくらいだ。
左上方から飛んできた一発目を上体を反らし回避、右から足元に飛んできた二発目をそのままバク転で避け、前方から腰付近に飛んできた三発目は垂直に飛ぶ事で避けた。
(そっちか!!)
そして雄介はケイラの前へと躍り出る。
「な、なんで!?」
「……チッ!!」
この魔法の使用者である自分以外に今のこの部屋でまともに動ける者などいるはずが無い。ケイラは激しく動揺した。
そして雄介は女の顔を殴る事に若干躊躇いを覚え舌打ちをした。しかしここで引く訳にはいかない。
「がはっ!!」
雄介は右拳を振り抜いた。たまらずケイラは床を転がる。
「チッ、『フレイムウォール』」
追撃を仕掛けようと飛び掛かる雄介の目の前に高さ2メートルほどの炎の壁が展開された。すんでの所で止まるも体勢を大きく崩した雄介。即座に『フレイムウォール』を解除し、上半身を起こしたケイラはさらに魔法で仕掛ける。
「ファイアー……」
「『絶影』!」
しかし一足先に雄介が忍法を発動させた。『絶影』は足元を見れば見破られてしまうが、一瞬の撹乱にはうってつけだ。
突如姿を消した雄介にケイラは思わず動きを止める。そして雄介はケイラの真上でその姿を現した。
「なっ……」
時がゆっくりと流れる。ケイラの表情は驚愕の色に染まっている。目の前の少年は魔法を使ったのだろうか、魔法を使えるならなぜ今まで接近戦に徹していたのか。様々な事が頭に渦巻く。
(攻撃魔法だけが使えない……? それとも今この時のためのフェイク?)
雄介はにやりと笑い、口を開いた。
「くたばれ!!」
「待っ……!!」
雄介はケイラの脳天に渾身の踵落しを叩き込んだ。これはさすがに効いたのか、ケイラは力無くその場に沈み込んだ。
すると辺りの霧が晴れ、ベッドの上の娘、部屋の隅で怯えているソフィアとマシューが目に入ってきた。
「ユ、ユースケ……倒したの?」
先程と変わらず弱々しく尋ねてきたソフィアに、雄介は答える。
「ああ、楽勝だ」
「で、でも……さっきの状態で、どうやって……?」
当然の疑問だった。敵の本拠地で、こちらは視界すら奪われてしまった。圧倒的不利の状況をどうやって覆したというのか。
「んーまあ集中すれば気配くらい読めるからな」
「……え? ……すごい!! ユースケ……かっこいぃ……」
ソフィアはどこかうっとりした表情だ。瞳はキラキラ輝いている。頬を赤く染め、その様は恋する乙女そのものだった。ちなみに後半の言葉はボソボソと呟くように言ったため、雄介の耳には届かなかった。
(これ戻さなきゃダメっすかね?)
これはかわいい、もうソフィアだけはそのままで良いんじゃないだろうか。雄介は本気でそのような事を考えていた。
ちなみに元は普通の高校生である雄介が、気配だけで敵や罠を見抜けるのは一体なぜか。
(カンニングするために周りのペンの走る音だけで誰が何を書いてるか判断する訓練、無駄じゃなかったみたいだな!!)
授業中に絶えずそんな事をやっていた。しかも小学生の頃からずっとだ。なぜ普通に勉強する気にならなかったのか。
弛まぬ努力の結果、雄介は見事その技術を習得し、足音や物音だけでどこに何があるかまで把握できるまでになっていた。
ちなみにそれでテストの点数が取れるようになったかと言うとそうでもない。何を書いているかはわかるが、誰がどの問題を解いているかが把握できなかったからだ。
これに気づいたのは高校一年の期末テストの時で、結局その時は赤点を連発していた。
その後雄介達はとりあえず村まで戻る事にし、家の中を探索している時に見つけた縄を持ってきてケイラをがっちりと縛る。
その時はこの縄が何に使われているのか見当もつかなかったが、ケイラの本性を知った今、完全にこれはプレイ用だと理解してしまった。
縛っている雄介としては複雑な気分だった。ちなみにクリストファーの娘はギャーギャーとうるさいので、こちらも無理やり縛って連れ帰る事にした。
そして森を抜け、『めるへにっく・ばるーん』で再び飛ぼうとしたが、縛られている二人も風船に乗せると明らかに窮屈だった。
なので縄の端を雄介が持って吊るしながらムローネの村へと帰還する。
「帰ったぜ!」
「おお!! ユースケさ……ん……?」
村に戻ると村人が出迎えてくれたが、縛られている娘を見たクリストファーはかなり複雑な表情をしていた。
娘は今も尚ギャーギャー騒いでいて非常にうるさい。ちなみにケイラは途中で目を覚ましていたが、こちらは対照的に静かなものであった。
「えっと……ユースケさん……娘のそれは、一体……?」
雄介はクリストファーの問いにハッキリと答えた。
「いや……あの……せっかくなんで」
「何が!?」
さすがに気まずかったのでふざける事にしたようだ。




