9.家庭教師から学校長へ
トラレンファ伯爵家の斜向かいにある旧男爵邸を改装して作られた冒険者養成学校は開校前からすでに話題になっていた。
今までの常識では考えられない、冒険者に技術や心構えを教えるということ。それだけでも信じられないことなのに校長はあの『模倣』スキル持ちのハルマンなのだ。
なんにせよ話が大きくなりすぎているので、俺はいったん実家へと戻った。
「信じられん…… あのハルマンが学校の校長だと?」
そうつぶやいたのはハルマンの兄で騎士団長を務めているスギュレ=ハイブリッヅである。彼は弟と異なり『騎士剣術』という恵まれたスキル持ちだ。
つまり今までの苦労や苦悩を全く理解できていない。実の弟とは言えハルマンが十五歳から冒険者になっていかに不遇だったのか知る由もなかった。
ただ、彼の持つスキルでは器用貧乏でそこそこの生活が精いっぱいだと考えていた。それだけに社会的な成功者の仲間入りできるとは思っていなかったのである。
久しぶりの実家ではハルマンの出世を喜んだ両親がささやかながら宴席を設けてくれた。なんといっても貴族とのつながりができたのだから喜ばしい。
準男爵家といってもしょせんは平民である。貴族との付き合いはほとんどない。
「ハルマン、すごいじゃないか。大出世だ。さまかおまえが貴族様の後ろ盾を得るとはな。全く驚かせてくれる」
「父上、これも模倣なんてスキルを見出してくれたお嬢様のおかげです。俺に向いている職を世話してくれただけでなく、自身の努力で実った成果を俺のおかげだと大々的に広めてくれたのですから」
「本当に良かった。あなたがどう生きるのか、冒険者になんてなってこの先生き残れるのか心配で仕方ありませんでしたよ」
「母上、心配には及びません。良くも悪くも俺は自分の限界を良く知っています。だから今までも無理をせず背伸びをせずにやってきました。多少バカにされることはありましたが、日々生きていくには困らない程度でしたけれどね」
伯爵から与えられた報酬の一部を仕送りとして両親へ渡し、ハルマンはうれしい再会を楽しんだ後、また男爵家へと戻って行った。
◇◇◇
帰りの道すがらハルマンは兄とのやり取りを思い出していた。
『それにしてもハルマン、お前のスキルは『模倣』だろう? 冒険者としてもCランクで頭打ち、指導者なんて務まるのか? 冒険者に教えるならそれこそSランクの英雄か、騎士団でそれなりの地位に上り詰めたものがふさわしいと思うのだが?」
『兄さん』
俺は兄さんの言葉を優しく遮った。
『超一流の騎士やSランク冒険者が教えたら新人はどうなると思う?』
『どうなるとは? 最高の技術を学べるだろう』
俺は苦笑しながら答えを口にした。
『それは違うんだ。一流の教えは凡人にはなかなか理解できない。特に感覚的なことはなおさらさ。剣を構えてズバッと切る、なんて言われてもできないんだよ』
『だが教育とはそう言うものだろう? 現に騎士団でも厳しい訓練について行けたものたちだけが残っていくものだ』
兄スギュレ納得できない様子である。だが俺は構わず持論を展開するのみだ。
『俺には才能がない。自分で何かを編み出すこともだれにも真似できない技術もないのはわかりきっている。だが俺は一流の動きを模倣することで凡人へ順序立てて教えることができる。指導者に必要なのは超一流の戦闘力じゃない。死なせないための知識と知恵、そして技術を継承することなんだよ』
兄はしばらく俺をじっと見つめていたが、やがて大口を開けて豪快に笑った。
『これはまいった! 昔からお前は屁理屈が得意だったが、まさかそんな風に自分の短所を活かす道を見つけると花。面白いぞハルマン、お前がどこまでやれるか、この兄が見届けてやる。場合によっては騎士見習いを入校させよう」
『わかってくれてうれしいよ。俺自身がこの先生き残るためにも必死で頑張るさ』
◇◇◇
そして、ついに冒険者錬成学校の開校式の日がやってきた。開校と言ってもまだ校長兼講師が一人の小さなものだ。だがそれは第一歩とも言える。
講堂に集まったのは七名の生徒たち、貴族の子弟が三名、冒険者見習いが四名で、いずれも伯爵やギルドの紹介だった。
十五歳から二十歳前後の駆け出しの冒険者に落ちこぼれの魔術師たち。それと来年王立学園を受ける予定の貴族の子らだ。彼らの目は不安と不満で満ち満ちている。
「あの校長ってあの年でCランクのロートルらしいぜ」
「マジかよ。Sランク冒険者が教えてくれるんじゃないのかよ?」
「模倣スキルなんて器用貧乏の役立たずだろうに……」
ヒソヒソと囁かれる雑音。壇上に立った俺は静かに口を開いた。
「静かに」
別に怒鳴ったわけじゃない。だが確実に全員へ声は届いた。俺は見定めるように集まった生徒たちを見渡す。
「ここにいる全員に言っておく。お前たちは全員特別ではない凡人だ」
ザワッとちた空気が流れる。ぶつぶつと不満を垂れているものが多いが、中には憤って悪態をついているものまでいる始末だ。
「事実を言われて頭に来るならそれが今の自分の立ち位置だと考えるんだ」
俺は冷ややかに言い放った。それは今まで俺が言われてきたこととそっくりであり、それ自体が模倣とも言えた。
「本当に才能がある天才なら、今頃こんなところにはいないはずだ。ここにいるのは自分の力に限界を感じているか何から始めていいか分からないごく普通のものたちだけのはずだ。そして何を隠そう、講師を務める俺自身がまさに天才たちにさげすまれてきた筋金入りの凡人だ」
生徒たちが息を呑む。一体コイツは何を言っているんだと言う目で見ている生徒たちもいる。
「だがな、凡人だからといって簡単に死んでいい理由にはならない」
俺は腰の訓練用木剣を抜いて頭上へと掲げた。
「冒険者の死亡理由の八割はモンスターの強さじゃない。自分の実力を過信した無謀な行動、基礎技術の不足による誤った行動だ。俺たちは天才ではない。だからこそ基礎の基礎が必要になる」
集まった生徒たちが息をのみ次の言葉を待っているように感じる。俺がそうであるように、こいつらも俺を値踏みしているのだろう。
「この中で剣に自信のあるやつはいるか? いたら前へ出てきてくれ」
すると大柄な冒険者風の青年が出てくる。どうやらすでに冒険の経験があるが、伸び悩んでいてギルドから指名された生徒だろう。
「よし、好きに打ち込んで来い。本気でいいぞ?」
「っ! ふざけるなよロートルのくせに。叩きのめしてやる!」
血気盛んなその男子生徒は用意してある木剣に手をかけ一気に斬りこんできた。それは自己流で荒っぽい冒険者特有の剣筋だ。
だが俺は兄であり騎士隊長のスギュレが使う受け流しの型をもって軽くいなす。あっけなくかわされた生徒は俺の後ろでバランスを崩した。
そのまま振り向いて頭上へ剣先を示して敗北を教える。
「そんなバカな……」
「これが現実だ。おまえたちは俺をバカにするかもしれない。だがその域にも達していないのが良くわかるだろう。だが俺を超えることができれば冒険者ならCランクに手が届く。努力と才能次第ではさらに上を狙えるだろう」
さらに言葉を続ける。
「俺は決しておまえたちをS級冒険者にすることもないし、王立学園への合格を確実にすることは無いだろう。だがその入口へ立たせることはできる。この学校はそのために基礎の基礎を教える場所、生き残るためにな」
俺は木剣をしまい周囲の生徒たちを見回した。どうやら全員が本質を理解してくれたようだ。
「ここで教わればアンタを超えることができるんだな?」
「まあ努力次第だな。しかし教え子は半年で俺を超えていったぞ?」
再び目の前がざわつく。信じられないのか大げさだと思っているのかはわからない。だがさっきまでの顔つきとは変わったことは確かだ。
「それと、俺はアンタじゃない。ハルマン先生だ。みんなよろしくな」
こうして冒険者養成学校は、無事開校を迎えたのだった。




