8.家庭教師の安堵と驚き
王立学園入学試験の翌日、俺はピュアレーリアの後ろをてくてく歩いていた。なんといっても運命の合格発表である。
何の勢いかキスまでしてしまったのだ。これで落ちていたらもう命がないと思わなければならない。
だが本人に聞く限り試験はおおむねうまく行ったみたいだ。問題の剣技は基本に忠実に技を繰り出すことができたようだ。
魔法はもちろん青い炎を出すことができて歓声が上がったと聞く。筆記試験も八割くらいは埋めることができたようなので合格ラインに達していると思いたい。
受験人数は二百人を超えていて合格は約半数の九十人。果たしてどうなったのやら心配で昨日はロクに眠れなかった。
番号はわかっているがとてもじゃないが直視できない。頼むから合格していてくれと祈ることしかできない自分がもどかしかった。
「ハルマン! あった! 私の番号! 合格だわ! やったー!」
「本当か!? どこだ!? お、おおおお! 本当に合格してる! やったなリア、おめでとう!」
「ありがとうハルマン! ううん、ハルマン先生! 私、人生で一番うれしいわ」
感極まったのか、ピュアレーリアは大粒の涙をポロポロとこぼしている。それを見て思わず俺までもらい泣きだ。
だがそれは俺たちだけではない。受かったのか落ちたのかわからないが、ここにいるほとんどの者が泣いていた。中には声を上げて号泣しているヤツまでいる。
それほどの難関だということだろう。そんな学校に俺の家庭教師人生初の生徒が合格したなんて―― これがうれしくないわけがない。
だが一つ気になるのは番号の横に一人だけ印がついていることだった。もしかして補欠とか?
入学手続きに行き、そのことについて聞いてみると――
「ああ、百二十四番のピュアレーリア=ユウスト=トラレンファさんですね。あなたは主席合格となります。入学式で新入生代表挨拶をお願いすることになりますからそのつもりでお願いしますね。文面はこちらで用意してありますので入学資料と一緒にお渡しいたします」
途中までは聞いていたけどまさかの主席!? 俺は自分のことでもないのに緊張していた。もちろん当人も大緊張中である。
だが決まってしまったものは仕方ない。ピュアレーリアには諦めて頑張ってもらうしかない。というかこればかりは助けることなんてできないのだ。
だがそれは俺が勝手に思い込んでいたものだった。入学まではあと二か月ある。それまでのすらすら読めるよう、練習相手として屋敷に残ることになった。
まあ生活が保障されるのをかれこれ半年も続けてきたので、もうすっかり安定になれてしまっているのは確かだ。
これがあと二か月ぶら下がっているのに投げ捨てて冒険者へ戻る!? いやいやそれはありえない。実はリアと過ごすのは結構楽しいし。
モテない三十路に春が来たなんて気分、今だけしか味わえないのだから環境に甘えておこう。
そう開き直った俺は、伯爵の勧めもあり遠慮なく磯和らせてもらうことにした。何点と言えば毎日なんどか入学のスピーチを聞かされることくらい。
合間には引き続き剣技と魔法の訓練をしている。勉強は俺が教えることなんてなにもなかった。そもそも試験対策をしただけで勉強を教えたわけじゃない。
合格祝いで何度もパーティーは行われたし、なぜか親類やほかの帰属にも紹介されたりなんてこともあってちょっとした有名人気分も味わえた。
そして入学まで一か月が迫ったころ事件は起きた。
「先生? ハルマン! ねえ、私の合格報酬だけどね? お父様が上乗せしてくれると言ってるのよ?」
「うん、試験前に約束したからな。半年分じゃなくて一年分出すって言ってくれてたよ。それがなにか?」
「それ以外にもうひとつ、私も協力したんだけど報酬と言うよりプレゼントかな?」
「プレゼント? 本当なら俺からあげないといけない気もするけど、こないだのレイピアでいいんだよな?」
「もちろんハルマン先生からのプレゼントはそれで決まり。もううれしくて抱いて寝たいくらいだもの。でもそうじゃなくて私とお父様からのプレゼント、受け取ってもらえるかな?」
「なんでそんなにもったいつけるんだ? いったい何をくれるって言うのか気になるじゃないか」
「じゃあ近所までお出かけしよう」
ピュアレーリアはなんなのかをはっきりさせないままに屋敷を出て外周沿いにテクテクと歩いていく。俺はそのあとをついていくしかない。
それは本当に近所で、伯爵邸の斜向かいだった。
「はい、プレゼントはこれでーす」
「ええっ!? まさか屋敷!?」
「半分正解、でもこれはただのお屋敷じゃないのよ? 実はね―― 学校なの」
「学校って―― もう入学が決まったんだから必要ないだろ?」
「ハルマン先生の素晴らしい指導力、こんなところで埋もれさせておくなんて世界の損失だわ。だから私、トラレンファ家の権力と人脈をお父様に使ってもらったの」
「それがこの―― 学校?」
ダメだ、話が全く見えてこない。いったい何のための学校なのか。まさか同じように王立学園に入学したい生徒がいっぱい通ってくるんじゃないだろうな。
それは近いようで遠い答えだった。
ピュアレーリアは一枚の羊皮紙を俺に突きつける。そこには冒険者ギルドとトラレンファ伯爵家が共同出資して設立する学校の設置についての共同声明だった。
◇◇◇
<冒険者育成学校設立について>
ハルマン=ハイブリッヅを校長兼筆頭教員に任命する
入学は貴族の子弟に限らず広く募集し、冒険者を希望する場合は
Dランク相当までの育成を行うものとする。
貴族の場合は武術と魔法の基礎教育を行い、将来的な王立学園への
入学前対策を行うものとする。
上記について下記を後見人とする
冒険者ギルド代表、シャルム=イーストリ
貴族代表 アンドレウス=メイスト=トラレンファ
◇◇◇
「なんだこりゃ! お、俺の名前が書いてあるぞ!?」
「ええそうよ! だってあなたが教えるんだもの! 才能がないと虐げられ傷つき死んでいく若き冒険者たちに、生き残るための知見を授けてほしいのよ」
俺はもうこのまま気絶してしまいたい衝動に駆られていた。




