4.家庭教師のやりがい
実際に指導を始めてからはまあまあ順調だった。とはいっても魔法の才が思っていたよりも高かったのが主な理由だ。
ほかの科目に比べると魔法の覚えは相当に早く、ひと月もたつといっぱしの冒険者程度の腕前にはなっているように思える。
「そろそろ俺が使える呪文は無くなってしまいそうだな。なんでこれで才能無しだなんて決めつけたのか、今までの家庭教師をぶん殴ってやりたい気分だよ」
「魔力量にあわせて詠唱までの時間を変えるなんて知らないのでは? それこそ感覚的にできてしまうからとか? 私も今では時間を測らなくてもできるようになってきたもの」
「そうだな、最後は感覚をつかめるかどうかだ。でも魔力量は増やそうと思ってどうにかできるもんじゃない。それは立派なリアの才能だよ」
「えへへ、そうかな。ハルマンにほめられるとうれしい。もっといっぱいほめてくれてもいいのよ?」
「そうだな、次の武術訓練でもほめたくなるように頑張ってほしいもんだ」
「そ、そうね…… 頑張るわ!」
「ただし、魔法も呪文が使えるだけじゃ実戦では役に立たない。テストと同じで緊張せずに発動できないと意味がないからな。」
「つまり実際に魔物に出会ったときにちゃんとできないと――」
「最悪は命に係わるってことだ。魔法使いが命を落とす場合の理由は主に二つ。魔力切れと焦りだ。どちらも自己管理ができていないことで陥ることで、上級者でもそれは同じことさ」
「それにはやっぱり慣れなのかしら。試験とは関係ないかもしれないけど、できるに越したことは無いわよね?」
「そうだな。もう少したったら一度くらい実戦を経験しておくのもいいかもしれないなあ。Fランク依頼で街から出るのは薬草採取くらいだがな」
「じゃあ薬草についても学ぶ必要があるわね。そのためには今やっていることもしっかりできて余裕が持てないとだわ」
「よくわかってるじゃないか。それじゃ次の時間も張り切って行こうか。逃げるには魔術師だって多少の戦闘力は必要さ」
小休憩の後は武術の時間だ。こちらはまだまだ時間がかかりそうで、いまだ筋力アップに励む日々である。
それでも足さばきはだいぶ形になってきて、剣を持たない訓練もあと少しと言ったところまでは来ていると感じていた。
「はい、前前、後ろ後ろ、右右、左左、前、左、右、前、後ろ、左、右、右――」
「はああ、疲れた…… ハルマンったらいつになく厳しい……」
「おかしいな? 褒めてほしいと言っていたはずなんだが?」
「そうね! まだまだ頑張るわ! そういえば冒険物語を読んでいるとよく空中へ飛び上って切りかかるなんて場面があるけれど、そういうのはやらなくていいの?」
「そんなのお話の中だけで実戦向きじゃない。飛び上ったら方向転換も防御もできなくて的になるだけだろ? それに人間はそんなに高くも遠くにも飛んだりできないからな。突拍子もないことは忘れたほうがいい」
「なるほどね。それってハルマンや上級者でもおなじことなの?」
「そうだよ。あえてジャンプするとしたら足元の攻撃をよけつつ攻撃に転ずる時や、ワニのような固いうろこを持つ魔物を相手に体重をかけたいときくらいさ」
「私みたいに体重が軽かったら余計に意味がなさそうね。そう言う場合はどうしたらいいのかしら」
「相手の柔らかいところを狙うことだな。つまり相手の特性を知ることが重要になってくる。例に挙げたワニなら腹が柔らかいから表皮を避けて切りつけるとかな」
「冒険者とはただ強ければいいものでもないのね。ちゃんと勉強が必要だと言うことに改めて驚くわ」
「才能任せである程度できてしまうのも冒険者だけどな。俺にはそう言う能力がないから観察は重要なんだよ」
「勉強することがどんどん増えていくけどできていくことも多くて楽しいわ。これほど充実しているのもハルマンのおかげだわ」
「じゃあその感謝の気持ちを合格で返してくれよ? 俺も一緒に喜びたいからな」
「ええ、もちろん!」
引き続きステップの練習をしていくが、腕を上段へ掲げたままなので相当きついだろう。それなのにあきらめずについてくるその根性は見上げたものだ。
これならもう剣を持っても大丈夫かもしれない。俺はそんなことを考えながら次の訓練について思いを巡らせる。
「そう言えば王立学園の入試で使えるのは剣だけなのか? 槍やグレイブとかレイピアや弓でもいいのか?」
「そうね、護身用に扱えればなんでもいいはずよ。お兄様が剣を使っているから私も考えなしに剣を選ぼうとしているけど槍のほうがいいのかしら」
「槍は剣よりも腕力が必要だから論外だ。だが女性ならレイピアを選んだほうがいいかもしれないぞ。剣よりも軽いし重心が手元にあって操作しやすいからな」
「レイピアね。わかったわ、お父様へ相談して家にあるか聞いてみる」
「もしなかったら細身剣でも構わない。実訓練に入る前には決めておきたいから、どちらか用意できたほうで進めることにしよう」
「それじゃもう武器を持っての練習に入れるの!? 確かに大分腕に力がついてきたと思ってたのよ。ハルマンったらちゃんと見ててくれてるのね」
ピュアレーリアはそう言いながら力こぶを作って満面の笑みを浮かべた。
「それじゃ俺がリアの腕廻りをジロジロ見ている変質者みたいじゃないか。最近は腕が下がらなくなってきているからそう判断したんだぞ?」
「理由はなんでもいいわ。ちゃんと成長を見ていてくれていることがうれしいのだから。あー、とても楽しみだわ。いっそのこと新しいものを買い求めようかしら。家にある武具類はほとんどが古くて汚れているのよ?」
「練習用だから使い潰せるようなものがいいがな。最初は失敗して曲げてしまったり折ってしまったりするもんさ」
「ではハルマンからみてもう十分扱えると思えたときには一緒に買いに行ってちょうだいね。王立学園に入学するときにはその武器を持っていくわ」
「そうだな、その域まで達することを願ってるよ。それじゃステップ再開だ!」
こうしてこの日は一番遅れていると思われる武術、つまり身体鍛錬を重点的にこなして一日を終えた。
それにしてもピュアレーリアの根気強さは大したものだ。よほど王立学園に入りたいのだろう。上の兄は二人とも通っていたらしいし、貴族社会ではある種のステータスだとも聞く。
俺にはてんで縁がないから詳しくは知らなかったが、領主や王族ですら試験を受けて入るらしいから受かれば相当うれしいだろう。
ひょんなことから始まった家庭教師だが、日に日に上達していく姿を見ているととてもやりがいを感じる。思わぬ副産物に俺は感謝していた。




