3.家庭教師の基礎の基礎
指導はまさに手探りだった。十五で冒険者になった俺にはまともな学校生活のような経験はない。もちろん教えることなんて今まで一度もないと言っていい。
それにピュアレーリアの課題はほぼすべてで多岐にわたった。王立学園の入学試験は文武両道の校風らしく学問から武術、魔法までそこそこできることが求められると言う。
この試験を突破することがいかに難しいかと言えば、階級とコネだけでは入れないと言えばわかる、と説明されたがまったくピンとこない。
とにかくすべての課題が平均以上にできないと入学すらできないことは間違いなかった。
まずは武術、つまり剣術から見ていったが、大前提として彼女は筋力がまったく足りていない。つまりすべきことはまず基礎鍛錬だ。
魔法に関しては初歩の魔力操作ができる程度で、こちらも実際に呪文を使おうとすると不発だったり暴発したりと散々だった。
最後は俺も得意ではない学問だが、こちらは他よりも幾分マシである。とはいっても実際に取り掛かると緊張が邪魔をして本来の能力を発揮できていないように見受けられる。
「うーん、これは重傷だな。正直言って俺にも経験がないので王立学園の入試に受かるかはわからない。だが精いっぱいはやらせてもらうつもりだ」
「やっぱり専門家から見ても落ちこぼれなのね……」
「そうとは限らんさ。まずは基礎の基礎が足りていないからそこから始める必要があるだろうな。今までの家庭教師がどう教えていたのか知らないが、いきなり実技を叩き込もうとしていたなら無理がありすぎる」
「ということは?」
「剣を振る前に体力づくり、魔法を唱える前に集中力を磨くことだな。学問に関してはまあまあの学力はあると思うが、テストをしてもらうと焦って時間が足りなくなるようだ。これは繰り返しで慣れるしかないが、それでも攻略法はあるんだよ」
俺は冒険者試験の前に教わったことを思い出していた。薬草や毒キノコの見分け方、足跡や糞の判別などをすべて覚えるのは難しい。
だからこそ一部でいいから間違いなく回答できることを積み上げていくと言う勉強方法だった。学問的な話で言えば、できる問題だけを先に済ませて、あとは簡単な順から消化していけばいい。
「なるほど、そうすれば最低限の点数はまあまあ取れて、時間切れに焦る必要も無くなるってことね! ハルマンったらとても賢いわ。今までそんなこと教えてくれた先生はいなかったもの」
「なにも上から順番にやらないといけない法はないってわけさ。やっているうちに点数も伸びていくだろうさ。地頭は良さそうだからな」
次は剣技に関してだが、こちらは基礎体力作りのために走るところから始めた。朝起きてからと夕食の前に屋敷の庭を走り回るのだ。
それもただ走るんじゃなく、庭園の中をあっちこっちへ行ったり来たりしながら縦横無尽右往左往と言ったように。これで持久力を鍛えつつ足さばきに必要な最低限の体幹も鍛えられる。
「だいたいダンスができるんだから足さばきはできて当然なんだがな。どちらもあっちこっちへ動くことは同じだろう? まあ俺はダンスなんてできないから想像だが」
「それじゃ私と踊ってみる? 模倣があるんだからすぐ踊れるようになるんじゃないかしら。それを訓練に取り入れるのはどうかしら」
「悪くない、悪くはないがなあ…… 俺がダンスなんて笑い草だよ」
「そんなことないわ。今のハルマンは伯爵家出入りの家庭教師だもの。見た目だって十分にステキなんだからもっと自信持ってよね」
「お世辞でもうれしいよ。ありがとさん。じゃあダンスは午前に組み込んでみようか。お茶の前がいいだろう」
そして魔法がなかなかの難問で、これは持って生まれた魔力量やセンスに影響される部分が大きい。だから俺もいくら模倣できても低級モンスターしか倒せないのだ。
「魔法に関してだが、あれこれ訓練する前に魔力測定へ行ってみたほうがいいかもしれないな。多すぎても少なすぎても難易度が上がるが、失敗は同じ症状として現れるから訓練方法も変わってくるんだ」
「そんなこと初めて聞いたわ。今まではこうパンを挟むように手の間に魔力を感じろとした…… まったく高いお金ばかりとってロクに教えてもくれない家庭教師ばかりだったってことね」
「魔法を習うときには教わらないもんなのかねえ。ギルドでは魔法使いになりたいと言っている奴を適正職へ導くことは当たり前なんだが」
「それで? どこで測定してくれるのかしら? その様子だと冒険者ギルド?」
「ああその通りだ。さすが頭の回転が早いな。明日にでも行ってみよう。来年受験ってことは今十五なんだろ? 冒険者登録するなら魔力測定は必須だからついでに登録してしまおう」
「まあ! それじゃ私も冒険者になるのね、ステキ!」
「実際に冒険に出るのかはまだ分からないけど、剣術か魔法の腕が上がれば試してみたくなるだろうし、その時は一緒に出掛けるのも悪くない」
「ああ、もう、ハルマンったら私の心を随分と揺さぶってくるのね! 私がんばるわ! それで冒険に出てドラゴンを倒すの!」
「いやいや、それ普通に死ぬから…… いいとこダイアウルフかキングボアくらいかな。初心者なら油断できない魔獣で薬草採取の途中で出会うことも多いから間引くにはちょうどいい相手だよ」
「それを目標に頑張るわね!」
こうして日々の方針は決まってきた。朝から走ってダンスしてから勉強でお茶の時間、昼を挟んで魔法の訓練と武術訓練にまたお茶だ。
そのあとは弱かったところを重点反復して、最後にまた走って一日が終わるといった感じである。
◇◇◇
翌日、俺とピュアレーリアは冒険者ギルドへ行き冒険者登録を行った。
「魔力量はBからAと言ったところですね。そこそこ多めなので中級魔法使いまではいけるかもしれません。もしくは魔法剣士ってとこでしょうか」
「テラノゾさん、ありがとうございます。でもまあ彼女は伯爵令嬢ですから見聞を広める程度でいいんです。魔法使い不足なのにお力になれなくて申し訳ありませんけどあまり熱心にスカウトしないでくださいね」
「あらそうでしたか。先日ギルドへ問い合わせがあって貴族様と面談したと言うのはこちらのお嬢様だったとか?」
「ええ、こちらはピュアレーリアさまで今の雇い主です。俺は家庭教師を引き受けましてね」
「ごきげんよう、ピュアレーリア=ユウスト=トラレンファと申します。王立学園の入試対策としてハルマン先生に教わることになりました」
「ご丁寧にありがとうございます。私は冒険者ギルドで受付をしているテラノゾと申します。ハルマンさんとは長い付き合いなんですけど、ここ数日来なくなっていたのでどうしたのかなと思っていました」
「心配かけていたならすまない。しばらくは家庭教師に専念するから滅多に顔を出さないと思うけど、ちゃんと生きてるから安心してくれ。もしなにか急用でもあるときはトラレンファ家に頼む。住み込みなんだ」
「それはずいぶんと大出世ですね。ここ数年はあまりいいことがなかったし、ようやく運が向いてきたのかもしれません。おめでとうございます」
「ありがとう、それじゃまたそのうち来るよ」
ギルドを後にして馬車へ乗り込むと、ピュアレーリアが興味津々で俺を覗き込む。その顔はなにか企んでそうな雰囲気である。
「ねえ、受付のテラノゾって女性、もしかしてハルマンのこと好きなんじゃない?」
「ぶはっ、まさかそんなことあるかよ。彼女はいつ誰にでも同じように接してるよ。心配してくれたのは、どっかで行き倒れてたりモンスターにやられてたりってのは当たり前の家業だからさ」
「なーんだ、つまらないの。じゃあハルマンには恋人がいないのね」
「いたら住み込みの仕事になんて飛びつかないさ」
「ふーん、じゃあ私は幸運だったってわけだ」
「かもしれないな」
俺は改めて独り身だと言われたことにガッカリしつつ、馬車の外を流れる景色を眺めるのだった。




