2.家庭教師の素養
突拍子もない話だ。それに伯爵令嬢の家庭教師なら報酬は今よりだいぶマシだろう。冒険者からの引退を考えていた俺には願ってもみないいい話なのは間違いない。
「だが断る」
「なっ……!? 即答で拒否ですって!? 伯爵家からの依頼なのよ!? 報酬ならきっと今あなたが稼いでいるより多く払えるわ!」
翌日、俺はギルドの個室でピュアレーリアお嬢様と対面していた。昨晩は酒も入っていてからかわれたと思い聞き流したのだが、翌朝ギルドに呼び出され正式な依頼だと言われたからだ。
「お嬢様? 落ち着いて聞いてくれ。俺はしがないロートル冒険者だ。学問の知識なら専門の家庭教師を雇えばいいし、武術ならそれこそ騎士団の上級騎士を雇えばいいだろう。伯爵家の財力なら幾らでも一流を呼べるはずだ」
「それができないから、あなたに頼んでいるというのがわからなくて!?」
ピュアレーリアは悔しそうに唇を噛み締め、か細い腕を振りおろしテーブルをバンッと叩いた。
「私は…… トラレンファ家の恥晒しなの。勉強も、武術も、何をやってもうまくいかない。家庭教師を何人もつけられたけれど、みんな才能がないと言ってすぐに辞めてしまうの。王立学園の入学試験まであと半年しかないのに!」
「才能がない、か……」
その言葉には胸の奥がちくりと痛む。そうだ、俺には痛いほどよくわかる。どれだけ努力しても生まれ持った才能の壁にぶつかって弾き返される絶望感……
「それに、一流の指導者って本当に最悪よ!」
ピュアレーリアは憤慨しながら言葉を続けた。
「誰も彼も『なぜこんな簡単なことが解らないんだ』『剣はこうしてサッと振ればいい』なんて感覚的なことばかり! 天才たちの教え方なんて天才にしか理解できないのよ!」
「なるほど、そうかもしれないな……」
俺は深く頷いてしまった。それは自分でも冒険者時代に何度も経験したことだ。さらなる高みを目指して上級冒険者にコツを聞いても「気合いだよ」「感覚で合わせろ」のオンパレード。
ヤツらのような『できるヤツ』には感覚でできてしまうから、できない人間のつまずくポイントが理解できないのだ。
「でも、あなたは違うでしょう?」
ピュアレーリアは真っ直ぐに俺の目を見つめた。
「あなたの模倣スキル、一流の剣技を見たなら七割くらいは真似できると聞いたわ。一流の魔法使いがいればその詠唱だって真似できる。一流の学者の解法だって同じこと。そして何よりあなたは才能がなくて凡人とののしられてきたからこそできない人間の気持ちがわかるはずよ!」
言葉が出なかった。俺の模倣スキルは、今まで自分の才能のなさを証明するための惨めな道具でしかなかった。
だがこの少女はそれを俺の長所、武器だとでも考えているのか!?
「お嬢様―― 一つ間違っているところがある。俺のスキルは見ただけで真似できるなんて便利なもんじゃない。一流の技を完璧にものまねできるが、再現できるようになるまでには泥臭い反復が必要なのさ」
「気を悪くしたならごめんなさい。簡単に生きて来たなんて思っているわけではないの。もしかしたら裁縫スキルを持っている私のほうが恵まれているのかも……」
「そりゃ確かに恵まれているかもしれないな。さっさと嫁に行って家に入るなら、だろうが」
「まさにあなたが言う通りよ。でもお母様は伯爵令嬢が裁縫なんてやるものじゃないとか言うし、お父様は上級学校なんて行けなくてもいい縁談を見つけてやるなんていうだけなの」
「そっか、お嬢様ってのも楽じゃないわけだ。それに―― 今の自分はまだ限界じゃない、見返してやりたいって気持ちもある、と」
ピュアレーリアの瞳がカッと見開かれる。ただでさえ大きいのに目玉が丸ごとこぼれ落ちそうで心配になる。
「わかってくれるのね! 私は何としても王立学園に合格して、お父様やお母様をあっと言わせたいの! そして未来を自分で決めたいのよ!」
「どうやらなに不自由なく暮らしていてもあきらめの悪いヤツはいるんだな。そして俺はそう言うヤツは嫌いじゃない」
「それじゃあ!」
「家庭教師、確かに承った。だが冒険者として出ることができなくなるからその保証はしっかりしてもらう。週に金貨一枚だ。半年後の入学試験に受かったら成功報酬として騎士の俸給相当額を半年分でどうだ?」
「そんな安くていいの!? もちろん問題ないわ。今までの家庭教師よりはるかに安いもの。もちろん住むところも用意するし食事も出すわ。それに着るものもね」
「そりゃ願ったりだな。伯爵家にふさわしいカッコは持ってないんで助かるよ」
「でも一つだけ決めごとを守ってほしいの。お酒は飲み過ぎないこと。私は酔っぱらいの匂いが好きじゃないのよね」
「くっ、背に腹は代えられないな。飯の時の一杯くらいはいいんだろう?」
「泥酔しなければお代わりもいいわ」
「それじゃいつからでもお構わない。よろしく頼むよ、お嬢様」
「お嬢様では堅苦しいわね。私のことはリアで構わないわ。こちらはハルマンでいいかしら?」
「もちろんだ。改めてよろしくな、リアさま」
こうして俺の家庭教師生活が始まることとなった。




