1.家庭教師の誘い
「模倣か…… だがハルマン、落ち込むな。これは呑み込みが早いということの証だ。何をやってもそこそこはこなせるさ」
五歳になった儀式の日、教会で神官から告げられた自らの保有スキルを聞いた僕は小さな拳をぎゅっと握りしめた。
同じ五歳で『騎士剣術』を授かった十歳上のスギュレ兄さんは、花形の強力なスキル持ちということで、すでに領地の騎士団へ入隊し早くも頭角を現し始めていた。
優雅で力強く誰からも頼られる憧れの兄…… 僕もあんな風に剣一本で名をはせる格好良い騎士になりたかった。
しかし僕に与えられたのは『模倣』だ。他人が行う動作や技術、果ては癖まである程度再現できて自分の物にできるという器用貧乏な能力である。
「父さん、僕にも剣術ができますか? 騎士になれますか?」
「そうだな…… 形だけならなんとかなるだろう。だがなハルマン、本物の強さというのは『模倣』の先にあるんだ。型を真似できてもそこに宿る力や才覚まで真似できるわけじゃない」
父の言葉は幼い僕の胸に重く突き刺さった。そして成長するにつれ、その言葉の本当の意味を痛いほど思い知らされることになる。
◇◇◇
我が家は準男爵家のため金持ちの貴族ではない。つまり領地を持たないため次男の身では継ぐべき財産はほとんどないのだ。この先生きていくためには自分の腕一本で稼ぐしかなかった。
俺は十五歳で家を出て王都の冒険者ギルドに登録した。目指すは一流のSランク冒険者だ。成り上がって実家に仕送りでもして父さんに認めてもらう。そう意気込んで家を出た。
冒険者になったばかりのころは模倣スキルが便利だと感じることが多かった。ベテラン剣士の足さばきを見ればすぐに再現できたし、弓だって構えを見れば一発で的を射抜くことができた。
魔法だって同じことだ。魔法使いの呪文と魔力操作を観察すれば初級魔法くらいなら即座に放てたものだ。
「おいおいハルマン、お前マジで何でもできるな! まさに万能だ!」
「次のダンジョン攻略、お前がいてくれりゃ助かるよ!」
駆け出しの頃は重宝された。器用貧乏ゆえにパーティーの穴を埋める便利な補欠として重宝されたのだ。
だがパーティのランクが上がり、より過酷な領域へと足を踏み入れるにつれて、俺のメッキは剥がれ落ちていくことになる。
「――ハルマン、悪いが今日でパーティーを抜けてくれ」
実績を認められ、とある上級パーティーからスカウトされてから約一年、突然リーダーからそう告げられた。
「どうして!? 俺は剣も魔法も、罠解除だって十分貢献できている。メンバーで言えば合格点に達しているはずだ!?」
「確かに悪くない。だが悪くないだけで合格点とは言えない。少なくともこれからオレたちが挑もうとしている旅には不足している。すべてが平均点のメンバーは不要なんだよ!」
リーダーやほかのメンバーは苛立ちを隠さずさらに吐き捨てる。
「お前の剣は形だけだ。本物の剣士のような重みも鋭さもない。お前の魔法は威力が低すぎて低級モンスターにしか効かない。罠解除だって時間をかければできるってだけだ」
「今後オレたち向かうのは一瞬の隙が死に直結する場所なんだよ。お前みたいな器用貧乏な『モノマネ』しかできない凡人では力不足なんだよ!」
「おまえの技術の中にはオレたちから盗んだものも含まれてるんだろ? そんなヤツといつまでも組んでいても得はねえってことだ!」
こうしてパーティーを追放された俺は風評被害にさらされ、別のパーティーに入れてもらえたとしてもまた追い出される日々が続いた。
模倣スキルはどこまで行っても『ものまね』『コピー』『偽物』でしかない。オリジナルの才覚を持つ者が鍛え上げた『本物』にはどう足掻いても届かない。
これは最初に父さんが言っていた形だけで才覚は真似できないという現実、それが俺の前に立ちはだかる絶対的な絶望だった。
それでも生き残るため、泥をすすりながらでも一人冒険者を続けた。無理な高難易度依頼には手を出さず、泥臭く採集依頼や街の警備、初心者用のダンジョン間引きといった、安全だが実りの少ない仕事を淡々とこなすしかない。
気がつけば今年で三十歳になり肉体的には下降線である。同年代の才能ある奴らはSランクやAランクに上り詰め讃えられているか、あるいは己の過信から命を落として散っていった。
俺はといえば、Cランクのまま頭打ち。体力も十代の頃のようにはいかず、ギルドの若い冒険者からは「おいおい、あの歳でまだあんな低ランクの仕事やってるよ」「ロートルだな」と影で笑われる日々だ……
「――はぁ、そろそろ潮時か……」
夕暮れ時、町のはずれにある川べりで俺は安酒のボトルを片手に溜息をついた。生き残るために冒険者になった。そして今日まで死なずに生き残ってきた。
だがこのまま体力が衰えていけば、いずれ些細なミスでモンスターの餌食だ。三十路になり俺は真剣に転職を考えはじめていた。
だが一体何ができる? 実家は相変わらず貧乏で頼れない。スギュレ兄さんは騎士隊長にまで上り詰めたというのに、俺は冴えないロートル冒険者のままだ。
他人に誇れる剣の技術も極めた魔法もない。それだけじゃなく特技と言えるものは何一つない。あるのはものまねが得意なだけで役に立たない模倣スキルだけ……
そんなことを考えながら川べりへしゃがみこんでいた俺と並ぶように、流れる川面に髪の長い女性の影が写る。
「何を黄昏れているの? ハルマン」
不意に澄んだ鈴の鳴るような声が頭上から降りそそぐ。力なく振り向くと、そこには上等なドレスを身に纏った一人の少女が立っていた。
透き通るような金髪に吸い込まれそうなまるまると大きな碧眼。年の頃は十四、五歳といったところか。
お付きの侍女を一人従え、貧民街にはまったくそぐわない高貴な雰囲気を漂わせている。
「――あんた、いや、どこぞのお嬢様か? こんな薄汚い町はずれにいったい何の用だ。チンピラにでも襲われたいなら他を当たってくれ ――いや待て? 俺の名をどこで……」
「いいえ、暴漢のたぐいには用無しよ? 私はあなたに用があって来たの。Cランク冒険者―― いいえ、ハイブリッヅ準男爵家の次男にして万能の『模倣』スキル持ち、ハルマン=ハイブリッヅにね」
少女は仰々しく、だが優雅にスカートの裾を摘んで一礼した。
「私の名はピュアレーリア=ユウスト=トラレンファ、トラレンファ伯爵家の長女です。ハルマン、私の家庭教師になりなさい。そして私を王立学園に合格させなさい!」
こいつは何を言ってるんだ? 俺は手に持っていたボトルで自分の頭をぶっ叩きたくなった。伯爵家のご令嬢がなぜ俺のようなロートル冒険者に家庭教師を頼む?
この突拍子もない出会いが、俺の器用貧乏な人生を大きく変えることになるなんて、この時の俺は知る由もなかった。




