30.三男の決断
次にやってきたのはリットだった。彼はこの学校一期生の中で一番の優等生だろう。正直言ってここへ来なくとも王立学園には受かっただろうが、トラレンファ伯爵と関係があったか構築したいかで入学してきたように思う。
「ハルマン先生、リット、入ります」
「やあお疲れ様。そんなに堅苦しくなくていいよ。今後について何か考えていることがあれば聞かせてもらおうと思ってやっていることだからね」
「今後―― ですか? 王立学園へ行く以外ということでしょうか」
「まあそれがあるなら聞かせてみてほしいし、卒業後にどんなことがしたいのか、そのために王立学園へ行くのだ、みたいなことでもいい」
「そうですね。王立学園へ行くのは兄たちも行きましたし父の方針であるからが理由です。その先の進路に関しては学びながら考えればよいとのことでした」
「では今はまだそのまで先のことは考えていないと? キミは三男だからいずれは家を出るのだろう? たとえばだが、ビクトールは公言しているように薬師になって自分の店を持ちたいという目標がある」
「彼は自分の方向性をきちんと言葉にできてすごいと思います。僕はまだそこまで考える力がなく…… ですがここへ学びに来たことは良かったと感じています」
「それはどういうところで?」
「今までは初級学校を出てから家庭教師に教わっておりました。中級学校へ通うことも考えたのですが、さすがに十歳そこそこで学園都市での寮生活は耐えられそうにありませんでした」
「そうだよなあ。王都には学校がロクになく、すべて学園都市に集中しているからな。でもよくお父上が許したね」
「父がと言うより母が僕をまだ手元に置いておきたいと言ってくれたので。上の兄二人は中級学校からずっと学園都市に行ったままです。そのせいもあったのでしょう」
「なるほど、それで家庭教師をつけてくれたと」
「はい、ですが、剣術は実戦形式のみでついていくのが大変でしたし、魔法も理解が難しくなかなか上達しませんでした。それがこちらへ通い始めてすぐに初級魔法ならすべて使えるようになってしまった」
「元から基礎ができていたからだろうね。それを扱う方法がわからなかっただけさ」
「ですが、魔力をコントロールして絞るなんて聞いたことありません。魔法自体も発動、詠唱、解放の三段階にわけるなんて考えたこともありませんでした」
「そうだな。一般的には発動と詠唱はセットだろう。剣術でも権を握って構えて振り上げて振り下ろす、と段階はあるだろ?」
「ですがそれも一つずつ試していくなんてことはしませんよね? しかも同時に足さばきや防御までやれといきなり言われるだけ。できればよし、できなければ才能がないとされるだけかと」
「スキルに頼った練習だとそうなりがちだよ。俺はそう言う素養がないからこそ工夫するしかなかった。それがたまたま初心者を教えるのに適していただけなのさ」
こういう時はなんでも正直に話すに限る。下手に取り繕ったりしても説得力に欠けるだろう。
「でもそれは初心者ではなく行き詰っていた僕に光をもたらしました。それからは面白いくらいに魔法が簡単に思えるようになったのです」
「できるやつにとっては簡単なものなのさ。それはスキルが無くても同じこと、俺もできないうちは苦労したもんだよ」
「だからこそ今はあまり絞らずに、王立学園で学びながら興味を持てる進路を探したいと考えています。もし適性が無くてももしかしたら学びの道があるかもしれませんしね」
とても前向きで好感のもてる考え方だ。恋愛には奥手だが。
「じゃあ進路に関しては検討中だけどなにも考えていないわけではない、ってことでいいかな?」
「はい、まだ受験や卒業までに時間がありますし、色々なことを見聞きして学んでいきます!」
「そこには恋愛も含まれるか?」
「れれれれれれ―― れ、んあ、い、ですか!? なんで唐突に!?」
「そんな焦るほど唐突じゃないだろう? 見てれば簡単にわかるくらい態度に出ているぞ? もちろん当人も気づいているだろう」
「そうですか…… やはりいけませんよね。学校内での恋愛なんて……」
「いや全然ダメじゃない。むしろ俺は歓迎したいくらいだ。家庭教師の下では体験できない人間関係だし、うまくいってもダメでもそれは人生の糧になる」
「糧、ですか。実際どうなんでしょうか。来年入学が決まったころには社交界にもデビューして大人として扱われます。そうしたら婚約者を決める話が出てくるでしょう。ですが彼女は平民ですので形式としての婚約ができません。いずれどちらにも話がなくいい歳になったなら結ばれることもあるでしょうが、あれだけ魅力的な女性がいつまでも独り身でいるとは到底思えない。冒険者になるのなら基本的には男性社会で自分よりも強い同業者がいくらでもいるでしょう。そうしたらその中の誰かに魅力を感じて結婚してしまうかもしれません」
「わ、わかった、わかったからそう興奮するな。ちなみに今リットが言ったことは確かにその通りだし、卒業までの四年間のうちにナーミャが結婚してしまう可能性も十分あるだろう」
「ですよね…… しかしいくら焦っても僕にはどうすることもできない。王立学園へ行かずに即結婚するという手がないわけではありませんが、それは何も決まっていない将来へともに漕ぎ出そうというに等しく無理があります……」
「確かにそれは無理があるな。リットも知っている通り、ナーミャの父親は事故で足を悪くしてしまった。そのため今までついていた運搬業ができなくなり家計が苦しいそうだ」
「はい、そのあたりのことは聞いています。だから彼女の収入は家計の足しにするためすべて家に入れていると。それを聞いただけでもすばらしいではありませんか! 僕たちは学校帰りに買い食いをしたりしているのに一切参加しないんです。しかもおごると言っても施しは受けないという高貴な心、まさに真の貴族!」
どうにも興奮すると口数が増えるのは貴族の特徴なのか? まるでピュアレーリアと話しているようで焦ってしまう。
「まず落着け。リットは普段の反動か知らんが、焦ると止まらないたちだからな。まあナーミャの家庭の事情に関してはその通り、しかも弟までいると来た。それでものは相談なんだがな? もしナーミャの了承が取れたら、ノーテルダム家で彼女へ出資できないか、子爵様と相談の席を設けてくれないか?」
「それはどういう? なにかいい案があるのでしょうか」
「それはな、ナーミャも学園都市へ送り込んでしまうって作戦さ。具体的には侍女学校なんてどうかなと思っているんだ。どこか伯爵家以上の侍女になれば、子爵家の三男ともギリギリ釣り合うだろ?」
「そうですね。僕には財産分与もない予定ですから余計に。しかしそんなうまいこといくものですか?」
「そりゃわからんよ。でも少なくとも冒険者の荒くれどもの中に放り出されることは無くなるし、力づくで手籠めにされることもないだろうよ」
「てごっ!? そんなことがあり得るのですか?」
「あるある、珍しくはないよ。女冒険者のほうも後ろ盾が得られて助かる面もあるし、別に無理やりじゃなくても損得でくっつくことがあるのは貴族と変わらん」
「確かにそうですね…… ですが侍女学校へ行くなら学校一年見習い二年はかかります。聞いているだけだと都合がよすぎるのですが……」
「まあ問題も多々あるわけだが、おまえさんがどこまで本気で、どこまで父親へ働きかけできるのか、金を引っ張れるかにかかってくるだろうさ」
「もしかしてこの後の面談で彼女にその話をしようとしていますか?」
「ご明察。だがリット、おまえが何もできそうにないというならやめておくさ」
「いいえ、お願いします。これからすぐに手紙を書く準備をしますのでどうか!」
「俺ってそういう必死なやつ好きなんだよね。頑張ってもらえるよう、俺もナーミャの説得を頑張ってみるさ。ただし、彼女を口説けるのかどうかはまた別の話だからな? 見ている限り生活と階級のことが無ければ断りはしないと思うが、こればかりはぶつかって見ないとわからん」
「はい、どちらにせよ僕の糧ですから! それでは失礼いたします!」
リットが部屋を出ていくとき、右手と右足が同時に動いていたことを見逃す俺ではなかった。




