26.二人きりの息抜き
今日は朝からピュアレーリアが不機嫌で仕方ない。いつもよりさらに早くやってきて仕事の邪魔をするようにぴったりとくっついているのだ。だが俺ももはや怒る気もなくやりたいようにさせていた。
「学園都市に戻りたくない…… だってそうでしょう? 向こうにはハルマンがいないもの」
「そりゃいないだろうなあ。でも手紙はいつも返してるじゃないか。それじゃダメなのか?」
「無いよりはマシと言ったところね。次のお休みは年明けだもの。でも仕方ないのもわかっているのよ? 私はわがままで困らせる子供じゃないわ」
そう言いながら腕に絡みついてくる。完全に仕事の妨害をするつもり満々で、これを解消する手段は限られていた。
「わかった、降参だ。仕事にかまけた俺が悪かったよ。明日にはもう戻ってしまうんだから今日は思い切り遊びに行こう」
「いいの!? 仕事は大丈夫?」
「仕事しようとしても身が入らないからな。息抜きを兼ねるってことでいいさ」
「それじゃあ二人で迷宮へ行きましょ。久しぶりに二人っきりがいいの」
「迷宮か。俺たちらしくていいかもしれん。ちょうど、夏休み明けに子供たちを連れていくための難易度測定をしておきたかったところだし」
「もう、ハルマンはそうやってすぐ仕事に結び付けてしまうのだから困りものね。でもそう言うところも好きよ」
こうしてまだ誰も来ていない早朝の学校へ書置きを残し、俺たちは迷宮へと出かけた。今のピュアレーリアなら五階層から十階層の間くらいが目安だろうか。
迷宮へ入り低階層は飛ばすようにして先へと進む。コウモリやゴブリンは完全無視である。こんなのを相手にしていたら時間がもったいない。
一応目標は十階にいるアイアンリザードを倒すことだ。最近は特に討伐依頼も出ていないので、純粋に力試しで潜るだけでこれはクエストではない。
だがアイアンリザードの革は高級素材、コイツでピュアレーリアのバッグでも作ってプレゼントするぜ! 俺は久しぶりの冒険者活動に血がたぎってきた。
雑魚を次々に跳ね返し奥へと進む。ピュアレーリアが俺に作ってくれた揃いのマントも士気が高まる要因の一つだ。
ピュアレーリアの剣技は相変わらず実直で教科書通りのまっすぐなもの、俺の大好きな姿であり、目指すところでもある。
しょせんはものまねしかできない俺には自分の型がない。だからこそ生徒たちにはキッチリとカチカチに凝り固まった基礎の型を教え込んできたのだ。
それが目の前で披露されているのだから、気持ちが高まるに決まっている。
「リア! そいつはほっとけ、足が遅いから振り切れる」
「わかったわ! 我が道を遮るものへ雷の嵐を! サンダーストーム! これで十分ね」
「さすがに上達しているんだな。流れるような詠唱で美しかったよ」
「もうハルマンったら―― 照れてしまうわ」
そんな風に快足を飛ばしてやってきた八階層、ここにはちょっとした魔法を使うサルがいて面倒な場所である。
「ウキッキー! キキー」
「おっと、燃やされちゃかなわん。こいつらはきっちり倒して行こう」
暗闇の中で時折炎が揺らめく。サルの分際でファイヤーボールを撃ってくるのだから厄介だ。しかも夜目が効くから暗闇でも自由自在に動き回っている。
「ハルマン! 後ろから二匹行ったわよ! くっ、このクソザルめ! 敵を穿つ一筋の雷よ、来たれライトニング!」
「後は任せろ! てやっ! はああ、うりゃあ!」
雷系統は魔力の消費が激しいが発動が早く即応性がいい。保有魔力が高めで基礎ができているが魔法適性の無いピュアレーリアには使い勝手のいい魔法である。
俺の場合は魔力が少なく適性もないので基礎魔法を奇襲や補助で使うだけ。これだけでもどちらのほうが戦力として優れているかすぐにわかるというのもだ。
「助かったよ。雷連発で疲れただろう? 俺が処置をするから少し休んでいてくれ。水分もちゃんと補給するんだぞ?」
「もう! 生徒じゃないんだから細かく言わなくても大丈夫よ。子ども扱いはしないでちょうだい」
「それにしても、王立学園で色々と学んで人間としても成長したようだな。だけどまさかクソザルなんていうとは、にひひひ」
「あ、あれはあなたにあわせただけ! 私の本意ではないんだからね?」
そのクソザルから耳を削ぎ落とし、爪を回収している間に次の獲物が現れてしまった。今度はまたダンジョンクローラーだ。
「これはまた放っておこう。脅威でもないしせっかくのマントが汚れるのは嫌だからな」
「あら気に入ってくれてるの? スーツと違って着る機会が少なそうだからやめておこうと思ったけど、贈って良かったわ」
「リアの作った衣類は着心地がいいから気にいってるよ。裁縫ができる冒険者なんて貴重な存在だからな」
「じゃあサルの革も剥いでいく? あまり上等な素材ではないから捨てていくつもりだったけれどね」
「荷物になるしとりあえずはいらないだろう。よし足が動くなら先へ進もう」
二人で水を回し飲みしながら携帯食をほおばる。このスコーンを圧縮したような小麦粉の塊を口にするとダンジョンにいることを明確にしてくれる。
「もっとましな携帯食は作れないのかしらね。別に茶会をしようと言うわけではないけれど、さすがにこれは固すぎるし口の中がバサバサだわ」
「どこかの国には豆の粉を固めた丸薬を使っていると聞いたことはあるけどなあ。見かけたことは無いから味もわからん」
「どちらにせよ、おいしいものではなさそうと言うことね。今晩のワニ料理に期待だわ」
「さてそろそろかな? あと少し行けば湿地帯だ」
じめじめでひんやりとした風が流れ込んでくると、ワニの住み家は間もなくだ。今回は肉もそうだが革もきれいなままで持ち帰りたいから慎重に作戦を立てた。
そのことを反復しているとついにやつが顔を出す。重そうにノシノシと歩く姿は迫力満点である。
「じゃあ作戦通りに、っと。弾けろ、マジックアロー!」
「ストーンバレット!」
まずは全く効果の無い初球の攻撃魔法で威嚇する。相手が起こって突っ込んできたときがチャンスだ。
「グワアアアアア!」『バッタバッタバッタドッシドッシ』
大口を開けて突進してきたアイアンリザードの口へ棍棒を差し込んで、開けたままにするのが俺の役目だ。それが見えたころにはピュアレーリアが詠唱を完了させている。
「敵を穿つ一筋の雷よ、来たれライトニング! 内臓直撃よ!」
白目をむいて気絶しているアイアンリザードをひっくり返したらとどめを刺す。こうなっていれば小さなナイフでいとも簡単に仕留められるのだ。
「よし、解体完了っと。ウォーター! ウォーター!」
水魔法できれいに洗い流した革を丸めて縛って背中に背負った。肉はキレイに切り分けながら葉で包んでいく。
「思っていたよりも大荷物になったわね。持ちきれるかしら」
「カバンをもう一つ用意しておいて正解だったな。これは結構な大物だぞ。できればあごも持ち帰りたいからなあ。頭にかぶっていくしかないか」
「ちょっと!? それは不気味だからやめてよね。仕方ないから革は私がもっていくわ。肉も入るだけ持つから」
こうして運ぶものと諦めるものを分けた俺たちは、帰り道ではすべて無視して急ぎ帰宅した。




