23.伯爵との会談
ついさっき長々と演説していたピュアレーリアだったが、父であるトラレンファ伯爵の前でも全く同じ言葉を繰り返した。いや、もっと長かったかもしれない。
「ふむ、つまりお前はハルマン君が誰かに取られてしまうのではないかと不安なのだな? おちおち学園で勉強もしていられないほどに」
「だってそうでしょう? 社交界へ出るようになっただけでも危ないのに、私のほかにもハルマンの魅力に気が付いている生徒がいるのよ? でも彼女がハルマンと一緒になっても不幸なのが見えているわ。だってそうでしょう? この学校で学んだなら貴族の子弟とも同等の立場として仲良くなれるのよ? しかも彼女はすでにノーテルダム子爵の三男に好かれているわ。だからハルマンをあきらめさせたいの。それにロキソミア男爵家の令嬢がハルマンを狙っているのよ!?」
「ふーむ、リアが興奮しすぎなのはいつものことなのでいいとして、ハルマン君が他家に渡るのは容認できないな。もちろん奴隷のように囲って働きつぶすなんてつもりは毛頭ないがね」
「あの―― その前にひとつ質問なのですが、あの屋敷、学校が私の所有になっているというのは本当でしょうか? てっきり伯爵が借り上げて使わせていただいているのかと思っておりました」
「ああ、あの屋敷は購入済みだから好きに使って構わない。まだキミにとっては支払いが終わっていないので、私が貸していることにはなっているがね。貴族からの入学金と学費、そこから経費とキミたちの給金を引いて計算すると、約一年後には完済となる予定だ。そうしたら晴れてキミのものになるよ」
「なるほど、それは事実だったのですね。まったく考えていなかったので驚きました。まさかあんな大邸宅が自分のものになるなんて……」
「ハルマン君の功績を考えたらあの程度は当然だろう。一年後には王立学園へ二人も合格させることになるわけだ。そうだろう?」
「はい、リットとビクトールの二名につきましては、現時点で十分合格する見込みと考えております。カミーも同水準ですが年齢が達していないのが残念です」
「もう一人十五歳の娘がいただろう? あの子はどうだ? 勉強が嫌いでなかったら騎士学校へでも入れて王子や王女付きでも目指すのも一興だろう」
「ナーミャですか!? 彼女の家はとても貧乏らしく、学費を払えないと思われます。金銭を援助してもきっと返せないかと……」
「もし優秀ならもったいないからな。王城へ息のかかったものを送りこめるなら学費くらい喜んで出そう。騎士学校は二年、侍女学校は一年、そこからは見習いでなかなかきつい日々と聞く」
「左様でございますね―― 確かに彼女なら興味を持つかもしれません。ただ、教育環境はなかったので作法に関しては学び切れるかわかりません。それにすでに家計の一部を賄っているので来年から学園都市へというのは無理がありそうです」
「なるほどな。それではギルドマスターの娘はどうだ? まだ数年あると聞いているし、作法教育も問題ないだろう」
「お父様!? 大分話がそれてしまっております。王城へ誰かを送りこみたいのであればご自分で探してきてくださいませ。教育はハルマンがやってくれますから」
「おうおう、そうであったな。今はリアの話であったこと忘れてしまっていたわ。儂としてはハルマン君の家も大切にしたいがな。いくら次男と言えど、大の大人にどこぞの養子に入れなど簡単に言うべきではない」
「でもお父様? のんびりしていたら誰かにさらわれてしまいますよ? お父様が良くても私は想い人を失うなんて耐えられません」
「ではこうしたらどうだ? リアの卒業まであと三年半、それに見合うほどの借金を背負ってもらおう。さすれば生半可な気持ちで手を出すものもいなくなるだろう」
「さすがお父様! 素晴らしい案ですわ。お屋敷の代金と運営費を我が家で支払っているから借金が増えていくということですわね。ああ、学校運営とはなんと難しく厳しいものなのでしょう」
第三の選択肢が出てきたのはありがたいが、それはそれで俺の社会的評価に傷がつくのでは? と言いだしたくなった。
しかしここまで来るとピュアレーリアとの婚姻は既定路線、なんと言っても伯爵のお墨付きで乗り気ときている。まさか大出資者に逆らうことなんてできやしない。
それに俺にとってはどう考えてもいい話でしかない。若い嫁さんに伯爵家の後ろ盾、デカい屋敷に安定した収入源となれば断るほうがおかしいのではないか?
つまり俺はいったい何に対して抵抗していたのだろうか。まさか年齢のことだけが障害で、それがすべてだと考えていたような気がする。
「あのですね、借金でも養子でももう腹をくくりますので、本音をきかせていただけますか? 伯爵は私のような外れスキル持ちが、学校経営と言う職に置いてこの先も安定して稼いで伯爵家のためになれるとお考えですか? 正直言うと私は自分の能力を常に疑ってきたため自信が無いのです」
「だからハルマン! それはあなたが自分の価値をわかっていないから――」
「よすのだピュアレーリア、ハルマン君は私に聞いているのだよ」
部屋の空気がピンと張りつめたように変わっていく。これは間違いなく本気だ。
「ハルマン君、キミが自分に自信が持てないことはわかっている。冒険者にとってスキルの良し悪しは死活問題だからな。それでもキミは努力し続けた。その結果、自分では考えていなかった教育者としての能力を身に着けていたのだ」
「確かに適性があったのかもしれません。それがお嬢様や今面倒を見ている少数には通用しても、事業拡大していった場合にどうなのかが不安なのです」
「ピュアレーリアはな、今までことあるごとにキミを繋ぎとめる方法について私と語らってきた。もちろん男性としてのキミにのぼせあがっているのは確かだ。しかしこやつには伯爵家の人間としての教育をしっかりと行ってきている」
俺がその言葉を聞いてピュアレーリアのほうへ目をやると、うんうんと頷いている。と言うことは事実なのだろう。
「元々儂は領地にて平民を奴隷同然に扱うことに反対だ。貴族と同等の教育を受ければ成長した先は大差ないと考えているのでな。だが育ってきた環境や立場によって高い教育を受けられないのもまた事実」
「それは確かに―― ですが先祖が頑張った結果今があるのですから平等である必要はありません。私の家は準男爵ですが、過去の戦争で功績をあげた先祖のおかげで爵位を賜りました。それは私の誇りなのです。かといってそれ以下の平民が卑しいとは考えませんが……」
「それだよ。人間は決して生まれながらに卑しいとか尊いだとかあってはいけない。しかし親の階級を引き継ぐしかないのがこの社会、人々の不満は募るばかり。いずれは平等を是とする世の中へと変わるだろう」
「そのために学校を作ろうとお考えになられたのですか?」
「それもある。今まで考えていたことではあったが実現できなかった。儂にもどうすればいいのかわからなかったからだ。しかし今はハルマン君、キミがいる。幸運にも娘がキミを見出したのでな。天啓だと感じたよ」
「そんな大げさな……」
「いやいや、わしが伯爵なのは民に選ばれたわけではない。代々遡った元にある幸運にしかすぎん。だからこそ伯爵として領地の民には責任を持つ必要がある。生活をささえ職を与え富を生んでもらうのだ。伯爵なんてものはそのおこぼれをかすめ取っているにすぎんよ」
「そんな重責を私が背負えるでしょうか。何の経験もございませんし教育も受けてきていません」
「そのためにリアがいるではないか。キミは学校が素晴らしいものであり続けるために尽力してくれればよい。最終的な結果はどうあれ、貴族も平民も同じ立場で学ぶ機会を与える場所としてな」
「結果の平等ではなく機会の平等を与える、と?」
「そうだ、話が早くて助かる。リアの話は長いだけで要点がわからぬからな」
「お父様ひどいです! そう言いながらすでに大分脱輪しているというのに!」
「そうか? では話を戻そう。儂はキミの能力を高く買っておる。そのためには我が伯爵家のものとして繋ぎとめておきたい。それは学校のもたらす益のためだけではなく、思想的な夢のためにもな」
「ですがそれだけなら命じて雇ってくださるだけでも十分かと」
「だがそうしない理由があるのだよ。それがピュアレーリア自身の気持ちだ。儂も初めて聞かされた時は驚いたし、子供が年上の異性に惹かれるなど良くあることだとも考えた。しかしそうではなく伯爵家の行く末を含めて説かれてはなにも言い返せなくなってしまってな」
「ではお嬢様はその―― ほ、本気で私の――」
「三十男がなにを照れておる。色恋なんぞ理屈ではないのだろうて。ちなみに我が妻であるレアリアはすでにリアに取り込まれており完全に盲目状態だ」
「はあ…… つまり外堀はすでに埋まっていると……」
「埋まっているどころかすでに山のように盛り上がっておるわ。リアの気持ちと同じくらいにな、がっはっは」
話し疲れた俺は、あきらめて自分の評価を受け入れることにした。とりあえず方法については夏休みの間に決めるとして、内々では婚約成立となったのだった。




