22.リアの暴走
夏休みに入ってからも働きづめな俺は、さすがに疲れてぐったりしていた。そんな週末なのにピュアレーリアは容赦なくやってくる。かといって貴重な夏休みの帰宅期間、むげにすることもできない。
「ねえハルマン、最近疲れてそうだからお菓子焼いてきたわ。今お茶を淹れるからゆっくり待っててね」
「ありがとう。それにしてもなんで貴族ってのはなにかと茶会や夜会を開くんだろうな。昨晩も引っ張り出されて参ったよ」
「社交界というのは顔合わせの場だからね。一周して参加者全員が同じなんてことにでもなればしばらくやらなくて済むでしょうけれど、そんなことにはなるはずないから何度もやるのだわ」
「そうか、じゃあ別に断ったからと言って失礼ってわけでもない? グーテンハイム子爵なんて毎週招待状が届くんだ。あとロキソミア男爵家は縁談をまとめたいらしく、行くたびに娘を紹介されて困ってる」
「ちょっと!? それは聞き捨てならないわね。もちろんハルマンが承知するはずないとは信じてるけど、そう言う機会があるだけで不愉快だわ!」
なにをどうして信じているのかわからないが、最近はもしかしたらピュアレーリアの俺への執着は本物なんじゃないかと思えてきている。
その証拠に伯爵も娘の話題になるとあと三年だとか、招待客はいるのかなどと聞いてくる。最初は聞き流していたが、こうも回数が増えてくると本気だと考えるしかない。
だが平民の俺と伯爵令嬢のピュアレーリアとでは婚約なんてできない。それは伯爵家に恥をかかせることになるからだ。
せめて俺が大きな商会でも持っている大金持ちだというなら話は別だが、今は伯爵の好意で食わせてもらってるようなものである。
「ねえハルマン、今後はもうロキソミア男爵の夜会へは参加しなくていいわ。お父様にきちんと話をしておいてもらうから。他にハルマンへの縁談を持ちかけてくる家はあるの? ほかの茶会も夜会も五回に一回くらい参加すれば十分だわ」
「今のところないが…… なんでそんなに一生懸命なんだ……?」
「それを聞くってことは私の本気が伝わっていないということでしょう? いいえわかっているわ。たかが小娘、ハルマンのような素晴らしい教育者に釣り合うはずがないと思われても仕方ないもの。でもね? 王立学園でいっぱい学んで卒業するころにはちゃんと隣に立てるようにはなってみせるわ!」
「いや、そういうことではないんだが…… 俺なんてしがないCランク冒険者だぜ? しかもその冒険者も脱落気味で元家庭教師の親父さんに食わせてもらってるような状態だ。そんな男を伯爵令嬢が選んじゃいけないよ」
「なぜ? ハルマン? あなたは自分の素晴らしさを全然理解していないわ。もう冒険者として追放され呑んだくれていたあなたじゃないのよ? 私と言う落ちこぼれを王立学園へ入学させてその実績が買われて学校まで作らせてしまったほどの素晴らしい人物だわ。私は自分の想いだけでなく、伯爵家の一人娘としてハルマンと言う人間の将来性に賭けているのよ」
大分興奮しているが、ピュアレーリアが俺を買いかぶりすぎていることだけはわかる。だからと言って、言われていること自体は褒め言葉ばかりなので悪い気はしなかった。
それでもこのままピュアレーリアの考え通りに物事が運んで行ったら、本人だけでなく伯爵家がどうにかなってしまうかもしれない。そんな重責、俺には背負えそうにないのだが、そのことをどうしたらわかってもらえるかがわからなかった。
しかしそれをすべて吹き飛ばすような提案がピュアレーリアからなされ、俺はもうどうにでもなれと投げやりになる。
「わかったわ。適当に親類の子爵家辺りを見繕うからハルマン、あなたそこの養子になりなさい。そうよ、それがいいわ。貴族同士なら婚約してもおかしくないのだから悪い虫もつかなくなるってものよ。私ったらなんていい案を思いつくのかしら! それともこの休み中に結婚するのとどちらがいい?」
「えっと…… それって二択なのか? 俺の意志がどうも加味されてないように思うのだが……」
「結婚相手が私では不足だというなら仕方ないわ。でも違うと言ったのはハルマン自身でしょう? それなら私もお父様も問題ないと考えているのだから障害は全くないわよ。繰り返しになるけど、私はあなたを愛しているし、お父様は将来性に期待してるのだから。そうでないなら屋敷を買い与えて学校を開かせるなんてことすると思う? それにあなたはまだ分かっていないかもしれないけれど、貴族の子弟を四人も生徒として抱えているのよ? しかも卒業予定は二人だけで残りは来年以降も通うでしょうね。それだけでお父様のところへどれだけの収入があるのかわかる? 一年もすれば屋敷の代金分は取り返せるわよ? そうしたらこの学校、つまり屋敷は晴れてハルマンのものだもの。今はまだお父様から借りていることになっているけれど、名義はすでにあなたのものなのだし? 屋敷の代金を払い終わったら今度は全て収入に変わるの。来年も貴族の子弟を三人くらい入れて、ギルドからも同じくらい受け入れていけばすぐに十人くらいの生徒が通うようになるわ。そうしたらきっと手が回らなくなるから新しい教師を雇うことね。若い女性はダメよ? 所帯持ちか男性にしてちょうだい。でもあと三年すれば私が戻ってきて教師になるからさらに生徒を増やせるでしょうね。生徒一人当たり一年で金貨二十枚ほどだから生徒二十人もいれば経費を抜いてもすごい稼ぎよ? これは大店の商人に匹敵する収入なのよ? つまりハルマンは学校で安全に生徒を教えているだけで、リスクを背負って商売している人たちと同じくらいの稼ぎを得るわけ。その気になれば爵位だって買えるわ。でも伯爵家が手に入るのだから必要ないでしょう? ゆくゆくは学校運営の実績が国王様にも認められるかもしれない。そうしたら教育庁を作ってもらって長官になるのもいいわね。私たちの子供だって当然ハルマンの学校で学ばせるのよ。スキルなんてものには縛られないステキな生き方ができるの。素晴らしいでしょう?」
ピュアレーリアの演説が終わったころ、お茶はすっかり冷めていた。きっとのどがカラカラになったのだろう。彼女はカップの中身を一気に飲み干してから満面の笑みを浮かべた。
それを見た俺はなんとか一言だけ絞り出す。
「伯爵のところへ行こうか……」




