第九話 無駄に消費されるのが嫌いなだけだ
「レオ……大丈夫?」
空瓶を投げつけられた眉間から血を流すレオを心配し、ラットが走り寄った。
まだ近くに第三王子のルーゲンが居る。ラットが目を付けられれば、一日とて生きていられないだろう。
「煩い!あっちへ行け!」
レオは心を鬼にしてラットを突き飛ばした。それなのに、ラットは再び立ち上がってレオの元へ戻ってくる。
「手当てをしないと」
「だから、放っておいてくれ」
「血が出てる」
「止めろって」
何度拒否しても額の傷に布を当てようと爪先立ちするラットは、小さな体を精いっぱい伸ばしていた。
その必死さに情に脆いレオは泣きたい気分になる。それをグッと堪えてラットの手を掴むと、もう一度トンと突き放して服の袖で額を拭った。
ノームの加護のお陰で、既に血は止まっている。
それに、まだ嫌がらせの荷物運びは終わっていない。
それを投げ出すという事は反逆を意味し、殺されても文句は言えない。
「運ぶぞ」
「うん」
ラットは力強く頷くと、レオの後ろを付いて歩いた。
自分が運べる一番大きな物を選び、率先して動く。
いつもレオに世話になっている代わりに、少しでも荷物運びを肩代わりしようと頑張っているようだ。
それを見ていたルーゲン第三王子は、さっきまでカルネが座っていた席に自分が座った。
もう、二度と元の主が戻ってこられないことを悟っているのだろう。
いかに身分の高い母親が付いていても、カウケマール王の不興を買えば終わりなのが、このフェルメ王国の摂理だった。
だが、次なる支配者に収まったルーゲンは、決して頭の悪い男ではなさそうだ。
出しゃばらずに今まで身を潜ませていたのも、勝手に落ちていく対抗馬達を見定めていたからかもしれない。
「制限時間は、午後の八時。一時間短縮出来たら水を、二時間短縮出来たら食料を余分に配給しよう」
ルーゲンの言葉は命令と言うより提案のように聞こえる。
甘い餌を吊り下げて、レオ達を釣ろうとしているのだ。
しかし、裏を返せば、午後の八時より後に終わることを想定していないという事。
そのような不出来は許さないという圧力がかかっていた。
――全く、嫌な奴だ。
一応助けてもらったうちには入るのだろうが、レオは、ルーゲンのやり方が好きにはなれなかった。
しかし、後ろからついてくるラットは、目をキラキラと輝かせて、
「レオ、二時間早く終わらせよう!」
と息巻いていた。
レオは、これ見よがしに溜息をついて、乗せられやすいラットに苦言を呈する。
「ラット、不可能なことを口にするな」
「でも、一時間なら、なんとかなるかも」
「それでも、手に入るのは、たかが水だ。雨が降ったら空に向かって口でも開けていればいい」
「レオは、夢がないな」
「無駄に消費されるのが嫌いなだけだ」
これが一日だけの事なら、レオも二時間短縮に前向きになるだろう。
しかし、これは延々と続く日常なのだ。
無駄に張り切ると、次の日に貯まった疲労が自分の首を絞めることになる。
「お前の腹が夢を見ることで満腹になれるなら、お前だけ見ればいい」
会話はコレで終わりだとばかりにレオは、荷物を担いで大股で歩き始めた。
その後ろをラットは、慌てて付いていく。
「分かったよ。レオがいつも言うように、同じ歩幅、同じ息遣いを続けられるように頑張るよ」
地獄のような日々を終わらせる効果的な一手があるのではないかと人間は焦り、そしてヘマをする。
その事を戒めるように、レオは、ラット以外の幼い王子達にも常々この考えを説いてきた。
普通なら、競争相手である王子の言う事など誰も従わないだろう。
ただ、殴られそうになる度に身を挺して守ってくれるレオには、誰もが耳を傾ける。
故に、この幼い王子達が集められた幼児組は、どことなく軍隊のように統率の取れた動きをしていた。




