第五話 普通の赤子と言うものはそういうものです
レオの朝は早い。
と言うか、ほぼ寝ていない。
深夜でなければ母親達に気づかれぬよう鍛錬が出来ないからだ。
手足をバタつかせるのは、筋肉を鍛えるためではない。
そんなことをしても、赤子には無意味だ。
今行っているのは、体の末端まで魔力を行き渡らせる為の準備。
目を閉じ、自分の体の表面が何処にあるのかを感じる。
そして、自分を囲う皮膚という膜に薄っすらと魔力を張っていく。
中で生み出すことは簡単でも、外に出ないようにするのは難しいのだ。
いくら魔力が少ないフェルメ王国の人間でも、レオが生み出す膨大な魔力に当てられれば流石に気づいてしまう。
人と接する事が少ない今の時期に、力を抑えることを覚えなければ命はないと思った方が良い。
そして、相手に気づかれることなく目の色を変える為の魔法を発動するのが最初の目標だ。
――自分で鏡を見られないのが辛いな。
ベビーベッドに寝かされ、薄暗い部屋で感覚だけを頼りに偽装魔法を目にだけ掛ける。
夜目が聞く代わりに金色に輝いてしまう瞳を、どうにかして平凡な茶色に変えなければならない。
――おい、ノームじぃ。確認を頼む。
「お前、今、何時だと思っている?朝の四時だぞ」
―どうせ、お前、寝ないじゃないか。
精霊は、睡眠と言う概念がない。自然現象が寝たり起きたりしないのと同じだ。
「だと言っても、四六時中付き合わされてはたまらん」
――昼間は良い子に寝ているだろう。
「寝すぎて怪しまれていることに気づいていないのか?」
寝る子は育つと言うが、レオのそれは常識外れだ。
シャルティが時間を決めて乳を与えなければ、日中は、ずっと眠り続けている。
ほっぺを突こうが、足の裏を擽ろうが、気絶したように反応しないのだ。
――今は、それどころじゃない。
「しかし、シャルティさんを悲しませていい事にはならないだろう」
母シャルティを気に入ったノームは、レオが眠っている間もずっと彼女の横に侍っている。
そして、癒しの波動をずっと送り続けていた。
相手は気づいてすらいないというのに、なんとも健気なことである。
実は、彼女は、今車いす生活を送っている。
二度とカウケマールの閨に呼ばれぬようにする為、自ら足に大火傷を負ったのだ。
当初は顔を焼こうとして、侍女のカメリアに必死に止められた。
あれがなければ、きっと本当にやっていただろう。
「子を守る為とは言え、自らを傷つけてまで愛を注いでくれる相手だぞ。たまには、起きて愛想に一つでもふりまいてやれ」
珍しくノームが至極当たり前のことを言った。
痛い所を突かれて、レオは、唇を尖らせる。
――なんだよ、突然いい人ぶりやがって。
「ワシは、元々人間ではない。いい精霊ぶっているだけだ」
――感じ悪い。
「で、起きてやるのか?」
――しかたないなぁ。今日一日だけだから。
こうして、レオは、渋々その日の朝は頑張って愛想を振り無撒いた。
「まぁ、カメリア。レオが目を開けているわ」
「シャルティ様、普通の赤子と言うものはそういうものです」
「でも、ずっと目を閉じていたから」
「それは、レオ様が、普通ではないと言うことです」
淡々と言葉を発するカメリアは、美人ではあるが印象がとにかく薄い。
口を閉ざせば空気と仮せるほどに。
その資質を使って後宮内を歩き回って情報を集めてくるが、誰にも気づかれない所を見ると彼女には何かしらの能力があるのかもしれない。
「カメリアは、何故、そんなにいつも冷静なの?」
「産まれる時に、驚くという感情を母のお腹に忘れてきたのかもしれません」
シャルティがカウケマールの目に留まり、無理やりフェルメ王国へ連れ去られた際も、いつの間にか彼女はシャルティの傍に居た。
そして、透明人間のように存在感を消して付いてきたのだ。
カメリアが居なければ、シャルティはとっくの前に心が折れていたことだろう。
「あぶあぶあぶ」
わざと赤子らしく声を出すという行為が恥ずかしすぎるレオではあったが、シャルティが久しぶりに笑うものだから、一生懸命喜んでいるふりをする。
しかし、その横では笑いを堪えるノームがおり、しかも何故かカメリアの目が冷めている。
――誰か助けて……。
レオの心の声を聴けるのはノームだけ。
「ほれほれ、頑張ってシャルティさんを喜ばせるのじゃ」
悪魔のような精霊は、その後もレオを煽り続けた。




