第三十話 そろそろ代替わりが必要だろう?
ここ最近、睡眠を削られることが多いレオは、今も訓練場の隅で壁にもたれて目を閉じている。
あと少しで訓練が始まるというのに、準備運動すらしないことを心配したラットは、近くによると声を掛けた。
「レオ、顔色が悪いようだけど、大丈夫?」
「煩い。あっちへ行け」
変に仲が良いと思われたくないレオは、いつも通り冷たくあしらう。
カウケマール王が徒党を組むことを極端に嫌う事は、誰でも分かっていることだ。
それは息子である王子達にも当てはまることで、例外はない。
要は、自分の地位を脅かすことを徹底的に排除しようという小心者の考えで、下手に刺激をすれば何が起こるか分からない。
しかし、先日ルーゲンとの対戦でレオが流血した姿を見て以来、ラットは人目を気にせず近づいてくるようになっていた。
自分よりもずっと体の小さなレオを守ろうと思っての事なのだろうが、それが別の厄介ごとを引き込むことになる。
「お前ら、何企んでるんだ?」
レオとラットの間に割って入って来たのは、第四王子のウィークだ。
彼にとって目の上のたん瘤は、一つ上のルーゲン第三王子。
ここ最近頭角を現した彼は、父カウケマールからの信頼も厚い。
それに太刀打ちするには、自分の手駒を増やすことだとウィークは考えていた。
そこで、訓練の間に力のありそうな奴を見極めていたらしい。
特にウィークが注目したのは、ルーゲンと戦った後、頭から血を流しながらも闘技場に帰って来たレオだ。
自分の敵と敵対する者は、味方と考える浅はかな男だった。
「お前らも、アイツが嫌いだろ?」
親し気に話しかけてこられても、レオは目を開けない。
不敬にもほどがある。
なにせ、同じ王子だとしても一桁台は、この国の貴族を両親に持ち王位継承権争いガッツリ関わっている者達。
他国から奴隷同然に連れてこられた側妃から産まれた子供とは格が違う。
全く話す気のないレオにイラついたウィークは、ラットを見上げた。
「お前は、どう思っている?」
「申し訳ございません。アイツがどなたなのか、全く想像もつきません」
「はっ、今更良い子ちゃんぶるのか?お前らも、良く考えた方が良い。誰に付くかで、王が変わった時の待遇も変わるぞ?」
ニヤリと笑うウィークは、まだ手に入れても居ない王位をチラつかせ、自分の陣営に入らないかと誘ってくる。
ただ、レオもラットも、全く興味がない。白けた空気が流れ始めると、別の方向から声が聞こえてきた。
「そういうことは、王になってから言った方が良い。だがそれは、父上が居なくなると言う事を意味している。お前こそ、不敬罪だ」
声の人物は、ルーゲンだった。
「はっ、ちょっと警備を任されたくらいでいい気になるなよ」
「見回りすらさせてもらえないお前に言われたくない」
キャンキャンと噛みつくウィークとは対照的に、ルーゲンは落ち着いた声音で子供を諭すように話す。
その対比を見るだけでも、どちらが上かは直ぐ分かる。
しかし、ウィークは何を思ったのか、にやりと笑うと顎を上げて腕を組んだ。
「俺は知っているんだぞ。お前が失敗したってな」
ウィークが指摘したのは、昨日のネズミ騒動のことだろう。
貴族の中にも被害者が出たことで、彼らが警備担当者の失態だと訴えれば、ルーゲンの株が下がることは間違いない。
しかし、ウィークは大きなミスをしていた。王が箝口令をしいた内容を、何故参加していなかった第四王子が知っているのか?
しかも、ルーゲンの耳元に口を寄せると、
「父上は女を抱く気力もなくなったそうだ。そろそろ代替わりが必要だろう?」
と得意げに喋った。
どうやら、ウィークは王宮内の情報を独自で集めているらしい。
その危険性に気付いてないのか、自慢げに胸を張っている。
「はぁ……」
ルーゲンの溜息は、ウィークの頭の悪さに、ほとほと呆れて漏れてしまったようだ。
「なんだよ。言いたいことがあれば言えよ」
「別に何もない。ただ、明日の朝がお前に訪れることを祈っているよ」
それだけ言うと、ルーゲンは立ち去った。
言われた意味が分からず解説を求めるように彼はレオを見たが既に姿はなく、そしてラットも背を向けて走り去っていた。
「おい、どういう意味だよ!」
急に不安に駆られたウィークのようだったが、時すでに遅し。
彼の行動は、全てカウケマール王に筒抜けだ。
今頃、影のように潜む監視員の手によって、この会話も一言一句余すとなく王へ伝えられていることだろう。




