第二十九話 もうちょっと口紅の色を赤くしても良かったかも
王侯貴族に多数の被害者が出たが、ネズミと猫の騒動で揺れたホールでの出来事で、ルーゲンが責めを負うことは無かった。
何故なら、迎賓館で接待を受けていた王太子が、大変ご機嫌に起きてきて、
「是非とも、この同盟を成功させましょう」
と鼻息荒くカウケマール王に握手を求めてきたからだ。
そして、娼館の女達の素晴らしさを褒め称え、自腹を切って報奨金まで与えると言い出した。
自国の貴族達がネズミに噛まれようとも、本来の目的さえ果たされればカウケマール王には損はない。
それに、王太子は、お楽しみ中で騒動の事は全く気付いていないのだ。
こうして、ソレイユと他の娼婦達は、他国のお貴族様お気に入りと言う称号と大金まで得て娼館へ送り届けられることになった。
「本当に、アンタらには、驚かされてばかりだよ」
救出後に逃げるかと思いきや、同じ馬車に乗って悠然と王宮の外に出たレオとプラタに、ソレイユは呆れ返っていた。
堂々と警備の者達の前を歩く二人を見て、緊張感に彼女の方が吐き気を催したほどだ。
「これで、この前助けてもらったお礼は出来たかな?」
プラタは、ソレイユに向かってほほ笑んだ。
あのガリガリだった男が、何処をどう見ても美女にしか見えないことに、益々ソレイユは渋い顔になる。
「不公平じゃないか?男なのに、その顔は」
「別に自分で成りたくてなった顔じゃないし、良い事ばかりじゃないよ」
確かに、ここまで美しいと変な輩も寄ってくるだろう。
ソレイユも同情しないこともないが、一生に一度同じ顔になってみたいとも思った。
「無駄話は、それくらいにして。俺達も、そろそろ帰らないとヤバいからな」
レオは、この後訓練に行かなければならない。
グースカ昼寝を目論むプラタとは、置かれた立場が違う。
しかも、昨日ルーゲンから目の色を指摘されたことで、警戒心を強めていた。
もし、今朝の訓練にレオが参加しなければ、ルーゲンは怪しむことになるだろう。
ヤキモキしているレオを見て、
「それじゃ、私もお暇しよう」
とプラタが右手を上げた。
そして、彼がパチンと指を鳴らすと、その場にいた娼婦達が全員意識を失った。
「おい!皆に何をした!」
慌てるレオに、プラタは、両手を上げて敵対する意思がない事を示す。
「ちょっと、眠ってもらっただけだよ」
「はぁ?」
「いくらなんでも、君は、危機感がなさすぎる。皆の目の前で、カツラと衣装を取ろうとしたでしょう?」
確かに、気が急いていたレオは、馬車の中でドレスを脱ごうと思っていた。
もしもの為にと、一番下に訓練着を着こんでいる。
ただ、その姿を娼婦達に見せれば、レオの素性に勘づくものもいるかもしれない。
なにせ、配給で渡された訓練着の肩には、王家の紋章が入っているのだから。
そして、どんなに信頼した相手でも、厳しい尋問をされて仲間を売らないとは限らない。
それに、仲間内で交わされた会話を誰聞いているかも分からないのだ。
「そういうことか…はぁ。怒って悪かった」
自身の迂闊さに大きくため息をついたレオは、プラタに謝った後、ドレスを躊躇なく脱ぎだした。
「一応、私は男なんだけど」
「はぁ?別に裸になるわけじゃないから、いいだろ?」
「ん~、本当に君は、情緒的な雰囲気が分からない子だね」
レオに恥じらいのようなものを求めていたプラタは、それが全くの無駄だという事に気付いた。
そして、彼女が外したカツラを投げつけてきた時には、笑う事しかできなかった。
「後は、頼んだ」
レオは、それだけ言うと馬車から飛び降りた。
残されたプラタは、
「もうちょっと感謝の伝え方とかあると思うんだけどな……」
と、唇を尖らせた。
ただ、レオにとってソレイユが大切な人間の一人だという事も分かっている。
それを任されるという事は、自分が信頼されているという事。
「ま、今日は、それで我慢するとしよう」
プラタは、鞄からコンパクトを出すと、自分の顔を映した。
「ん~、もうちょっと口紅の色を赤くしても良かったかも」
彼の美への追及は、一切の妥協を許さないようだった。




